最終話
あの家出の後、私たちは酷い目にあった。まあ自業自得と言えばそうなんだけど。
まず私たちはフロントに連絡し、事情を話した。普通に怒られた、当然だ。さらに従業員が部屋に入ってきたことで私たちが未成年であることがバレてしまった。
従業員のおじさんは警察に連絡すると言ったけど「それだけはやめてください」と泣いて謝って、とりあえず親を呼ぶことにした。
やがて私と翔子ちゃんのお母さんがやってきて、従業員さんと話し合い、警察とそれから学校への通報だけは勘弁してもらえることになった。最悪の事態だけはどうにか免れたのだった。
まあ、もちろんこれでめでたしめでたしとはならない。家に戻ってから私たちは親たちからしこたま怒られた。
翔子ちゃんのお母さんは、翔子ちゃんが私の家に行ったと思い込んでいたらしい。次の日の朝に私の家に電話をして翔子ちゃんがいないということを知り大慌て。もちろんいつものように私が翔子ちゃんちに家出したと思い込んでいた私の両親も驚き、久保田家と成瀬家は大パニックになっていたそうだ。
みんな怒っていたが、特に翔子ちゃんのお母さんの怒りようは凄かった。うちの母とは違い普段は穏やかな人なので、怒っている姿がより一層恐ろしく思えた。ただ、ここまで怒ってくれるのはきっとすごく心配をしていたという証拠なんだと思う。
お母さんたちには散々怒られたけど、最後には「2人とも無事に帰って来てくれて、それだけは本当に良かった」と言ってくれた。それを聞いた私たちはなんだか申し訳なさすぎて、2人で泣きながら何度も謝った。
まあ今回の罰として、2人とも高校入学までお小遣い無し、ということになったのにはガックリきたけど仕方がないか。
あの事件から数週間が経った。今は8月の下旬でもうすぐ夏休みが終ろうとしている。
「ごめん翔子ちゃん。待った?」
私は塾の自習室で待っていた翔子ちゃんに声をかける。
「別に。自習してたから気にしてないわ」
あの家出騒動の後、私は翔子ちゃんと同じ学習塾に通い始めた。塾に行ってまで勉強するのは、正直抵抗がないわけではないけど、このままだと二高にも受かるかどうか怪しい私にとってはいい選択だったと思う。いい加減そろそろ本気で勉強に取り組まなくちゃならないと思っていたところだ。
2人の学力は違うのでクラスは違う。だけど行きも帰りも一緒だ。
というよりも行きも帰りもどちらかの家の親が車で送迎してくれている。塾と家は普通に徒歩で通えるほどの距離なのだけれど、2人きりにするのが心配なのだという。
今後あんな事するつもりなんて全くないのだけど、一度信用を失うとこうなるんだなと痛感した。信用を取り戻すため真面目にコツコツやっていくしかない。
「ちょっとわかりにくいところがあってさ、先生に聞いてたら遅くなって……」
「なんかアスカも急に受験生らしくなったわね。不思議な感じ」
「失礼な! せっかく心を入れ替えて勉強頑張ってるんだからそんな言い方しなくてもいいでしょ」
「ごめん、悪かったわ。でも最近頑張ってるわね。この調子なら志望校に余裕を持って合格できるんじゃないの?」
「まあ、二高はね。でも私今まで全然勉強してきてなかったからまだまだ油断できないよ。翔子ちゃんこそ余裕じゃないの?」
「そんなことないわよ。まあこの調子なら大丈夫だとは思うけど、受験するのは初めてだし一発勝負だから。用心するに越したことはないから」
「翔子ちゃんらしいね、そうゆうところ」
相変わらず翔子ちゃんは慎重派だ。
今の学力で、無謀にも一高を受験しようとしている私とは大違い。
そう、実は私も一高を受験しようと企んでいる。このことはまだ翔子ちゃんは知らない。知っているのは塾の先生と私の両親だけだ。
入塾の時にあった三者面談で私が「一高を受験したい」と言った時、お母さんも塾の先生もすごく驚いていた。
先生は「相当厳しいでしょう」と念を押した上で「それでも受験したいと言うなら今は止めない。今後どれだけ伸びるか様子を見て、また検討するのも良いでしょう」と言ってくれた。
一方お母さんも驚きながら「勉強に関して、前向きなのは悪いことではないから」と言って、意外にもあっさりと私の一高受験を受け入れてくれた。
なぜ勉強嫌いの私が一高を受験するのか。そんなの翔子ちゃんと同じ高校に通いたいからに決まっている。
『どの高校に通っても友だちなのには変わらない』
そういう事を私は言って、翔子ちゃんはそれを信じて一高を受験すると言った。
でも、あの家出騒動の後で、ふと別々の高校に通う私と翔子ちゃんを想像して、自分でも信じられないほど悲しくなってしまった。
翔子ちゃんと離ればなれなんて、そんなの考えられない。今まで空気みたいに当たり前のように存在していた翔子ちゃんがいなくなる、それじゃあ死んでしまう。
翔子ちゃんが二高を受験すればいいのに、と今更そんな最低なことさえ思ってしまっていた。「一緒に二高に行きたい」って言ってしまおうか。翔子ちゃんなら本当にそうしてくれるかもしれない。
でも、それは絶対にやっちゃダメだ。翔子ちゃんは一高に行くことを望んでいる。友だちの志望校のレベルを下げさせるなんてしちゃいけない。でも、私はどうしても翔子ちゃんと一緒にいたい。
なら、私が一高に行けばいい。そうだそうしよう。そもそも翔子ちゃん抜きで考えたとしても、入れるなら二高よりも一高に入った方がいいに決まっている。別に私は二高になんのこだわりもない。
でも、学力が足りない。なら勉強すればいい。そう考えだしてから、家でも塾でも今までよりもずっと集中して勉強に取り組めるようになった。あんなに嫌いだった勉強なのに。翔子ちゃんと離ればなれになるくらいなら勉強したほうがマシということか。
そして今に至る。この夏休みで大分レベルアップはできたけど、今までサボってきた分を取り戻した程度に過ぎない。勝負はこれからだ。
「なにぼーっとしてるの? 早く帰りましょう」
「あ、ごめんごめん」
翔子ちゃんが私の一高受験のこと知ったらなんていうかな。驚くかな、喜ぶかな、それとも無謀だからやめろって止めるかも。でも私は絶対に諦めるつもりはない。
いつの日か、そう遠くない時に、私たち2人は離ればなれになる日が来る、悲しいけど絶対に来る。離ればなれになっても私たちは友だちだし、それは当たり前のことなんだけど、もう少しだけ一緒にいてもいいよね。
甘ったれた、子どもみたいな考えかもしれないけど、せめて高校卒業までは一緒にいたい。努力すればそれは叶うかもしれない。そのためなら私は……
「翔子ちゃん!」
「な、何急に大声出して」
「私、もっともっと勉強頑張るね!」
「はいはい、無理はしないでよ」
「……無理ぐらいどうってことないよ」
私は小さく呟く。
「何か言った?」
「ううん! 何でもない! 帰ろっか?」
そうして、私たちは自習室を後にした。
終わり
女子中学生ラブホテル探訪記 ドン・ブレイザー @dbg102
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