第二章 蘇比色の衣
第一話 古志加、川で洗濯。
三虎は、一年以上帰ってこなかった。
次に会えたのは、翌年の十二月だった。
オレは十一歳になっていた。
* * *
「おい!」
「あっ、おかえりなさい。」
「おかえりなさい、三虎。」
稽古を終えた十六人の
「ああ、帰った。……で、
いらいらと三虎が問う。
「
「先ほど、
昼餉はいらない、って……。あ、三虎!」
最後まで聞かず、荒弓の指し示した川の方へ、三虎は大股で歩きはじめた。
* * *
「うっ……、うっ……。」
オレは泣いていた。
冬の川の水は冷たい。
指がじんじんと冷える。
上毛野君の屋敷内に引かれた川だ。川は、石で区切られて、その外はすぐに土の地面だ。
ゴロゴロした河原ではなく、柔らかい土の地面に膝をついて洗濯ができた。
「
昨日は、「とある場所」で飲みすぎたと言っていた。
隙があったので、腹に棒を打ち込んだら、
「う、おぇぇっ。」
と思いきり肩から反吐をかけられた。
衣はこれ一枚しか持ってない。
親父も
衣は高い。
十日に一回は洗って、乾くまでは
でも、すぐに洗わないと。
反吐まみれの衣はイヤだった。
しかし、乾かす時間がとれない。
この後、よく絞って、すぐ着るしかない。
どんなにか冷たいだろう。
せめて、火にあてられれば。
今だって、向こうで皆が火を使い、昼餉にしている。
オレが
でもできない。
「うっ……、
「おい!」
三虎の怒鳴る声が聞こえた。
反射的に衣をくしゃっとまるめたまま、はだかの胸にあて、びっくりして後ろを振り向いた。
「三虎!」
立ち上がる。
三虎が、二丈(約6m)もない距離を、なぜか怒った顔をして、恐ろしい速さで歩いてくる。
本物だ。幻ではない。三虎がいつも
嬉しい、が、今はまずい。
でも濡れた衣を広げて袖を通すのは、時間がかかる。
肌にあてた衣の凍える冷たさに、鳥肌をたてながら、
(どうしよう……。)
オレは固まってしまった。
あっという間に三虎は目の前にきて、ぎろり、とオレを見下ろした。
オレはうつむき加減に帰国の
「あ、おかえりなさい……。」
「てめぇ、何隠してやがる?」
三虎が詰問した。
「え? 何も……?」
あいまいな笑みを浮かべて、オレは答える。
「その衣をよこせ。」
* * *
ごくりと唾を飲んだ
もちろん逃がす三虎ではない。
ぱぁんと足払いをかけ、あっと悲鳴をあげた
肩を掴んであお向けにし、首を左足で踏んだ。
ぎゃっと声をあげ、もがく
「
てめぇ、何たくらんでやがる。」
ぐりぐりと首を踏んでやり、
どこぞの
この衣に何か証拠があるのか?
濡れた衣をぱんと開き、裏、表、とたしかめ、……何もない。
「おい。」
と見下ろした三虎は、そこに信じられないものを見た。
驚きに手がゆるみ、濡れた衣は、べちゃっ、と草の生えた地面に落ちた。
鼻を擦りむいて、血が滲んでいる。
三虎は足をどけた。
「……う、げぇっ、げぇっほ……。」
三虎は帯をとき、自分の胡桃色の
しゃがみこみ、目の高さをまだ咳込んでいる
「どういうことだ? おまえ……。」
と、戸惑いつつ聞く。
「オレだって好きで
と叫び、わあ……ん、と泣きだしてしまった。
今だって生きてたはずだ……!
と、筋道の立たないことを叫びながら、
「オレの本当の名は、
でもオレの母刀自は舌足らずだったから、オレのこと、
だから、
なんで
親父に無理やりさせられたんだ! なんでかなんて知らない。
オレの親父は、母刀自をどこぞの
と
三虎は、はぁ、とため息をつき、
「わかった、じゃあこれからは
と、地面に落ちた濡れた衣を拾って、ぱんと土を払い、渡してやった。
「うええええん……。」
まだ
「皆のところへ行くぞ。」
「ぅぅぅえええん……。」
泣き止まない。
……オレにどうしろと!
「ホラ、その衣、おまえにやるから、もう泣き止め。」
「……本当?」
頷いてやると、胡桃色の
「ふ……、う……。」
とまだしゃくりあげながら、泣き止もうとしている。
きんくま様から、ファンアートを頂戴しました。きんくま様、ありがとうございます。
https://kakuyomu.jp/users/moonpost18/news/16818093072932982103
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