第1話 ごめんね。素直じゃなくて。 後編
「みなさん、全国各地からありがとうございます。北は石川、南は宮崎が一番遠いかな。ここの2席空きがあるんやけど、急遽来れなくなった人たちです。直前でなかなか勇気が出ずやめるパターンもあると思いますが、みなさんはその勇気を一歩踏み込んでくださったのは本当にありがたいです。では、さっそく仕事の説明と手元の書類を元にこの映像を見て頂きます。」
いわば、バックれた人が2人いるのだろう。そりゃそうだ。俺も飛行機さえ経由しなかったら帰ってた可能性が高い。
それほど、初めての仕事、初めての場所、初めましての人間。初めてづくしは気力を削ぐのだ。
しかし、仕事の内容は簡単そうなものだった。懸念点があるとすれば、新規プロジェクトということもあり、依頼先の会社とのすり合わせをしながら仕事を進める上、派遣全員はもちろんのこと社員である田山さん、西村さんも初めての試みという所だ。
田山さんに至っては人の上に立つのも初めてらしい。
そして、初日の研修は順調に進んでいき、2時間弱で終わった。
そのまま田山さん、西村さんが宿まで案内する形となった。宿は、女がホテル、男がマンスリーマンションで別れていた。福知山駅から徒歩5分にホテルがあった。
「それでは女の子はこちらのホテルになります。」
ここら辺の建物で一番綺麗な外装をしていた。
「では、付いて来てください。田山さんは男子をお願いします。それじゃあ、解散ということで。」
と西村さんが6人の女を連れ、ホテルに入っていた。とても綺麗なホテルを見て、俺の住むマンスリーマンションにとても期待が持てた。
それから田山さんに着いていき歩くこと5分。大通りの道を右に曲がり住宅街に入って行った。大通りは開けていて道路の真ん中には大きな木々が植えてあり、とても綺麗な空気だった。
――なんか途中フィリピンパブがあったがそれは気のせいだ。
道路も新しくされており、キャリーケースが転がしやすく、心地よい街だ。
田村さんに付いて歩くこと2分大通りを左に曲がった。1度曲がったらそこには綺麗な住宅街などなく、湿っぽい薄暗い空気が漂っていた。
嘘だよね。きっと何かの間違えに違いない。こんなに暗い雰囲気の場所にホテルなんてあるはずがない。
俺の願いは田山さんに届かずまっすぐに古臭い旅館のようなホテルのような中途半端な建物に歩いて行った。
――田山さんカムバック!今なら引き返せるよー。
心の中で叫ぶ。
「えー、ここでまず鍵を受け取ります。」
終わった。これから3ヶ月この柱の隅々に蜘蛛の巣が張っているボロ過ごさないといけないのか。
「すいません。田山です。」
「あ、お待ちしてました。お一人はすでに鍵を渡しているのであと他の3人にお渡ししますね。」
「あれ、もう誰かもらった?」
と、田山さんが振り返る。
「僕がもらいました。」
先にマンションに訪れ、鍵を貰っていたようだ。
同い歳くらいの男の人は集合時間よりも前にホテルを訪れたようだった。
――お前集合時間ギリギリに来たよな?
「あと、お客様宛てにお荷物預かっています。」
受付の人が台車にでかいダンボールを乗せ持って来た。
「それは僕のですねぇ。」
「すごい荷物やね。」
「キッチンがあるって知っていたんで自炊道具を持って来ました。」
石田さんはカバくらいの大きさのダンボール一箱を事前にホテルに送っていたようだった。
この2人すごく準備いいな。少しだけ、ほんの少しだけ、キャリーケースにPS4を詰めた自分がバカに思えた。そんな自分にショックを受けていると受付の人が
「では、マンスリーマンションは別館になります。こちら右に出ていただいて左に曲がってそのまま大通りの信号をまっすぐ渡った先になります。」
――きたー!やっぱりこんなボロいところではなかったんですね。蜘蛛と同棲しなくていいんですね。危ない。危ない。危うく部屋の汚さに絶望して宮崎に帰るとことだった。
そして、田山さん、石田さん、同い歳くらいの男、俺、男4人でマンスリーマンションに向かった。
「ここですかね?」
石田さんが田山さんに聞いた。
「ここやと思います。えっと菅本さん、月双さん、白川さんが3階で私が4階になります。」
完全にぬか喜びだった。信号を渡り、たどり着いた建物はマンスリーマンションとかではなく完全にビル。誰がどう見てもビル。強いてマンション要素があるとすれば1階にポストがちゃんとついているくらいだ。なんなら2階はなんかの事務所だし。
絶対中身ボロボロじゃんと思いながら皆んなでエレベーターに乗り2階で石田さんと大野さんと俺が降りた。
まだ、ショックから抜け出せずにいち早く自分の部屋301に入った。なにやら石田さんと同い歳の男が部屋に入る前に話していたが気にする余裕はなかった。
部屋を見たら思ったより汚くはなかった。だいたい6畳くらい?なんかベットは少しシングルベットより小さい気もするがテーブルも椅子もあり、テレビもある。キッチンが別れてないワンルームではあるが床は木目調で新しくリフォームしたような跡があり、壁はコンクリートと割と清潔感があった。
続けて、トイレと風呂を見てみると、トイレは独立しておりウォッシュレットもついていて、全然暮らせそうだ。風呂は洗面台と一緒なのが少し嫌だが、宮崎に即帰らなくて済みそうだった。キッチンは自炊する気がないから狭いのも気にならないし。
――よし、3ヶ月間ここでやっていけそうだ。と覚悟を決めた。
早速俺の相棒をキャリーケースから出そう。
そうして、PS4を出そうとした時インターホンが鳴った。
突然のチャイムに驚きながら、ドアを開けると同い歳くらいの男の人が立っていた。名前なんだっけ。
「どうしました?」
「夜ご飯一緒に食べに行きませんか?石田さんはもう今日早速自炊するようで、、、断られちゃいました。」
――すっごい悩んだ。長旅で疲れたし、何よりゲームをしたい。けど、職場での人間関係を良好にするなら行くしかないよな。けど、めんどくさいな。どうしよう。
「疲れているので、少し休憩してからならご飯いいですよ。」
「よかった〜。断られたらどうしようと思ってましたよ。では、18時くらいにご飯いきましょ!18時になったらインターホン押しますね。」
インターホンを押す動作をしながら言われた。
人が良さそうな笑顔を見て、思った。間違いないこの人はコミュ強だ。目を細めて笑う彼は優しそうな人間だった。電車とかでお年寄りに席を譲ってそう系男子だ。やはり、俺とは合いそうにない。
――やっぱり今からでも断るか。
「あ〜、わかりました。」
断る決心をしたものの、彼の誘いを断れなかった。
「じゃあ、18時に!」
「了解です」
バタンと、彼が隣の部屋に帰った音が聞こえた。
まぁ、いいか。夜ご飯はどうせ自分で作るか、買うしか選択肢がなかったから別にご飯に一緒に行くのはついでだしな。と、この選択肢を俺は後悔するとは思わなかった。
心を切り替えとりあえずPS4をキャリーケースから出した。18時まで1時間弱だからゲームはできるなと思い、Wi-Fi設定からした。
最高じゃん。このマンスリーマンションWi-Fiがついてる。机の引き出しの中からWi-Fiのパスワードを見つけ、PS4と繋げた。最初はあれだけ嫌だった、マンションも中に入ってみれば住めば都のようなところだった。
ピンポーン。
ゲームに熱中しているといつの間にか18時になっていた。ご飯食べる時間か。俺は、初対面の人との会話に不安感を持ちながらも玄関を出た。
2時間後。
俺はマンスリーマンションで彼のことを振り返る。
一緒に飯を食べたのは、1時間くらいだ。初対面の彼との会話は途切れることもなかった。同い歳ゆえか、共通の好きなものが沢山あった。彼は本当にいい人だ。やたら温泉に誘っててくる以外は.......。
俺とは住む世界が違うような純粋で心が綺麗な人だと思った。
ご飯を食べに行く途中は彼からよく会話を振ってくれた。
「いきなりこういうこと聞くの失礼かもしれませんが。何歳ですか?」
「25歳です。」
「マジで!?同い年じゃないですか。じゃ、タメでいきましょ!」
と手を叩き、手を広げて言った。
なんやこいつと思ったが、まぁいいやと思った。
「ここら辺温泉が有名なんやって。」
「そうなんですか。」
「今日行かない?」
「着替えとか今持って来てないからいいですかね〜」
初対面で温泉誘うのすごいなと思いつつ適当に断った。
「そういえばなんて呼べばいい?お名前は?」
「月双海。」
「じゃあ、海。って呼ぶね。俺、大野陽だからはるって呼んで。」
初対面から距離の詰め方すごいやつだった。やっぱりタイプが合わないなと思った。
「了解。大野」
「結局、苗字で呼ぶんかーい。お兄さん悲しいよ。そういえば何県から来たん?」
シクシクと泣いたふりをしながら聞いて来た。
――こいつ小賢しいな。
「宮崎から。」
「そうなんや。めっちゃ遠いやん。何時間くらいかかったそ?。」
「6時からやな。ばりしんどかったわ。」
「そりゃしんどいわ。飛行機使って今日来たん?」
「そそ。飛行機使って来た。大野は?
「俺山口からー。やから海と思ったより近くやな。昨日から福知山に来てん。」
「やから鍵持ってたんか。」
「海はなんでこのバイト応募したそ?俺は住宅の営業がブラックすぎて逃げ出して来た。」
「俺は、大学の単位が3単位足りないで3浪目が決まって前期は休学して後期の授業料を貯めるために来た。」
「そうなんやね。ひょっとして海ってサボリ魔?」
「メンドくさがりやではあるかも。」
「そうなんや海、部活は何やってた?もしかしてサッカー部?」
「そうそう。サッカー部。なんでわかったん?」
「見た目かっこいいからサッカー部やと思ったわ。サッカー漫画とか見る?」
それからほぼずっと漫画談義をしていた。2人とも漫画を沢山読むので話は尽きなかった。決してかっこいいと褒められたから心を許したわけではないが、食事中も初対面にも関わらず話は途切れなかった。シラフの状態で人と話すのが苦手な俺にとってはすごく珍しい出来事だった。
今日の食事会は満足したものだった。食べたお店が全国チェーンのファミレスという点を除けば。
「そろそろ出よや。」
電子たばこも吸いたくなった為、ファミレスを出た。
「今日誘いに乗ってくれてありがとね。」
ファミレスの会話でも思ったが陽は人にお礼や褒め言葉をかけるのに躊躇がない。水を自分の分までに持って来てくれたり、ソファー側にさりげなく座らせてくれたりととにかく気を使ってくれる優しいやつだとわかった。笑いのセンスも合うし、こいつとは仲良くなれそうだと思った。
「いやいや、別にいいよ。ご飯とかついでだし。」
って言ったそばから陽が声を出した。
「あっ。そこに温泉あんじゃん。温泉行かね。」
「うーん。なし。」
ファミレスを出た正面の建物に温泉があったのだ。
――なんであるねん。そしてなんでそんなこいつは温泉行きたいねん。やっぱりこいつは人との距離の詰め方おかしい気がする。
「えー。なんで行こうよ。温泉。名所だよ?ここの名所」
駄々をこねるな。駄々を。
「今日はもう帰るよ。陽」
「え〜。あっ。今下の名前で呼んだね?どういう心境の変化??」
「うるさ。」
ニヤニヤしている陽を無視して、マンスリーマンションに向かい歩いた。
ふと空を見上げたら、月が今にも満ちようとしていた。
この時、見た月と星の輝きは忘れないだろう。それほどまでに綺麗に見えた。
〜第一話 ごめんね。素直じゃなくて。〜
5月12日(木曜日)
「じゃーん」
彼女は、鼻歌を交えながらホワイトボードに絵を描き、したり顔で披露した。人に絵のうまさを見せたい時の相場は、人物か背景の絵ではないだろうか。
なぜ、彼女は誰でも描けそうなまっくろくろすけを描いただろうか。正直うまいか下手か判断できない。突飛な自己紹介に皆が訝しげな表情で彼女を見ている。
そんな中、満足そうな笑顔で自己紹介を始める彼女がひどく魅力的に見えた。
〜第二話 眩しい月〜
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます