二
――己の輪郭さえ溶けてしまった闇の中。
宗右衛門は徒広い座敷でひとり、
折り重なり
この震えは怯えではなく
期待しているのだ。
見られることに。
沢山の死んだ目に。腐れた目に。
宗右衛門は、叫びだしたくなる衝動を歯を食いしばってこらえた。
――そんなことになったら、おれはどうなってしまうのだ。きっと気が違ってしまうに違いない――。
それとも既に狂っているのか。
その時、
宗右衛門は我に返って振り向いた。下女が、一人の男を連れていた。男の顔は闇につぶれてわからない。
「――何者か」
宗右衛門は掠れた声で問うた。
耳が痛いほどの静寂の
「お
小物は、深く
そうか――と宗右衛門は息を吐いて、小物が畳に置いた
いつの間にか脇に立っていた下女が、
下女が
「京の、
――あだし野の
「おぬし、徒然草を知っておるのか」
「へぇ。幼きころに読み聞かせてもらったことがごぜえます。――
そうだ、よく知っておるな――宗右衛門は言った。
「先程まで、それを思うておったのだ。供養もされず打ち捨てられた名も無き
――そしてあの黒い
あれを想うと頭の芯が痺れたようになる。からだが熱くなる。やまぬ耳鳴りが、
――想うて震えておったのだ。焦がれておったのだ。
「お――おかしいか」
「おかしいことなどありましょうか。幾千の無縁仏に想いを馳せる……さすがは山崎様。慈悲深いことでございまする」
そうではない、そうではないのだ。本当は――。
――震えておりますね。
不意に耳鳴りがやみ、静かな
「違う、
――わかっております。
宗右衛門は
わかるのか、この悦びが。おぬし、わかってくれるのか――宗右衛門は顔を上げた。
ところが、目の前にあったのは小物の不審げな顔だった。
「どうかなさったんでぇ」
おずおずと見あげてくる小物の暗い顔を、宗右衛門は見返した。
「どうしたも何も、今、おぬしと――」
宗右衛門ははたと口を
――あれは、本当に小物の声だったろうか。
微妙に違っている気もする。思い出そうとしても今となってはひどく曖昧模糊としているが、こんなはっきりとした声などではなく、もっと
――なれば誰と話をしていたのか。
闇が、一層に濃くなった気がした。
「しかしながら、相当に凄まじかったと聞きますねぇ」
「何のことか」
「何って――京の無常所のことでございますよ」
話が戻り、宗右衛門は顔を上げた。
「そんなに凄まじかったのか」
「へぇ。送る
「そ――そんなに沢山か」
――そんなに沢山の目が。
小物は嫌そうに眉根を寄せた。
「そりゃあもう、
宗右衛門は唾を飲み込んだ。
「み――見て来たように言うではないか」
見てきたのか、と問う宗右衛門に、小物は――否、まさか――と
「そんなおっかねぇもんわざわざ見にゆく酔狂じゃぁありませんよぅ」
――見に行くのではない、見られにゆくのだ。
それに――小物は、つ、と目を上げた。
「
何――宗右衛門は、小物の昏い目を見た。
「
「何だとっ」
突如声を荒げた上役にも動じることなく、小物は――ですから、と続けた。
「弘法大師様が菩提を弔って、打ち捨てられた仏は念仏寺八千の石塔の下に安らかに眠っております――有難ぇこった」
宗右衛門はその場にへたり込んだ。
「
「へぇ、ありません――」
――と、
宗右衛門は慄然とした。
小物の
「そ――そなたは――」
その時、
了
北町夜話 うろこ道 @urokomichi
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