第26話 王国最強の騎士

 「ケガはないかい? フォリィ」


 キリヤ君は私の元へとすぐに駆け寄ってくると、寄り添うようにそっと肩を抱いてくれた。彼の想いと温もりが、私の事を優しく包んでくれる。


 「う、うん。大丈夫。大きなケガはしていないけど、でもドレスが……」


 「ドレスなんてまた作ればいいさ。君がケガをしていないなら、それでいい」


 「ううん、ごめんなさい。せっかく、あなたがプレゼントしてくれた大切なドレスなのに、私、守りきれなくて……こんなにボロボロにしちゃって、ごめんなさい」


 私はキリヤ君に、そう何度も謝っていた。申し訳ないと言う気持ちでいっぱいで、止めどなく涙が溢れ出てくる。


 「しばらくここにいてくれるかい? 後は俺が何とかするから」


 そう言って、彼は自分が着ていた白い軍服の上着を脱いで、私の肩へとかけてくれた。


 「でも……」


 「もう、君は何も心配しなくていい」


 キリヤ君はそのままスッと立ち上がると、腰の武器に手を掛けて、二人の騎士様を睨みつけていた。怒りに震えた彼の顔は、私が見た事が無い、知らない表情だった。


 「キ、キリヤどの……」


 「ほらぁ、厄介なのが来ちゃったよ」


 キリヤ君が静かに呼吸をすると、その場の空気が一気に張り詰めた気がした。


 「ガイナバルト殿、シュバルツ殿。それにアシュガ。貴殿らがいながら、この不始末、一体どういうことであろうか?」


 「いや、これは、その……」


 「成り行き、とでも言うのかなぁ」


 「あ~、ほとんど僕のせい……かも」


 言い淀むガイナバルト様とシュバルツ様はお互いに顔を合わせ、アシュガ様はキリヤ君と視線を合わせようとさえしない。


 「出たわね、汚らわしい雑種。今頃何しに来たのかしら?」


 そう言ったマリィを、キリヤ君はただ一瞥した。


 「なっ! バ、バカにしてぇ……」


 妹は苛立ったように、グッと拳を握り込む。


 「ガイナバルト! シュバルツ! その雑種に思い知らせてやりなさい!」


 「……ど、どうかそれだけは、お許しください」


 「なんですって?」


 ガイナバルト様の発言に、マリィの眉がピクンと跳ね上がった。


 「もう一度言うわ、あいつを痛めつけてやりなさい」


 「……無理です、マリィ様。キリヤ殿は、我ら如きが敵う相手ではありません。いくらこの場に居る騎士と兵士が全員で掛かろうとも、彼に傷一つ付ける事も叶わないでしょう」


 そう言って、ガイナバルト様は一歩後ろへと下がった。それに習って、シュバルツ様も一歩下がる。


 「はぁ?」


 「キリヤ殿を相手に、三秒も持てば御の字です」


 「な、何を言っているの? そんなワケないじゃない! ここに居るだけでも百人はくだらない数の騎士と兵士がいるのよ! それが全員で掛かって勝てないって」


 「勝てません。恐らく、この国の戦力を全てぶつけたとしても、彼には敵わないでしょう」


 マリィは醜く顔を歪めて、周りの人たちを指差しながら大声で喚き散らす。


 「バカな事言ってないで、サッサと全員でかかりなさい! お前も! お前も! そこにいるあんたも! なんなら騎士団長代理も連れて来て、その劣等種を痛めつけてやるのよ!」


 けれども、ガイナバルト様やシュバルツ様はもちろん、他の騎士や兵士の方々も、俯いたり視線を外したりしてその場から一向に動こうとはしなかった。


 「な、何なのよ、何だって言うのよ! こんなヒョロっとした男一人に、何をビビっっているのよ!」


 「も、もうよさないか、マリィ。これ以上の騒ぎを父上に知られたら」


 今までどこにいたのか気づかなかったけど、妹の婚約者であるダンデルト王子が、いつの間にか彼女の横へと来ていた。


 「……ダンデルト様は口出ししないで」


 「しかし、キリヤとやり合うのは良くない。あいつは忠義者だし、何より強い」


 「でも私、このままバカにされたままじゃ気が済まないわ。お願い、ダンデルト様。私の好きにさせて」


 そう言って、マリィはダンデルト王子の手を包み込む様に握った。


 「私はマリィを愛している。だから、君の味方をしてやりたいが……」


 そこまで言って、王子はそのまま俯いてしまわれた。


 「……そう、わかったわ」


 マリィは王子にそう言うと、私へと向き直った。


 「わかってくれたかい?」


 「ええ。あいつはもういいから、無能な姉を素っ裸にして終わりにするわ」


 「なっ!」


 彼女が左手を上げたと思った次の瞬間、勢いよく振り下ろされていた。


 「もうやめるんだ、マリィ!」


 王子の制止する声も空しく、ドレスをボロボロに切り裂いた風の魔法が、再び私へと襲い掛かって来た。


 「えっ!?」


 一瞬、何か光ったと思った後に”キィン”と、小さな金属音が鳴った。


 そして、風の魔法とは違う一陣の風で、私の髪がふわっと舞い上がる。


 知らない精霊の残り香が、その場に漂っていた。暖かい日差しの下で、たっぷりお昼寝したアルメリアのモフモフの毛に似た香り。


 マリィは目を見開いて驚いていたが、私には何が起こったのか全く理解出来ない。


 でも、ただ分かっていることは、いつまで経っても妹の放った風の魔法が私へ届いてこないという事だった。


 「そんな、まさか……魔法を、風の魔法を斬ったとでも言うの?」


 ────斬った? 


 マリィのその言葉に疑問を持った私は、キリヤ君へと視線を向ける。


 彼は腰を落として武器の柄を掴もうとする姿勢から、微動だにしていなかった。ピクリとも動かない彼が、一体何をしたと言うのだろう。


 「ワケわかんない……ガイナバルト! あいつ、何をしたのよ!」


 「あれが、アランベルク王国最強の騎士、キリヤ殿の抜刀斬りに御座います」


 「バ、バットウ、ギリ?」


 聞きなれない言葉に、マリィは聞き返していた。


 「はい、己の結界内に入った物を、目にも止まらぬ剣戟で瞬時に切り伏せるとか」


 「なによ、そのインチキみたいな技は! って言うか、魔法斬ったじゃない! そもそも魔法って物理的に斬れるものなの!?」


 「わかりません。ですが、いま目の前で起こっている事が、全てであります」


 起きた事を受け入れられず、怯えているようにも見えるマリィ。その彼女に対して、キリヤ君がジリジリと近づいて行く。


 「聖女マリィよ。これ以上、俺の愛する人を貶め、さらに傷つけると言うのならば、お前のその首、容赦なく切り落としてやる」


 「ひぃぃぃぃ!」


 私からはキリヤ君の表情は見えないけれど、マリィはとっても怖い顔で彼に睨まれたのだろうと思う。


 恐れおののき、尻もちをついた彼女の表情は、血の気が引いて真っ青だったから。


 「や、やめて、斬らないで……お願い」


 「俺の愛する人を辱めた。故にその首で、この場を収めるとしようではないか」


 「いや、いやいやいや! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 マリィは、大きく首を振りながら泣き叫んでいた。


 「いやいやぁ……こないで、こないでぇ……」


 そして、床を這いつくばりながら、何とかダンデルト様の足元へと逃げ隠れる。


 「彼女を傷つける者は、聖女であろうと教皇であろうと、例え神であろうと、この俺が斬り捨ててやる。さぁどうした? 死ぬ覚悟が出来た者から、前に出て来い」


 彼の言葉に、この場にいる者たちは、誰一人として動かなかった。教皇であるお父様も横に居るお母様も、表情を引きつらせたまま黙って立ち尽くしている。


 しんと静まり返った会場内。


 その沈黙を破る様に、威厳のある声が舞踏場に響き渡った。

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