ねこのじごく。
壱単位
ねこのじごく。
またきたのか……ぬしも、しつこいのう。
きたわよ! だって今日もよ! 三回! 三回も失敗したの!
しかたなかろう。あれはな、わしも少し勉強したんだが、けっこう難しいらしいぞ。首筋のやわらかい皮膚つかんで、うかせて、ぶすっと、な。
ぶすっとって! さつじん! さつじん!
いやいや、ぬしもわしも、ねこじゃから。さつねこ、かのう。まあとにかく、難しいんだと。ぬし、そんなに、痛かったのか?
いたくないけど。いたくないけど、女子の、ぷらいど!
なにゆうとる。わけがわからんぞ。女子って、ぬし、もう十六歳じゃろう。にんげんなら……いた、いたた、やめろ、ひっかくな、わかったわかった。
……ふう、ふう。だから、あいつ、おとしてやって。じごく。
……かおも背中も傷だらけじゃ……まあ、ねこじごく送りを希望するのなら、聴取からじゃ。なんども聴いとるが、その熱意に免じてもういっかい聴いてやろう。そちのにんげんの、罪状はなんじゃ。
さつじん!
さつねこな。いかにして、ころそうとしたのか?
首にね、首筋のうしろに、針、さすの! 毎日だよ! つかまえらえて、針刺されて、じっとしてろって言われて。あたし、そのあいだ、うごけなくて、辛くて、そうしたらふわって、あったかいお水みたいの、入ってきて。
ぬし、しろい服を着たにんげんのところにつれていかれたと、いったのう?
いいました。
なんといわれた。
わかりません。あたしねこだから。なんかじんぞうびょうとか、すうちとか、むずかしいこといってたけど、しらない。
……わかっとるんじゃないかのう。わかってやってるいたたたたた。ひっかくな。かじるな。前も言うたがの、ぬし、慢性腎臓病じゃから輸液が必要でな、にんげんは、ぬしのためをおもっていたたたたたたたたたた。
……にんげんは、針さすとき、なんかいろいろ言ってます。きっと、ひどいこといってるんだ。それを聞いてください。聞けるんでしょ、ねこかみちゅーぶで。
なんでねこかみちゅーぶのことを知っとる。あれはおまえの先代がこっちにきたときに……。まあ、よい。そこまでいうなら、みてやろう。ぬしの、ぶっすり、やられてるところ。
……これが、ぬしの、にんげんか。
はい。いつも、ぱたぱた、やってるのに、このときだけわたしのこと……。
なにかもってきたのう。なんじゃこりゃ……家の外に寝るときにつかう……ああ、ねぶくろ、っていうのに似とるのお。なんでこんなもの……ああ、ぬしが暴れてひっかくからしかたなくいたたたたたたたた。
……黙ってみててください。このあとです。
ねぶくろのようなものに、ぬしをつめて。おお。これはひどいの。ちからづくで入れとる。ぬしも暴れておるが、にんげんも、ちからづくじゃ。
そうでしょ! あたし、こわいんだよ、このとき! 有罪、じごくいき!
まあまて。そうして包まれたぬしを、はこんで、ベッドの上に……なんじゃ、透明な水がはいったものがぶら下げられておる。あとは注射器、というやつかのう。針もある……ああ、あの針が、ぶすっと。
……そう、ひどいでしょ、あんなもの、まいにち、まいにち。
ううむ。じっさいに見てみると、痛そうじゃな。やりようによっては、虐待にもあたろう。まあ、続きをみようか……って、ぬし、暴れとるな。めっちゃくちゃ、暴れとるな。にんげん、かじっとるな。そ、そこまで暴れんでもよかろうに。
だって! いたいしこわいし! いやなの! なんでわかってくれないの!
にんげん、なにか言っとるの。
このこのとか、しねしねとか、きっと、ひどいこといってるにきまってる!
……でも、なんじゃこのにんげん、泣いておらぬか?
……? なんで泣くんです?
わしに聞くな。おお、暴れるぬしを、抱え込んで、無理やり針をさしておるな。押さえつけて、針をさして……たしかにぬしの言うとおり、今日は三回も、刺し直している……うむ。そうじゃな、虐待じゃ。これは虐待じゃ。よし、では、ねこじごく送りの準備を……。
……ちょっと、まってください。
なんじゃ。せっかくわしが虐待を認定してやったというのに。
……なにか、ことば、きこえるんです。
ねこのことばを、にんげんが話せるわけがなかろう。
……それでも、なにか、きこえるんです。
◇
おねがい。
お願い。
暴れていい。齧ってもいい、引っ掻いてもいい。
お願い、お水いれないと、しんじゃうの。お願い。
齧って、暴れて。気が済むまで暴れて。
でも、針、刺すよ。痛いよね。痛いよね、いやだよね。なんでこんな目に、ってなるよね。あったかいクッションで寝てたのに、ひどいって、怒るよね。恨むよね、憎むよね、そんなことしなくても、あたしは幸せなのにって、怒るよね。
いいよ怒って、わたしを恨んで、憎んで、痛い、爪刺さった、痛い、でもいい、おねがい、おねがい、針、ささせて。おねがい。
許さなくていいよ、ねこのかみさまに、あんなひどいことされたさって、告げ口してね。あいつひどいんだよって、いってやって。わたし、いい。かまわない。
わたし、あなたともうすこし、くらしたい。
おはようとおやすみ、もう少しだけ、いいたい。
わかってる、これは、わたしの罪。
おねがい、がまんして、いつかわたしも、罰をうけるから。
おねがい、おねがい。
◇
ぬし、いいのか。門はひらいたぞ。いつでも、ねこのじごく、送れるぞ。
……うん、あいつ、絶対送る。ねこのじごくに。ねこだらけの、あたしたちみたいな、ひっかいたり膝にのってお仕事の邪魔したり、ごはんぬすんだり、めっちゃくちゃひどいことする子たちばっかりの、じごくに。
ぜったい、おくる。
あたしといっしょに。
ねこのじごく。 壱単位 @ichitan
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