第27話 代償と結末

 「そこまでだ、キリヤよ! これ以上の騒ぎは許さん!」


 ダンデルト王子とマリィが降りて来た奥の階段から、煌びやかな衣装と狼の毛皮で拵えたマントに身を包んだ男性がゆっくりと降りてくるのが見えた。


 その威風堂々たる尊顔とそのお姿。それはまさしく、この国を治める王であるアランベルク国王、その人であった。


 「陛下」


 キリヤ君は国王陛下の姿を確認すると、すぐさまにその場で膝まづいた。


 「皆の者もそこまでだ。これ以上の騒ぎは、儂への侮辱とみなし、処罰いたすぞ」


 それは、まさに鶴の一声だった。その一言で、お父様以外の会場内の全ての人間が国王陛下へと向き直り、その場で膝まづく。私も慌てて、姿勢を正した。


 「さて、まずは聖女マリィよ。この場で起きた事は、とやかくは言うまい。ただ、そなたと我が息子ダンデルトとの婚約の件。今しばらく延期するとしよう」


 「え?」


 延期という言葉に、マリィは唖然とする。


 「そ、そんな! ダンデルト様!」


 足元に縋り付いてくるマリィに、王子は力ない言葉で諭した。


 「済まない、マリィ。国王である父が決めた事だ。私ではどうする事も出来ない」


 「う、うぅぅぅぅぅ……そんな、どうして、どうしてこんなことに……」


 これは事実上、王子とマリィの婚約の話が白紙に戻された状態だと思われる。そして、そのことに不満を覚えたお父様が、前へと出て異を唱えた。


 「アランベルク王、それでは話が違うではないか!」


 「控えられよ、ゴルダナ教皇よ。これ以上は、儂への侮辱だと言ったであろう」


 「だがしかし! 数年前より話を進めてっ……」


 「控えよと言った。次は無い」


 「ぐっ……」


 お父様は眉間にシワを寄せ、悔しそうに拳を震わせていた。


 恐らく、今回の婚約の件でお父様は議論の場で発言できる権力を欲していたのだろうと思う。キリヤ君が言っていたお父様のある予定という言葉。あれはダンデルト王子とマリィの婚約などではなく、別にあるのではないかと私は考えていた。


 そのある予定を進める為にも、今回の婚約はかなり重要だったのではと想像する。あくまで、私の私見でしかないのだけれど。


 「次に、光の騎士。キリヤ・タチバナよ」


 「はっ」


膝まづいて頭を垂れたまま、キリヤ君は短く返事をした。


 「そなたが聖女に対して吐いた暴言と態度。それと、この様な場で剣を抜いた行為は決して看過出来るものではない。よって、今ここで貴様の近衛騎士の任を解き、騎士号と光の称号も剥奪とする」


 国王陛下の言葉に周りはザワつき、私の頭の中は一瞬真っ白になった。


 (騎士号の剥奪……)


 「代わりに、封印地の監視の任を与える。今後は北カルデナを領地とし、地域一帯の領主として励む様に」


 「はっ、謹んでお受けいたします」


 キリヤ君はなんの抵抗も見せずに、素直に国王陛下の下した命を受け入れていた。


 陛下の話された封印地と言う言葉に、私は困惑する。


 封印地とは、遥か昔に世界を滅ぼそうとした魔王を私のご先祖様が封じた危険な場所なのだ。それに北カルデナと言えば、魔女誕生の地とも呼ばれており、昔からこの国の人々からは忌み嫌われ、作物も満足に育たない不毛の地である。


 王都から遠く離れた、そんな場所の領主になんて。


 「皆の者、今日はこれにて解散だ。後日、伯爵以上の者達には詳しいことをしたためた書簡送る故、目を通す様に。以上である」


 その言葉と共に、騎士と兵士は立ち上がり、陛下に向けて敬礼をした。陛下は彼らの姿を見渡した後、私たちに背を向けて奥へと消えていった。


 そして、会場中にボソボソと話す声で溢れ返っていく。


 「婚約延期か、これは少し大変な事になるな」


 「ああ、第一王子アンドレアル様は原因不明の謎の御病気に、第二王子グスタフ様も何らかの事情で姿をお見せになられない。揺らいだこの状況を、第三王子ダンデルト様の婚約で貴族や周りの者たちの結束を固めようと言う時に」


 「封印地とか、もうあいつも終わりではないか。あんな魔物が跋扈する土地に追いやられ、名ばかりの領主にだなんて」


 「まぁ、それだけの事をしたんだ。当然の報いであろう」


 「魔女誕生の地と呼ばれる呪われた場所。なにやら、不思議な草花が咲いているらしく、人々に呪いを振りまいているとも言う。なんとも恐ろしい話だよ」


 「騎士風情が、聖女様に逆らうからだわ。いい気味よ」


 なにやら継承者問題の一端が聞こえて気がする。だがしかし、それよりも今の私にはキリヤ君の今後の方が問題であった。


 (どうしよう。私のせいで、彼の人生をめちゃくちゃにしてしまった)


 私が面倒ごとを起こしてしまったせいで、彼が築いてきた騎士としての人生を奪ってしまったのだ。あれほど自分の人生を他人に壊される事を否定していた私が、人の人生を壊してしまうだなんて。


 冗談にしても、とても笑えるものではない。


 「フォリィ、立てるかい? 無理なら、俺が運んであげるけど」


 キリヤ君が再び、私の肩を優しく抱いてくれる。


 「ごめんなさい、ごめんなさいキリヤくん。私、目の前の事でいっぱいで……マリィを止めなきゃって、それだけで頭がいっぱいで。あなたに迷惑がかかることまで考えてなくて……ごめんなさい」


 「いや、問題無いよ。フォリィのせいじゃないさ」


 キリヤ君は優しいから、私の事を思ってそう言ってくれているに違いない。でも、それでは許されない事を私はしてしまった。


 「問題無くなんてない。だって私、あなたの騎士としての人生を奪ってしまったわ。あなたが積み上げて来た大切な物を壊してしまった。どうしたら許されるの? 人の人生なんて……どうやって償えばいいの?」


 私は本当にどうしていいかわからなかった。


 どんなに私が頑張ったって、彼に騎士号を授けてあげることは出来ない。それに、国王陛下に戻して貰う様に直訴しても、下手をすれば首を跳ねられかねない。そうなっては、彼に償うどころではなくなってしまう。


 私は、本当に無力だ。お父様が言う様に、ホントの出来損ないなんだ。


 「本当にごめんなさい。私のせいで、北の地なんかに、追いやられてしまうなんて……」


 「あ、ああ。そのことなら、本当に問題ないんだ。元々、封印地には赴く予定だったんだから」


 「……え?」


 彼の返事に、私は呆けていた。


 「これは特務だから秘密なんだが。実は最近、封印地での魔物の行動が活発化しているらしくて、監視の為に呪いの地と呼ばれるカルデナに向かって領主になる様、ずっと前から陛下から命じられていた事なんだ。皆への見せしめの為に、もっともらしく陛下が振る舞われていただけだよ。さすがに、騎士号剥奪は予想外だったけど」


 私はその言葉に、先ほどの貴族たちの会話を思い出していた。


 第一王子の謎の病気に、魔女誕生の地である北カルデナ、そして呪い。もし、それが呪いだとしたのなら、私に出来る事が……


 「だから、この婚約披露宴に出席したら、俺と一緒に行くか、婚約を破棄して王都に残るかをフォリィに選んでもらおうと……」


 「お願い、キリヤくん。今すぐ王子様に会わせて欲しいの」

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