第29話 カルデナの魔女

 ────カラン、カラン


 「あれ? もうそんな時間?」


 薬草採取に夢中になっていた私は、近くの村の鐘の音を聞いて立ち上がった。


 遥か昔、世界を滅ぼそうとした魔王を封じたと言われる封印地。そこから南に約百キロほど離れた位置にある北カルデナ地方と呼ばれる場所に私は立っていた。


 アンドレアル王子の呪いを解いた後、私は数日ほど気を失っていたらしい。その間、キリヤ君が私の傍を離れずに介抱してくれていたと。


 その時の記憶は全然覚えていないけれど、夢の中で誰かにずっと手握られていた事だけは微かだが覚えている。やっぱり、キリヤ君は優しい。


 それから目覚めた後は、封印地の監視役兼肩書だけの領主に任命され、カルデナ伯爵と名乗る事となったキリヤ君とこの地へとやってきていた。王国によって、カルデナ領主の為に用意された屋敷に引っ越してから、すでに数か月の月日が経っている。


 ちなみに、うちの屋敷のメイド長として仕立て屋のリンカさんも一緒に来ているのだが、彼女って一体何者なのだろうか?


 ただの仕立て屋ってワケではなさそうだけど……まぁ、それはさておいて。


 こちらへと来る際に、私はアランベルク王都のお店を閉める事にした。


 自分が一人でやって来た証だし、なによりいつもポーションや香水を買いに来てくれた人たちから惜しむ声をたくさん頂いたので、全く未練がないとは言い切れないのだけれども……それでも、自分が決めた道だから後悔はなかった。


 この、左手の薬指に輝く綺麗なダイヤの指輪。この指輪を結婚の証だと送ってくれたキリヤ君の側にいる事が、今の私の一番の幸せだったから。


 「さてと、これだけあれば十分かな」


 手に抱えたバスケットには、王都では見かけない沢山の草花で溢れている。私はその香りを胸いっぱいに吸い込んで、愛する彼の待つ屋敷へと向かって歩き出した。


 「あ、いたいたぁ! こんにちはぁ! ミルフィ様ぁ!」


 とその時、近くの村の方から小さな女の子が、私に向けて手を振りながら駆け寄ってくるのが見えた。


 「あら、こんにちは、サーニャ。お母さんは良くなったかしら」


 村に住んでいる幼子のサーニャは、生え変わり始めた歯を見せながら、嬉しそうに返事する。


 「うん! ミルフィ様のお薬が効いて、体がとっても楽になったって!」


 「そう、それは良かったわ」


 「あ、それと、近いうちにお屋敷の方にお礼に行きますって、お母さんが伝えてって言ってました!」


 「まぁ、お礼なんていいのよ。領民の皆さんが困っているのを助けるのは、当たり前の事なんだから」


 「ううん、そんなことないよ。前の領主さまは村のみんなをイジめてばかりで、全然助けてなんてくれなかったから……」


 サーニャの表情は、一瞬陰りを見せる。しかし、すぐに先程と同じ明るい笑顔に戻っていた。


 「だから、ミルフィ様がカルデナに来てくれて良かった! だってだって! ミルフィ様は優しくて、すごいお薬をいっぱい作れて、魔女様みたいなんだもん!」


 王都では厄災を振りまくと忌み嫌われている存在である魔女。だが、このカルデナの地ではなぜか英雄として祀られていた。


 古の時代、このカルデナの地を狙って襲いかかってくる魔王の軍勢から、魔女はたった一人で守ってきたらしい。


 なぜ、王都とカルデナでは言い伝えがここまで食い違っているのか私にはわからないけれど、この地に住む人々にとって魔女は絶対的な存在なのだ。


 「嬉しいけど、私はそんな凄い人なんかじゃないよ?」


 「ううん、そんなことない! ミルフィ様はすごい人なんだよ! 私、ミルフィ様のことが大好き!」


 そしてサーニャは、あどけない笑顔で私の事をこう呼んでくれた。


 「お母さんを助けてくれてありがとう、カルデナの魔女様!」



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 拙い作品ではありますが、ここまで読んで下さった皆様、本当にありがとうございます。元々はコンテスト用の為に用意した物語でしたので、お話は一度ここで終了となっています……が、只今、ここまでの話の推敲や続きを執筆中です。


 完結まで描き切る予定……ではありますが、他のコンテスト作品を執筆しながらになりますので、長くお待たせする事になるとは思います。


 『そう言えば、そんなのもあったなぁ』程度に、お手すきの際に読んで頂ければ、これ幸いです。


 それでは敬愛なる読者の皆様、ごきげんよう。

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出来損ないと罵られた聖女は、世界を癒す魔女となる。 みなみのねこ🐈 @minaminoneko

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