第十話
夜になると、いつも家には、二、三人、多い時は六、七人、ガラの悪い
親父に殴られた時、ガラの悪い
「ちくしょう!」
と口答えはしたが、そのまま耐えて、食事の用意や、言われた通りのこまごまとした世話をした。
だけど
七歳くらいの頃から、
そういう時は、家の裏の畑で、月明かりを頼りに、
裏の畑は家から見えてるし、畑の世話、と一応の言い訳も立つ。
暗いなか、森の奥深くは行けなかった。
一人で静かに土をいじっていると、心が落ち着いた。
(どうして、うちはこうなんだろう……。)
と、悲しく涙を流したが、それで何か変えられるわけではなかった。
そうして、父やならず者が寝た頃を見計らって家に帰ると、
家のことをさぼって、母刀自一人に黙って押しつけたオレは、うつむいて帰る。
母刀自は一言も
オレの頬を、トントン、と二回優しく指でつついて、
──笑って。
と笑顔で言ってくれた。
オレが無理に笑うと、ギュッとオレを抱きしめ、
──いいのよ。
と深く深くオレを抱きしめてくれた。
「大好き。母刀自。」
と言うと、くすぐったそうに笑って、
──母刀自もよ。あたしの
と言ってくれた。
何も言わずとも、オレの……、やるせなさを、上手に言えない悲しさを、母刀自だけは、わかってくれていた。
* * *
「うぅ……。」
十一月の夜は寒い。
こほろぎがしきりに鳴いている。
今、
畑の手入れは行き届き、雑草はない。
──オレが昼間キレイにしてしまった!
やる事がなく、畑の前で尻をつき、膝を抱える。
夜。
母刀自と親父に、
「半刻ほど。」
と、外に出されることもあった。
でもその時は、ちゃんと
なんてことだ。
オレのバカ。
「うっ……、うっ……。」
オレはもうずっと、泣いている。
くるみの人が、明日、いなくなってしまう。
もう明日からは、一緒に寝てもらえない。
さみしい。
さみしい……。
胸の中がザラザラして、冷たく、
重く、堪えられない。
三虎がいなくても、オレはなんとか、ここで命を
それなのになぜ、こんなに、寂しいんだろう。
わからない。
母刀自が生きてるならば、親父がいた頃の家でもいい。
そう思って、ほとんど無意識に立ち上がり、白い息をはき、畑に足をすすめ、膝をつき、手をつき、土で汚した手を、自分の濡れた頬に、額に、ごしごしと押し付けはじめた。
小石が頬にすれて痛い。
それでも、手の動きを止めることができず、泣きながら、顔に土をすりつけ続けた。
(オレを迎えにきて、親父……。)
そして、オレを母刀自のところに連れて行って。
実際に、あの親父がオレを心配して探しに来てくれたことなど、一度もない。
だけど今なら、オレのことを見つけてくれるのではないか……。
「迎えに来てよぉ……。」
たまらず口に出すと、
「何やってんだバカ。
とうとう頭が
と声がし、ひょいと後ろ
ひっく、ひっく、としゃくりながら首を後ろにまわす。
三虎だ。
オレを難無く持ち上げ、思いっきり顔をしかめ、
「本当、何やってんの、おまえ……。」
とオレの顔を見た。
そこでやっと、自分のやってることの奇妙さに気がつき、恥ずかしさが込み上げ、オレはうつむいた。
三虎はオレを下に降ろし、懐から
「ここで何をやっていたか言え。」
と言った。
「昔から……、一人になりたい時は、畑に来てた。」
とうつむきながらボソボソ言うと、
「ホラ。顔を見せろ。」
と、顎に手をかけられ、顔を上にむかせられた。
一瞬、
優しい仕草で、三虎が顔を
(三虎、母刀自みたい……。)
あとからあとから、涙があふれてくる。
* * *
三虎はますます顔をしかめた。
(すげぇ土の量……!)
だめだ足りん。本当、何やってんだ、コイツ。
「もう、こういう事はするな。皆心配してるぞ。」
と、厳しい声で叱ると、
「うん、ごめんなさい。」
と素直に謝った。
そのまま
そして、使ってないほうの
だが、水滴がとりきれない。
拭いたそばから、目から涙がしみ出してくるからだ。
とうとう三虎は怒った。
「泣きすぎだバカ!」
「三虎、いなくならないで! オレ、さみしい……。」
と、三虎の胸で震えながら泣く。
体が夜風と井戸水で冷えきっている。
これ、風邪ひくだろ……。
三虎は、はあ、とため息をつき、体を暖めるべく両腕を
「オレは
と優しく言いきかせてやった。
「わかったか? 返事。」
「うん。」
と
「ホラ。早く帰るぞ。オレまで風邪をひかす気か。」
と
月明かりの下、
* * *
……一人で置いていくのは、まだ少し不安だ。
だが、
人数は最小限に絞る、と
(オレはこの
と、内心、自分自身にもため息をつきつつ、皆の待つ
衛士舎につくと、皆が古流波を取り囲み、
「ホラー。心配したでしょう!」
と荒弓が頭を撫で、
「古流波ぁ、いきなり一人でいなくなるなよー。」
と
他にも、それぞれ
三虎は隣であお向けになる。
「ん……。」
これは重い。
仕方なく
もう泣いてない。
その夜は、悪夢にうなされて声をあげることもなかった。
だが寝てる間に泣いていたらしい。
朝起きたら、三虎の夜着の胸のあたりが、すっかり濡れそぼって、冷えていた。
* * *
三虎を待つ古志加を追加で書きました。
「君をとまとも 〜古流波、十一歳の秋〜」
https://kakuyomu.jp/works/16817330656652940813/episodes/16817330656653222487
です。お時間がある方は、立ち寄っていただくと、古志加がどのような思いで三虎を待っていたか、良くわかります。
(時間がない方は、わざわざ飛ばなくてOKです。)
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