第28話 死に至る病

 私の店の倍以上の広いお部屋には、何人寝られるのかわからないほど大きくて豪華なベッドが設置されており、その中央にはとても苦しそうに呼吸を繰り返す若い男性が横になっていた。


 初めて見るけど、この方が第一王子アンドレアル様のはず。弟のダンデルト様とどこか似ていて、凛々しくシャープなお顔付をされている。


 「今はお休みになられているが、起きている間は咳が酷く、体を起こすこともお辛いご様子。半年前よりお体の調子を崩されてからは、ずっとこの調子なのです。我ら王宮治療師でも、一体何が原因でこうなられたのかサッパリでして」


 と、語るお年を召した男性の治療師様。長く伸ばした髪も髭も、それにお召し物も真っ白だった。


 王子様に会わせて欲しいとキリヤ君にお願いして数時間後、外はすっかり夜の帳に包まれていた。


 長い時間待つことになったが、ようやく国王陛下の許可が下りてとこせておられる第一王子のアンドレアル様との面会が叶っていた。キリヤ君は、面会出来るのが私だけと言うことなので部屋の前で待ってくれている。


 「どうであろう、ミルフォリムよ」


 ベッドを挟んだ向こう側、治療師様の横に国王陛下は立たれていた。


 先ほど、大勢の人々に見せていた威厳ある態度とは違い、少し弱気な印象を受けたが、その姿と瞳は息子を心配する普通の父親、そのものだった。


 私はそんな陛下に、王子を見て気づいた事を告げた。


 「はい。これは病気に見えますが、原因は”呪い”にあると思われます」


 「の、呪いだと?!」


 「なんと!」


 国王陛下も治療師様も、同じ様に目を見開いて驚かれていた。


 「そうです、呪いです。見た目や症状としては風邪などに見えますが、アンドレアル様の体からは微量の呪力が滲み出てきています」


 私の言葉に、治療師様は手を顎に当てた。


 「魔女が使う呪力、とうに滅んだ力ではなかったのか……」


 その隣で硬い表情をされた陛下が、訝しんだ視線を私に向ける。


 「お前の言う通り、これが呪力による物だったとしよう。では何故に、この症状が呪力による物だと分かるのだ?」


 私は一度、深く呼吸をして心を整えた。


 「それは、匂いがするからです」


 「匂い、だと? どういうことだ、ミルフォリムよ」


 「私は母の様に聖痕を受け継がず、父の様に魔法の才能も受け継ぎませんでした。ですが、精霊たちが残していく残り香を感じ取ることが出来るのです」


 「精霊たちの? ま、まことなのか?」


 「皆様にそれを証明する事は出来ませんが、昔から魔法が使われる度に、私は彼らの存在を匂いで感じてきました。今も、王子の体からは闇の精霊の匂いを感じます」


 「なんという事だ……そんなもの、一体誰が」


 苦しそうに呼吸を繰り返し眠る王子からは、微量ではあるが、確かに闇の精霊の残り香を感じた。ジメっとしていて、纏わりついてくる様な危険な匂い。


 初めてアルメリアと出会った時に感じた物と、同じ匂い。


 呪いの匂いは、時が経っているとは思えない程ハッキリしている事から、毎日少しづつ何かしらの方法で掛けられている……いや、与えられていると思われる。


 食事か、或いは投薬か。それとも、そのどちらもか。


 「このまま放っておけば、呪いは王子の体をゆっくりと蝕んでいき、数年の月日の後、死に至ってしまいます」


 「なんだと、息子は死んでしまうと言うのか。まさか、そんな……」


 陛下は私から視線を外して、王子の顔を悲しい表情で見つめる。


 「ミルフォリムよ、教えてくれ。一体どうすれば良いのだ。儂はこの子に、何をしてやれるのだ」


 子を想う親としての当たり前の姿。陛下は縋る様な目で私に問いかけてきた。


 「陛下。その質問の前に、今一度お聞きします。アンドレアル様の容体が改善されれば、キリヤくんへ騎士号を返還して頂けるのですね?」


 私は確認する為に、キリヤ君を通して陛下と交わした約束を訊き返していた。


 「あ、ああ、もちろんだとも。宣言したばかり故、今すぐには無理だが、必ずや騎士号は返還しよう。そなたとの約束を違える事はせん」


 「ありがとうございます、陛下。では、始めましょう」


 そう言って、私は自分の左手をベッドで横たわる王子様の体の上にかざした。すると、左手の甲にまん丸な聖痕とは違う、半円型のアザが浮かび上がった。


 「そ、そのアザは?」


 「詳しい事はご説明出来ませんが、つい半年前に、ある事がキッカケで浮かび上がってきたものです」


 このアザの事は、私以外に恐らく誰も知らない。お父様もお母様も知らない事だと思う。アルメリアと出会った日に、突如として浮かび上がってきたものだから。


 感じた事のない不思議な香りに誘われて、私は呪いに苦しむあの子と出会った。


 路地裏にある小屋の中で、ホコリを被った分厚い書物と一緒に。


 「ただ、一度この力を使って、ある猫を呪いから救っていますので、王子様の呪いも消せるかもしれません」


 「ま、まことか?」


 「確かな事はお約束できませんが……」


 私の返事に、陛下は数秒ほど黙って思案している様子だった。しかし、何かを決意したかの様な表情をすると、静かに口を開いた。


 「なにもせずに、死んでいくのを待つよりは……頼む、ミルフォリムよ」


 陛下の言葉を聞き届けた私は静かに頷いて、辛うじて読み解けた書物の一文、呪詛返しの言葉を口にする。


 『呪われたしその力、元ある場所へと帰られよ』


 すると、王子の体から黒い煙のような物がモクモクと噴き出し、私の左手の上に集まり始めた。


 「な、なんだ? 一体何が起こっているのだ!」


 「わ、わかりません! 陛下!」


 驚き叫ぶ国王陛下と、そんな陛下に抱き着く治療師様。彼らが見守る中、私の左手の甲に浮かび上がったアザは赤く輝きだした。そして、球体状に集まる黒い煙を、赤い煙へと変えると瞬く間に部屋の窓から飛び出していった。


 「なんとも面妖な……」


 解呪の儀式を終ると、手の甲に浮かび上がったアザは、ゆっくりと消えていった。部屋の中は、何事も無かったかのように静まり返っている。


 穏やかな寝息を立てる王子様を確認した後、私はかざしていた手を引いて、驚いた表情の陛下と目を合わせた。


 「陛下。この呪いをかけた者へと術を返しました。もしかしたら、城内で苦しみ始めた者がいるかもしれません」


 「なんだと! わ、わかった。誰か! 誰かある!」


 陛下の求める声に、部屋の扉を開けて慌てて衛兵が駆け行ってくる。


 「はっ! ここに!」


 「今すぐ、ルディオン・エドガーとマルクスに伝えよ! 城内の者の点呼、及び姿を消した者の行方の調査だ!」


 「はっ! ルディオン騎士団長代理と宰相マルクス様にお伝えして参ります!」


 綺麗な敬礼を見せた衛兵は慌てて外へ出て行く。一連の流れを見届けると同時に、何故だか私は急に眩暈を覚えて、その場に倒れ込んでしまった。


 「ミルフォリム! これはどうしたことだ! キリヤよ、入ってくるがよい!」


 「し、失礼します! フォリィ! 大丈夫か、フォリィ!」


 なにやら、私を心配してくれる声があちこちから聞こえてくる。でも、それらの声に返事する事が叶わずに、私の意識は深い闇に誘われる様に途切れてしまった。

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