そのおみせには、いろんなひとがきました。
おにいさんがそとをみて、なんどめかのためいきをついています。
がらすのさっしのむこうには、白いフリルのちいさなせなかがみえていました。
そのおばあちゃんがくるようになったのは、
せっけんが80えんになったころだったでしょうか。
おばあちゃんは、ものをかいにではなく、うりにきたのでした。
「何でも売ります 買います」と、よけいなことがかいてある(もちろん、おにいさんがかいたものです)、おみせのはたをみたのだそうです。
おみせのどあをあけておばあちゃんがはいってきたとき、おんなのこはひめいをあげそうになりました。
おばあちゃんは、うすいちゃいろのふくをきたふつうのおばあちゃんで、たいやのついたはこのようなものをひいていました(かいものカートというのだと、おんなのこはあとでしりました)。
そしてそのはこのなかからのぞいていたのは、びっくりするくらいきれいな、けれどまるでにんげんのようなひとみとひょうじょうをした、おにんぎょうだったのです。
「ビスクドールかぁ・・・・・・」
おにいさんがかうんたーでそっとつぶやくのを、おんなのこだけがきいていました。
はこ(かいものカートのことです)がおみせのだんさにひっかかってしまい、なかなかはいらないのをみて、おにいさんはあわててたちあがりました。
なつの、すこしひざしがよわくなったころのことでした。
せみのなくこえが、だんだんちいさくなってきたころのことです。
「姉が若いころ大事にしていたものなんだけどね、
私にはようわからんで・・・・・・ここで、ひきとってもらえんかね」
かうんたーのよこにうりもののいすをよういすると、そこにこしかけ、おばあちゃんはいいました。「はあ・・・・・・」というのがおにいさんのへんじで、おんなのこはちいさいながらに、なんだかたよりないなとおもいました。
でも、それはいつものおにいさんなのでした。
「このまえ姉が亡くなってしもうてね、まだ67だったんに、としとるとね、病気なんてあっというまに進んでしもうて」
にんぎょうのうりかいと、ぜんぜんかんけいないおはなしです。
とはいえ、おにいさんもきゃくしょうばいです。ほかにおきゃくさんもいないので、そこはしんぼうしてきくことにしました。
おばあさんのはなしは、あっちこっちにとんでいきました。
むすめさんがじぶんをきらっていること、はんめん、まごむすめはやさしくしてくれること、おじいさんがていねんしてからいちにちじゅういえにいていやけがさすこと、きんじょのげーとぼーるぐるーぷのこと・・・・・・。
はなしがほんすじにもどったのは、「ねんきんぐらし」がたいへんだというはなしが、ひとしきりおわったころのことでした。
「それで、これはどうかいね?」
ひとこきゅうおくれて、おにいさんもおんなのこも、にんぎょうのはなしだときづきました。というより、もともと、そのはなしだったのですが。
「はあ・・・・・・」
またたよりないへんじをして、おにいさんはにんぎょうをてにとりました。
すこしくすんだ、ふりるのついたしろいどれすをきた、おんなのこのにんぎょうでした。でも、おにんぎょうといっても、まるでにんげんのおんなのこをそのままちいさくしたかのように、なにもかもがほんもののようなにんぎょうでした。ゆびさきはほそくいっぽんいっぽんにつめがあり、めもとにはまつげがくっきりえがかれて、くちもとはゆうがにほほえんでいます。ようせいさんなのでしょうか。みみだけが、さんかくのかたちで、たれたようにかおのよこについています。
かうんたーにすわらせると、あしくびやひじ、てくびまでこまかくうごくのでした。
こういうかわったつくりのものを、「きゅうたいかんせつにんぎょう」というのだと、おんなのこもあとでしりました。
おにいさんは、めじゃーをとりだしました。
よくわからないものはとりあえずながさをはかるというのが、おにいさんのくせでした。
「60センチか・・・・・・・。けっこう大きく見えますね」
「まあ、そんなにあるんね。大きい人形さんやなあって思っとったけどねえ」
「これ、査定しますんで少しお待ちいただけますか」
「はいはい、いくらでも待ちますよ」
ほんとにいつまでもまたれたらおにいさんもこまるんじゃないだろうかとおんなのこはおもいましたが、だれにもきこえないながらに、くちにはしませんでした。
ときに、いまのじだいはネットがあります。
おにいさんはにんぎょうの、しかもこんな「ややこしい」にんぎょうのことは、わかりません。カウンターのうらでスマホをとりだすと、「ビスクドール 相場 中古」とうちこんで、なにやらしらべものをはじめました。
いすとせっけん、りさいくる。 西奈 りゆ @mizukase_riyu
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