第十三話 上手に言えない悲しさを
夜になると、いつも家には、二、三人、多い時は六、七人、ガラの悪い
親父に殴られた時、ガラの悪い
「ちくしょう!」
と口答えはしたが、そのまま耐えて、食事の用意や、言われた通りのこまごまとした世話をした。
だけど時々、
そういう時は、家の裏の畑で、月明かりを頼りに、
裏の畑は家から見えてるし、畑の世話、と一応の言い訳も立つ。
暗いなか、森の奥深くは行けなかった。
一人で静かに土をいじっていると、心が落ち着いた。
(どうして、うちはこうなんだろう……。)
と、悲しく涙を流したが、それで何か変えられるわけではなかった。
そうして、親父やならず者が寝た頃を見計らって家に帰ると、
家のことをさぼって、母刀自一人に黙って押しつけたオレは、うつむいて帰る。
母刀自は一言も
──笑って。
と笑顔で言ってくれた。
オレが無理に笑うと、ギュッとオレを抱きしめ、
──いいのよ。
と深く深くオレを抱きしめてくれた。
「大好き。母刀自。」
と言うと、くすぐったそうに笑って、
──母刀自もよ。あたしの
と言ってくれた。
何も言わずとも、オレの……、やるせなさを、上手に言えない悲しさを、母刀自だけは、わかってくれていた。
* * *
「うぅ……。」
十一月の夜は寒い。
こほろぎがしきりに鳴いている。
今、
畑の手入れは行き届き、雑草はない。
……オレが昼間キレイにしてしまった!
やる事がなく、畑の前で尻をつき、膝を抱える。
夜。
母刀自と親父に、
「半刻ほど。」
と、外に出されることもあった。
でもその時は、ちゃんと
なんてことだ。
オレのバカ。
「うっ……、うっ……。」
オレはもうずっと、泣いている。
くるみの人が、明日、いなくなってしまう。
もう明日からは、一緒に寝てもらえない。
さみしい。
さみしい……。
胸の中がザラザラして、冷たく、重く、堪えられない。
三虎がいなくても、オレはなんとか、ここで命を
それなのになぜ、こんなに、寂しいんだろう。
わからない。
母刀自が生きてるならば、親父がいた頃の家でもいい。
そう思って、ほとんど無意識に立ち上がり、白い息をはき、畑に足をすすめ、膝をつき、手をつき、土で汚した手を、自分の濡れた頬に、額に、ごしごしと押し付けはじめた。
小石が頬にすれて痛い。
それでも、手の動きを止めることができず、泣きながら、顔に土をすりつけ続けた。
(オレを迎えにきて、親父……。)
そして、オレを母刀自のところに連れて行って。
実際に、あの親父がオレを心配して探しに来てくれたことなど、一度もない。
だけど今なら、オレのことを見つけてくれるのではないか……。
「迎えに来てよぉ……。」
たまらず口に出すと、
「何やってんだバカ。
とうとう頭が
と声がし、ひょいと後ろ
ひっく、ひっく、としゃくりながら首を後ろにまわす。
三虎だ。
オレを
「本当、何やってんの、おまえ……。」
とオレの顔を見た。
そこでやっと、自分のやってることの奇妙さに気がついた。
オレは恥ずかしさが込み上げ、うつむいた。
三虎はオレを下に降ろし、懐から
「ここで何をやっていたか言え。」
「昔から……、一人になりたい時は、畑に来てた。」
うつむきながらボソボソ言うと、
「ホラ。顔を見せろ。」
顎に手をかけられ、顔を上にむかせられた。
一瞬、
三虎は優しい仕草で、オレの顔を
(三虎、母刀自みたい……。)
あとからあとから、涙があふれてくる。
* * *
三虎はますます顔をしかめた。
(すげぇ土の量……!
だめだ足りん。本当、何やってんだ、コイツ。)
「もう、こういう事はするな。皆心配してるぞ。」
厳しい声で叱ると、
「うん、ごめんなさい。」
と素直に謝った。
そのまま
使ってないほうの
だが、水滴がとりきれない。
拭いたそばから、目から涙がしみ出してくるからだ。
とうとう三虎は怒った。
「泣きすぎだバカ!」
「三虎、いなくならないで! オレ、さみしい……。」
と、三虎の胸で震えながら泣く。
体が夜風と井戸水で冷えきっている。
(これ、風邪ひくだろ……。)
三虎は、はあ、とため息をつき、体を暖めるべく両腕を
「オレは
と優しく言いきかせてやった。
「わかったか? 返事。」
「うん。」
「ホラ。早く帰るぞ。オレまで風邪をひかす気か。」
月明かりの下、
……一人で置いていくのは、まだ少し不安だ。
だが、
人数は最小限に絞る、と
(オレはこの
三虎は胸のうちで、自分自身にもため息をつきつつ、皆の待つ
衛士舎につくと、皆が古流波を取り囲み、
「ホラー。心配したでしょう!」
荒弓が頭を撫で、
「古流波ぁ、いきなり一人でいなくなるなよー。」
「ごめんなさい……。」
古流波はしょぼん、とした顔で謝る。
他にも、それぞれ
三虎は隣であお向けになる。
「ん……。」
これは重い。
仕方なく
もう泣いてない。
その夜は、悪夢にうなされて声をあげることもなかった。
だが寝てる間に泣いていたらしい。
朝起きたら、三虎の夜着の胸のあたりが、すっかり濡れそぼって、冷えていた。
* * *
三虎を待つ古志加を追加で書きました。
「君をとまとも 〜古流波、十一歳の秋〜」
https://kakuyomu.jp/works/16817330656652940813/episodes/16817330656653222487
です。お時間がある方は、立ち寄っていただくと、古志加がどのような思いで三虎を待っていたか、良くわかります。
(時間がない方は、わざわざ飛ばなくてOKです。)
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