シビュラ・ゲーム

カノン

シビュラ・ゲーム

「フン、フフ〜ン♪」


 蝋燭の光と大きなステンドグラスの窓から入る僅かな月光が照らす大部屋に、少女の鼻歌が響く。

 少女の姿はよく見えないが、黒を基調とし、白のフリルが目立つゴスロリを着ている。

 身長は高い方ではない。しかし、白磁の如く白く細い手足は老若男女問わず惹きつけられるものだろう。


 少女がいるのは中央の長机、その誕生日席。

 職人芸であることは間違いない、細かな模様を入れられた木製の椅子が十個、左右で等間隔に配置され、少女が座る誕生日席は、一際豪華な椅子となっている。


 夜の雰囲気と相まって、ヴァンパイアの宴でも開催されそうな雰囲気だ。

 ……だが、実際に行われているその惨状は、ヴァンパイアの宴などという、生易しいものではなかった。


 壁に立てかけられた振り子時計が、二本の針を空に差し、ゴーン、と音を鳴らし始める。

 それを合図に、少女はすくっと立ち上がり、行儀悪く机の上に飛び乗った。

 そして、椅子に腰掛ける人々に向け、


「はぁ〜い、みんな元気? みんなの大好きな私からの挨拶だよ♪」


 そんな、どこかのアイドルめいた挨拶をする。

 血色のいい赤色の唇に、棒つきキャンディーを咥えたその姿。

 その少女の赤い瞳が見るその先には、


「ぁ、ぁぁぅ……」

「うぁ、ぇ、がぁ……」


 無様に喘ぐ、九人の生きた屍が、木製の椅子に座っていた。

 性別年齢問わず、されどその顔には全員恐怖の顔が張り付いている。

 よだれを垂れ流し、血を溢れさせ、涙をこぼす。

 人間性を失ったそれは、無様と呼ぶに相応しい光景だ。


 だが、見るべきはそこではない。

 彼らの体には……、いくつもの拷問の跡が残っていた。

 ある者は臓器が溢れ、ある者は様々な道具が体から生え、ある者は血管や神経が剥き出しにされ……。

 その上でなお、生きていくだけの最低限の処置をされた彼らは、自殺ができないように体を椅子に拘束されている。


 少女はその口角を持ち上げ、


「ついに私主催のデスゲームも最終盤。脱落したみんなが生きて帰れるかは、彼に委ねられました」


 デスゲーム、その敗北者たちを見下ろす。


「さぁ、君たちの救世主、航くんは生き残って皆を助けるか? それともここで倒れ、皆と同じ末路をたどるのか?」


 そう言うと、少女は腕を振り上げ、パチンと指を鳴らした。

 すると、彼らの前にウィンドウが表示される。


 そこに映るのは一人の青年だ。

 青空のような髪と、黄金の瞳が特徴的。

 身長から、高校生だと推測できる。

 来ている服は、青のデニムに黒のTシャツ。


 少女は、散らばる瓦礫に息を潜めている青年、航を見て、


「さぁ、最高のパーティーを始めよ♪」


 そう言うと机から飛び降り、背後の扉へと向かう。


「……さて」


 ドアを開け、外に出る間際、底冷えがするような声で少女は呟く。


「私のお気に入りは生き残れるかなぁ」


 そして、キャハハッ! と笑い、扉は閉まる。

 少女の消えた部屋には、敗北者たちのうめき声だけが残った……。


 ●


 瓦礫が散らばる、壊れた墓地。


「はぁ、はぁ」


 青年、航はその大きな瓦礫の後ろで、大きく息を荒げていた。

 その手に持つのは一丁の銃と、一台のスマホ。


「なんで最後のゲームが、よりによってこんな肉体系なんだ……」


 そういうと、航はスマホの画面を確認する。

 そこにはゲームのルールが書かれていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 《最終ゲーム》諸悪の討伐。

 《制限時間》 二十分。

 《クリア条件》諸悪を撃ち倒せ。

 《クリア報酬》参加者全員の解放。賞金十億円。

 《敗北ペナルティ》死の拷問。

 残り、十九分。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ルールを再確認したのち、航がこっそりと顔を出して、目を向ける先には、


「ガァァァァッ!」


 馬のマスクをかぶった、大男が暴れていた。

 筋骨隆々、上裸で暴れるその姿。


 その首からは、何かしらのペンダントを下げていた。

 されど、不健康としか言えないその青白い肌はいくつもの筋が浮かび、不気味さを出すには十分すぎる。

 だが、馬男が拳を振るたび、石が割れ、大地が砕けるそれは、人間業とは思えないものだった。


「くそ、あんなのとどう戦えっていうんだよ」


 航は、手に持つ銃を見る。

 ゲーム開始前に、生存者に配られた武器だ。

 ただし、弾は入っておらず、いまは使い物にならない。

 その時、


「……航」


 航の隣から、声が聞こえてくる。

 航が振り返ると、そこには一人の少女がいた。


「レノ、どこ行ってたんだ。心配したぞ」

「ごめん、隠れてたから、なかなかこっちに来れなかった」


 腰ほどまでの金髪は月明かりで輝く、金糸のようにさらさらとしている。

 赤く輝く瞳はルビーを連想させる程に透き通った紅だ。

 茶色を基調とし、薄緑のプリーツスカートの中学の制服を着ている。


 レノはサイドバックから何かの包みを取り出す。

 その中身は、飴玉のようなチョコレートだ。


「はい、航にも上げる。糖分がないと、頭が回らない」

「あぁ、もらうよ。ありがとう」


 航はチョコをほおばり、思考を始める。


「あの馬男どうやって倒せばいいんだ?」


 ここは墓地、そんなに都合よく武器があるとは思えない。

 となれば、と航は銃を取り出す。


「……やっぱり使うのはこれだな」

「でも、弾がない」

「あぁ、そうなんだよな……」


 どうするか、と考えていると、


「グオォォオ!」

「うおっ、レノ!」

「きゃっ!」


 馬男が投げた瓦礫が、隠れていた墓標の上部に当たり、崩れる。

 急いでその場から離れ、事なきを得たが、


「ガァァア!」

「やべ、見つかった」


 航は、レノを抱え、急いで走り出そうとした瞬間、


「ん? あれは……」


 航はそれを見た。

 しかし、


「うお、やべぇ!」


 馬男が、再び振りかぶったのを見て、航は走り出す。

 幸いと言うべきか、その足は遅く、引き離すのには十分だった。

 だが、


「瓦礫が飛んでくるとか怖すぎだろ!」


 そう、背後からいくつもの瓦礫が飛んでくるのだ。

 幸いコントロールは悪いので助かっているが、それでもまぐれで当たったら致命的すぎる。

 航は何とか距離を開き、再び墓標の裏に隠れた。

 そして、


「レノ、朗報だ。銃弾を見つけた」

「え、どこ?」

「あいつの持ってるペンダント、あれが銃弾だよ」


 残り、十二分。


 ●


 残り二分。


「はぁ、はぁ……」


 馬男は、レノを追っていた。

 航はどこにもいない。

 隠れたのか、逃げたのか。

 そして、


「グルルゥ……」

「いや、死にたくない……」


 レノは、墓標に背を預ける形で追い詰められた。


 残り、一分。


 この辺りは逃げ場がなく周囲に少し木が生えているのみ。

 墓地の隅、これ以上は逃げることもできない。

 馬男がレノを殺そうと腕を振り上げる、その時、


「航、今!」

「おらぁっ!」


 木の上から、航が馬男に乗っかる。


「グオォォオッ⁉」

「かかったな、馬男!」


 残り、四十秒。

 そう、レノがここまで走って来たのは囮だったのだ。

 動けない馬男の背後から、航が銃弾を奪おうとした時、


「ガァァァアッ!」


 馬男の腕が、筋肉や骨を砕く音を立てながら、可動域を超えた動きをする。


「なっ、やばっ!」

「ゴアァッ!」


 そして、航を掴んで弾き飛ばした。


「ガハァッ!」


 航は背後の墓標にたたきつけられ、空気を一気に吐き出す。


「グゥゥゥ……」


 腕をだらんとたれ下げ、航へと歩み寄って来た。


「……ばけ、もんが」

「ガァァ……」


 その時、


「だめっ!」


 レノが馬男に背中から抱き着いた。


「レノっ!」

「グラァァッ!」

「くうう!」


 抱き着いてきたレノをはがそうと馬男はもがくが、既に壊れてしまった腕では先ほどのように弾き飛ばせない。

 そして、その首の銃弾を、ペンダントをむしり取り、


「航、これっ!」


 レノが銀の銃弾を、航に投げ渡す。


「ぐっ、銃弾!」


 それは、航の目の前に落ちる。

 残り、二十秒。

 航はそれに手を伸ばし、ストラップから外した。


「航、後は……きゃあっ!」

「ゴォオッ!」


 馬男が、背中から抱き着くレノを振り払い、銀の銃弾を持つ航に突進してくる。


「わ、たるっ!」

「……あぁ、あとは任せろ、レノ」


 航は、シリンダーに銃弾を入れ、馬男へと構えた。

 もう、すぐ目の前まで馬男が迫ってきている。

 急がなければ、時間切れの前に、航が殺される。


「ガァァアッ!」


 残り十秒。

 それでも、航は確実に当てるためにギリギリまで狙いを定め、


「死ねぇぇえええ!」


 その引き金を、引いた。


 ガゥンッ!


 響く銃声。

 それは、墓地全体に響き渡る。


「……」

「……」


 そして、訪れる静寂。

 少しの間の静寂は、


「が、あ……」


 馬男が倒れる、その地響きで終わりを迎えた。

 その心臓部分には見事なまでの穴が開き、貫通している。


「やっ、た……」


 航は、それを確認して、


「……やった、やったぞ!」


 ガッツポーズを決めて叫ぶ。

 そんな航に、レノが背後から近づいてきた。


「うん、やっとだね」

「あぁ、これでやっと、俺たちは解放される!」


 拳を突き上げ、航が喜びを噛み締めたその時、


 ~~♪


 どこからか音が流れ出し、


「やっと、食べ頃になってくれた♪」


 背後にいたレノが、そう呟いた。


「え? それってどうい、ガッ!」


 瞬間、航の全身に、激痛が走る。

 全身が痺れ、硬直し、動けなくなった航は、そのまま地に倒れ伏す。


「あ、が……れ、レノ?」


 航の見る先には、スタンガンを持つ、レノの姿があった。


「残念♪ 時間切れ、ゲームオーバーだよ。救世主は諸悪を倒せず、誰も救うことができずに死ぬことになりました♪」


 それを聞いた航は、消えゆく意識の中、口を動かす。


「そ、れは、い……ったい……」


 しかし、それは最後まで口にすることはできず、航の意識は途絶える。

 その耳で、レノの笑い声を聞きながら……。


 ●


「うぅ……、ここは?」


 航は暗い部屋で目を覚ます。

 体は、何かに固定されて動かない。

 恐らく、椅子に縛られているのだと航は想像する。


 目には何も映らない。

 光が一切ないのだ。


「はぁ、はぁ……」


 離れたところから、ぴちゃん、と水が跳ねる音が聞こえてくる。

 その時を刻むような音は、航の心を不安にさせていく。

 すると、ギィ、とドアが開く音が響き、


「あ、目が覚めた?」


 目の前から、そんな声が聞こえてくる。

 その声は、よく聞いたものだ。


 どうにか生き残ろうと、一緒に頑張ってきて。

 馬男を倒した後に、航を気絶させ、笑っていた声だ。


「き、みは……」


 そして、蝋燭の火が灯る。

 そこには、棒付きキャンディーを咥えた少女が一人。


「レノ!」

「うん、皆大好きなレノちゃんだよ?」


 黒を基調としたゴスロリドレスを身に纏う、レノの姿があった。

 なぜレノが、という疑問が頭を埋め尽くす。

 だが、その答えはもう、頭のどこかでわかっていたのだ。

 航は、震える声でレノに尋ねる。


「……まさか、お前が主催者なのか?」


 その航の問いかけに、レノは笑い、


「大正解っ! さっすが私のお気に入り、頭の回転がはっや〜い♪」


 そう答えた。


「皆をデスゲームに呼んで、ひどい目に合わせた。その主催者が、わ・た・し♪ つまり、諸悪っていうのは私の事なんだぁ~?」

「そ、んな……」


 航は、信頼していた者に裏切られたことに、言葉を失う。

 だが、航の絶望は終わらない。


「さて、それじゃあ始めよっか。罰ゲーム♪」

「……え?」


 それを聞き、航は捕まった者の末路を思い出す。


「い、いやだ、いやだ……」


 航は顔を真っ青にして繰り返し呟く。

 だが、そんな航に、


「ざんね〜ん、もうゲームオーバーなんだよね」


 レノは口から舐め終わったキャンディーの棒を抜く。

 そして、その棒を……、


 航の眼球に突き刺した。


「があぁぁああ!」


 血液とゼリー状の硝子体が溢れる。

 神経を直接傷つけられ、その痛みがダイレクトに脳を焼く。

 逃げなきゃと必死に体を動かす、そんな航の耳に、


「キャハハッ! さぁ、楽しい時間の始まりだよぉ!」


 更なる絶望に叩き落とす声が聞こえた。

 そして、航が動かなくなるまで、レノのお遊びが始まる。

 最後のフィナーレとして、最高の声を聞くために。

 航が鳴けなくなるまで、レノの遊びは続く……。


 ●


 脱落者の集まる大部屋。

 レノは航を、航だったものを最後の空席に固定する。

 そして、


「さて、今回のデスゲームはこれにて終了」


 レノはそういうと、


「ねぇ、どうだった?」


 そう問いかけるが、もう彼らの返事はない。


「そう、ざ〜んねん」


 感想聞きたかったなぁ、とレノは笑うと、そのポケットからスマホを取り出す。


「それじゃ、最後に記念写真ね♡ ハイ、チ〜ズ♪」


 皆が映るように椅子の上に立ち、パシャリと音がする。


「うん、みんなすごくいい顔しているよ」


 レノがそう呟いた時、ちょうど日の光が顔を見せ始めた。

 それは、ゲームの終わりを表しているようで……。


「さぁ、次は何をしようかなぁ」


 レノはそう言うと、姿を見せ始めた太陽に向けて笑う、笑う。


 夜明けの空に、レノの哄笑が、狂気が、響き渡った……。

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シビュラ・ゲーム カノン @asagakanon

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