第2話 眩しい月 前編

5月12日(木曜日)


8:30


ピピッピピッピピッピピッ


目を閉じたまま手探りで枕元にある携帯を触る。アラームを止め、まだ眠たい身体に鞭を打ち、立ち上がる。欠伸を噛み締めながら机に向かい、電子タバコに手を伸ばし、椅子に座る。RA◯WINPSの曲をBGMにタバコを吸いながらぼんやりする。

 これが俺の朝のルーティンだ。寝起きはすこぶる悪い。昨夜、いや今朝?くらいまでAPEXをやり、睡眠不足のせいか特に今日は気分が上がらない。タバコを吸い終わったら、気分をあげる為、全力で歌を歌う。

 歌うのは、好きだ。歌歌えばストレス発散にもなるし、心も晴れる。俺は最強って感じがする。


テレテレテレーテ テレレレレ

テレテレテレーテ テレレレレ

テレテレテレーテ テレレレレ


 1曲を歌いきったところでインターホンが鳴った。昨日気付いたが、ここのインターホンはファミマの入店音と一緒なのだ。ファミマの音は好きなのだが、家でこれを聞くのは少しだるい。とりあえず、インターホンを押した主を待たせない為にも家をでた。


「海。おはよ」

 インターホンを押したのは、陽だった。昨日の帰り道、明日の朝一緒に行こうと誘われたのだ。朝は、なるべく1人で居たいのだが部屋も隣、職場も同じ、だから仕方なく一緒に行くことにした。


「おはよ」

「ここのホテル、ファミマと同じ音だね!」

「あれ朝から聞きたくないから押すの辞めね?」

「分かる!朝から聞くの嫌だよね!やから押して見たわ。3回くらい」


陽は、ケタケタ笑いながら言った。


「うざ、次やったら朝もう一緒に行かない」

「ごめん。ごめん。もうやらないってばー」

「分かればよろしい」

「そういえば、昨夜はよく眠れたー?」

「いや、5時くらいまでA◯EXしてた」

「うわ、めちゃくちゃ眠いやつやん。睡眠3時間はきついよー。仕事中、死亡確定だね」


 陽は、終始笑顔でいた。


そういや、人と朝から話すのは久しぶりだ。 何話せばいいんだろ。 あ〜、 考えるのめんどくさくなってきた。 省エネモードでいこ。 研修先の公民館まで無言を貫こうと決めた。


「そういえば、 朝歌ってたね。 めちゃくちゃうまかったよ。」

「え、聞こえてた?」


恥ずかしかった。 隣の部屋に俺の歌声が聞こえるのは想定外。 っていうかわざわざ言わなくてもよくない?そんなの気づかないふりすればいいじゃん。 あっ、でも歌がうまいって初めて褒められたな。まぁ、わざわざ言ってきたことに関しては水に流してやろう。

少しだけ話す気になった。


「聞こえてた。 聞こえてた。 俺も好きだよ。 RA◯」

テンションがあがり、それから公民館まで好きな曲について話した。 まさか朝から人と

話す気分になるとは思っていなかった。 公民館までの10分はあっという間で、もっともっと音楽について話したかったが仕方がない。研修を受けるのめんどくさいなと思いながら、ミーティング室を開けたら全員が席に座っていた。どうやら俺たちが最後のようだった。


「おはようございます!」

元気いっぱいの陽。

「おはよう」

優しい声で返事をする田山さん。

「おはようさん」

 こてこての関西弁の西村さん。

「おはようございます」

そして、ローテンション気味な俺。


「それでは、全員そろったところなのでさっそく昨日の続きから始まていきます」

田山さんの合図で2日目の福知山派遣バイトが始まった。


10;30  10分休憩


休憩時間と言ってもやることはない。 他の皆もまだ周りに慣れていないのか気まずい時

間が流れる。 お手洗いに行くのでさえ、牽制しあっており、休憩時間にも関わらず無言で座っていた。とんでもない空気だ。 そんな空気から逃げるようにして、俺は部屋を出た。


「やっぱり初対面でのかかわり方はむずかしいな」

用を足しながらつぶやいた。思わず声が出ちゃう時ってあるよね。


トイレで過ごすこと5分。 そろそろ教室に戻った方がいいと思い、 部屋に近づくと楽しそうな笑い声がした。


「そら、絵うまーい。 他の人も見てや。 これうまない?」

陽が周りの人に問いかけていた。

「えへへ、 すごいでしょー。」


扉を開くと、 陽とメガネの女を中心に人が集まっている。 俺がトイレに行っている間に何があったのだろうか。ってか人と仲良くなるの早すぎない?俺は、陽とメガネ女を横目に自分の席に戻った。

その後も陽たちは、 周りの人間を巻き込みながらもたった10分という短い休憩時間で

全員に話をふり、仲を深めていた。

 その時俺は、



―――別にさみしくないんだからねっ。

と、脳内ツンデレをして気分を紛らわせていた。


12;00 昼

「かいー!お昼食べに行こ!!」

「わりぃ、 俺昼いらないんだよね」

「ええぇ、なんでなん? お腹すくよ。 ちゃんと食べぇ。」

「タバコとコーヒーで腹膨れんねん。」


「ガリガリなるで。 たんとお食べ」

「やかましいわ」

「そっかぁ。 じゃコンビニ行ってくるわ」

と、陽は悲しそうな声でいった。


「……あぁ、そういや俺もタバコきれそうやからコンビニ行くわ」

「やった。 行こ!行こ!」


それから少し遠くにあるコンビニでお昼を買った。散歩もするためだ。 お昼に散歩はかかせない。その意味ではここが田舎でよかった。 人気のないところをただぼーっと空を見上げながら歩くのが好きだ。 この日の福知山の空は雲1つない晴天で散歩日和だ。 ちな

みに陽は、コンビニでおにぎりを買い、それを頬張りながら食べていた。


「お散歩しながらおにぎりを食べるのも通だね」

日が気持ちよさそうに目を細めながら陽は言った。


散歩を気に入ってもらえて何よりだ。陽にしては珍しく、何も話さない時間が続いていた。

ふと陽の方を見ると、空を見ていた。 陽は空を見ながら何を考えているのだろうか。



沈黙が苦手だったがこの何も話さない静かな時間がとても心地よかった。


昼休憩が終わる時間ギリギリまで散歩をして、 ミーティング室に戻った。 部屋に戻ったら女が3グループくらいに別れていた。 こういうグループってどうやって作るんだろう。 不思議だ。

ちなみにトリもグループを作る。というか、群れだ。ガンとかの鳥はV字で並んで飛び、隣の仲間が生み出した気流を利用して飛ぶエネルギーを節約している。あと、群れを成すことで捕食者たちからも守られる。

 女もそうなのだろうか。群れを成すことで1人でいるよりかは幾分かエネルギーが節約ができ目の敵が入れば、集団で陰口を言い身を守る。動物的に正しいこうどうなのだろう。


 いけない、いけない。捻くれてしまった。そんなこと1ミリも思ったことない。ほんとだよ?そういえば、鳥は鳥でもハトは群れを成すことで飛ぶことが非効率になる。群れで飛ぶことで羽を動かす回数が増えてしまうらしい。単独行動の方が飛びやすいにも関わらず、2羽1組でも一緒に飛ぶ。―――ロマンチックだね。鳥さんは。


 けど、集団行動は向いてない。どこか俺みたいだ。

そんな卑屈なことを考えているとお昼の休憩が終わった。


「研修もある程度終わったので……」

「せやな、 まだしてなかったな。自己紹介」


社員2人が言い出す。 死の宣告だ。 俺が墓地に送られてしまう。 カードゲームは遊◯王よりデュ◯マ派だ。俺の携帯ケースの裏にはデス・フ◯ニックスが入っている。 それをきっかけに陽とデ◯エルマス◯ーズの話で盛り上がるのはまた別の話。


そんなことは、どうでもいい。 自己紹介ってなに。 そういう物は高校生以降もうないと思っていた。とにかく1番はやだ。 前の人の自己紹介のフォーマットを真似して無難にやり過ごしたい。


「では、自己紹介を1番左の石田さんからお願いしようかな。 その前に私と西山さんから

自己紹介をやっておきましょうか」



安心した。 俺の席から1番遠い席が石田さんからだからだ。最初は、社員の田山さんと西村さんが自己紹介をした。名前、出身を言い、 好きなものや趣味を語っていった。


よし。このフォーマットをまるパクリしよう。


他の人の自己紹介を聞くべきとこかもしれないが自分の自己紹介を考えることで必死でそんな余裕はなかった。 気づけば、田山さん、西村さん、 石田さんの自己紹介が終わっていた。


自分の自己紹介まで1人 、2人、、、 8人。 自己紹介特に話すことないんだよなぁと思っていると―――


「すいません、前に出て自己紹介してもいいですか?」


先ほど話の中心になっていたメガネの女がきゃぴきゃぴした声で田山さんに聞いていた。なんでわざわざ前でやるんだろうと彼女の様子を見ていたら


彼女はおもむろに油性ペンを持ち、 皆に背を向ける。




「じゃーん」

彼女は、 鼻唄を交えながらホワイトボードに絵を描き、したり顔で披露した。 人に絵のうまさを見せたいときの相場は、 人物か背景の絵ではないだろうか。


なぜ彼女は、誰でも描けそうなまっくろくろすけの絵を描いたのだろうか。 正直うまいか下手かは判断できない。

皆が突飛な自己紹介に訝し気な表情で彼女を見ている。


そんな中、満足そうな笑顔で自己紹介を始める彼女がひどく魅力的に見えた。


「出雲天です! えっと、今年で19歳になります。この絵を見ての通りジブリが大好きです!あと絵に自信があります!」


19歳……。 若さゆえなのか他の人と違うことをするのにも羞恥を感じず、声高らかと好きなものと得意なことを喋った。


「あと、えっと、ここに来た理由は9月からマレーシアの大学に行くのでその為の資金集めです。ちなみに出身は、石川県です。 以上! 自己紹介終わり」

彼女は歯の矯正器具が見えるくらい口角を上げ、笑顔で自己紹介を終えた。


驚いた。まず19歳で石川県から京都府まで住み込みでバイトしようと決断したのがすごい。 それのみならず、 大学は海外の大学を選んでいるのだ。 俺の6年前はどうだっただろうか。


俺とは真反対な彼女がとても眩しく見えた。


とにかくインパクトがあった自己紹介。 次の番は陽だった。


「皆が見えやすい位置で自己紹介したいので前にでますね。」

陽も前に出て自己紹介をした。


「大野陽です。 24歳です。 このバイトに応募した理由は、 前職の住宅営業がもうブラックで。 帰り0時過ぎて、次の日の出社が7時とか。」

「それはしんどいなぁ」

西村さんの茶々が入る。


「そうなんですよ。 それがしんどくて、遠くに行きたーい!って思って山口からはるばる京都まで来ました」

「山口遠いなぁ」


「それでうーんと、 趣味なんで好きなんですけど強いて言うならギターですかね。 それこそさっきの彼女と一緒でジブリが好きで、 人生のメリーゴーランドとかルージュの伝言とか弾けます」

 陽は、前の女の自己紹介の内容に触れつつ、自分の趣味を行った。こいつさては自己紹介慣れしているな。


「えぇー、それはすごいな。 天と2人でね 絵を描いてもらいながらギター弾いたらええやん」

あいかわらずコテコテな関西弁の西村さんが無茶振りをした。


「あ〜〜。 それ楽しそうですね! ギター持ってくればよかった。 エアーでよければやりますけどね!」

うまい具合に陽はかわした。


「エアーでいいわけあるか。 次の人、自己紹介よろしく」


西村さんが軽く陽を流し、 自己紹介は次の人に移った。


俺の番まであと6人。さっきの出雲の自己紹介が頭の中で繰り返される。それほど彼女の自己紹介は印象的だった。 そんなことをボーっと考えているとーーー


「月双さん。 次、月双さんですよ。」


いつの間にか俺の番だった。 田山さんに呼ばれ気づいた。


「えーー、 月双海です。 24歳で宮崎県出身です」


それからの言葉がでなかった。 出雲の自己紹介に気を取られ、何も自己紹介を考えていな

かった。 沈黙の空気が続く。


「えっと、月双さん。 好きなものとかは?」

田山さんが質問をくれた。優しい。


「うーーーん。 好きなもの、好きなもの」


再び沈黙の時間が訪れる。自身の中では、30分も経ったように思える。皆こっちを見ていて視線が痛い。


「かい、 ゲームが好きやんな」

陽が助け船を出してくれた。


「そうなんや。 何のゲームが好きなん? 」

西村さんも陽に乗っかってきた。


「APE◯っていうゲームです。」

「どういうやつ? ジャンルというか」

田山さんが話を広げてくれた。早く答えないと。うーんと、A◯EXを簡潔に分かりやすく説明するには



「……人殺すやつです!」


「「「……」」」


あれだけフォローしてくれていた3人が黙る。


「……殺すって物騒やなぁ」

西村さんがポツリとつぶやいた。



こうして俺の自己紹介は事故紹介となり二重の意味で終わった。

もう職場では、静かに過ごそうと1人で心に誓った。


2022年5月19日 (木曜日)


「僕、レバーがいいです!あとご飯とレモンサワー」


今俺は、焼肉屋で独特な頼み方をしている奴の隣に座っている。


「双月さんは何頼みます?」

注文をするタブレットを持った田山さんが聞いてきた。


「ビールとピーマンと米で。 あとカルビも欲しいです」

俺がいつも食べるやつを頼んだ。炒めたピーマンは美味しいのだ。


「何か2人とも注文へんやなぁ」


俺も陽の仲間らしい。 こてこてな大阪弁な西村さんに指摘をされた。


「え?そうですか?? すいません。 世間知らずで」

陽はたまに変なのだ。外食もあんまりしたことないらしい。こないだ、な◯卵に行った時は「来たの初めて」ってはしゃいでた。


「陽らしいっちゃ、 陽らしいけどな」

西山さんがフォロー?を入れる。


「でも、海もなんか注文渋いですよね?」

陽が西山さんに言う。


「俺のことはええねん。 さっさと食おうぜ」


とても楽しい。俺は今、陽と田山さんと西村さんと焼肉屋に来ていた。

なぜ、こうなったかと言うと1週間前に遡る。

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