君をとまとも 〜古流波、十一歳の秋〜
加須 千花
今日はお洗濯、つまり休みの日!
日が
雨を
門前の田が荒れているときは、
日照りが続けば、
雨が降るのを待つような気持ちで、あなたを待ちます。
万葉集 作者不詳
* * *
奈良時代、
十月。秋の日差しが穏やかな日。
オレは
十一歳の
オレは、人が比較的こない、小川の上流──と言っても、
木々の葉が秋の
「よし、乾きそう。あともうちょっと。」
木の枝に干した、
上は裸で、
肩に腕に
「はあ、寒い。」
秋だから、空気が冷たい。しょうがないよね。
オレは、
十日に一回は、自分の衣を洗い、髪の毛も洗う。
衣は、この一着しか持っていない。
でも
だから洗濯の時に、オレみたいに裸になって、衣が乾くのを待つ必要はない。
うらやましいなあ。
オレも、いずれ、
オレの命を助けてくれた
(えへへ。)
オレは三虎が大好き。
今は奈良に行ってしまってる。いつ
オレは
くるくる巻いた、おヘソまであるくせっ毛が、ふわっと陽光に舞った。もう乾いてる。
今日は、洗濯の日。
米の研ぎ汁で髪の毛を洗い、
髪の毛を洗うのは、十日に一回だけど、濡らした
身体をぬぐうだけなら、あっという間だからね。
川で衣を洗濯する。水でもんで、べしっ、べしっ、棒で叩いて、汚れを落とす。
そしたら、
裸では、下働きもさすがにできない。
オレにとって、十日に一回の、お休みの日も同然だった。
………ここに来て、はじめて洗濯した日は、
(今日は満足に下働きをしていないから、
それでも、当然のことだ、明日になれば食べれるんだから……。)
と
でも、皆、
「なあに遠慮してるんだよ。」
「さっさと食えよ、
「寂しいのかあ。こっち来い、一緒に食べてやるぞぉ。」
と明るく声をかけてくれて、涙がにじむほど嬉しく、その夜食べた
「くああふ。」
穏やかな陽気に欠伸がでる。
オレは
秋の乾いた野の草が、
そのまま、一回転、二回転。気ままに草地を、ころんころん、と転がる。
ふぢばかまの細かい花にとまっていたてこな(蝶)が、慌ててヒラヒラ飛んでいく。てこなの白と黒の
「えへへ、驚かせてごめんね。」
その慌てっぷりに、オレは目を細めて、一声かけておく。
遠くで、光を
空が青い。
………
しかし、あの目が細くひょろっと背が高い
「
とあっけらかんと声をかけてきた
「湯殿って何?」
「お湯に皆で入る。」
「皆? それって裸? 皆で?」
「そりゃそうだよ。」
オレは逃げる
「はあぁっ!?」
とビックリした声をだしてたけど、
(はあぁっ!? はこっちだよ!
オレは
最低だよ!)
とオレは思った。
オレは母刀自に、
大丈夫、母刀自。
オレはちゃんと、教えを守って、きちんとやれてる。
その後、三虎が薩人に、
「おまえは
と注意する口調で言っていて、薩人は、
「オッ、オレから
たくさんの
「バカ。」
と会話していたから、やはり薩人は最低なのであるとわかった。
「……このタコ。」
とオレは薩人に聞こえないように、ぽそりと呟いたものである。
………空の高いところを、
(お腹へった。)
オレは起き上がり、木立へ
この
「弟のおさがり。」
ともらったものだ。本当に、オレはここに来られて、恵まれている、と思う。
しばらく歩くと、目当てのものが見つかった。
「
すごく高いところに、手のひらほどの、薄紫の実がぽてーんと実っている。重いのだろう。枝がしなっている。
(むふふふ。高いところだって、オレの手から逃れられると思うなよ。)
オレはニンマリと笑い、隣に生えている
まわりに人がいないのを、きょろきょろと確認し、
オレは山育ちなんだ。
言ってなかったっけ?
するすると高いところまで登り、三
手が届いた
「えっへっへぇ。」
見事な
でも、風がむきだしの肌に冷たい。
「う。」
ぶるるっ、と震えてから、またスルスルと
すぐに
「むふふふふ。」
黒い種に、ふわふわの白い糸みたいのが絡みついてる。これは種ごとむしゃぶりつくものだ。
(すんごく、甘ぁ───い!)
舌と歯で、種から白いふわふわをこそげとる。種は、ぷっ、と口から出す。
とにかく、濃厚でまったり、甘いんだよ。秋って良いよね。ご馳走、ご馳走。
秋の甘い恵みに夢中になりながら、去年の秋までは、母刀自とわけて食べたのにな、と思った。
………今は、三虎とわけたいな。
三虎にあげたら、喜んでくれるかな。
それとも、三虎は、
明日にも、奈良から帰ってきたら良いのに。
そしたら、オレは、
そして、夜、また、一緒に寝てほしい。
あの三虎の良い匂い。
奥深く甘く、すうと空の雲に届きそうな軽さを持つ、なんともいえない香り。
あの匂いを嗅ぎながら、三虎のそば近く寝て、もし、オレが夜中泣いたら、ぎゅっと抱きしめてもらうんだ。
オレは、三虎の胸にぴったりと顔をくっつけると、すごく安心する。
「ふぅ──。」
ため息がでた。
なんで、ため息がでたのかな。
どうして、ずっと、三虎のことを考えて、帰国を待ってしまうんだろう。
わからない。
「オレは
三虎は、奈良に行く前に、そう言ってくれた。
「オレ、ちゃんと良い子にして、待ってるよ。」
きちんと働いているし、時々、剣の稽古にもまぜてもらって、剣の腕だって、ちょっとずつ伸びてる。
「三虎。だから、早く帰ってきて。」
オレは澄んだ青空を見上げて、そう呟く。
(さて、そろそろ帰ろう。)
上衣も乾いた頃だろう。
卯団の広庭に帰って、お腹いっぱい、
今日の
────完────
* * *
読んでいただき、ありがとうございました。
このショートの続きである、
「あらたまの恋 ぬばたまの夢 〜未玉之戀 烏玉乃夢〜」
●第二章 蘇比色の衣
「第一話 胡桃色の上衣」
にここから飛ぶことができます。
https://kakuyomu.jp/works/16817330650489219115/episodes/16817330650662224736
君をとまとも 〜古流波、十一歳の秋〜 加須 千花 @moonpost18
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