第3話 ユニコーン様のお世話係


「ユニコーンは異世界のブリタニカから貸与されました。神に遣わされたとされる神聖な生き物で、宗主国のヴァージニアでは女王の権威の象徴にもなっています」


 サクサクと順路を進んでいく園長に並ぼうとすると、やや早歩きになる。ユニコーンについて説明する園長に必死に頷いてはいるけど、どうしても脚を動かすのに夢中になってしまう。園長の身長が高くて、わたしと歩幅が違うせいだ。


(わたしの脚が短いせいではない……と、思う)


 自分の脚と園長の脚を見比べてから、ちょっと落ち込む。園長はスタイル抜群で、脚がものすごく長い。なんだか悔しい。早足を気付かれないように、なんとか平静を装いたい意地が湧いた。


「このような神が遣わしたとされる動物をなんと呼ぶか知っていますか?」

「えと、“神獣”でしょうか?」

「それが分かる君なら知っているでしょうが、近くに神獣がいると他の動物は強いストレスを感じます」

「たしか……そのために神獣は個別の飼育舎があるんですよね」

「その通りです。これまでの例にならって、ユニコーンにも新たな飼育舎を用意しました」


 そんな話をしながらも園長に置いて行かれないように必死に足を動かしていると、園の裏側に広がる森の縁に建てられた真新しい飼育舎にたどり着いた。


 入り口には「立入禁止」のボードがついたトラロープが掲げられている。しかし園長は気にせずロープを跨ぎ越していった。なんだかいけないことをしているようでドキドキしながら、それに続いてトラロープを飛び越える。


 電気の点いていない薄暗い通路を通っていった先には、大きなガラス張りの室内展示室があった。展示室には植栽がされて小さな池まで用意されている。なのに、なんの気配も感じない。


(ユニコーンはどこだろう?)


 そう思って空の展示室を見つめていると、園長が背後から「ユニコーンは奥にいますよ」と声をかけてくる。園長が手招きする暗がりには、細い通路が続いていた。


「この先の扉を開くとユニコーンがいます。非常に知能が高く、それ以上に気位が高い個体です。国家元首に会うくらいの気持ちでへりくだって接してくださいね」


 そこまで言われるなんて、どれほど高貴なんだろう。わたしは国家元首なんて会ったことがないし、想像しづらくて困る。未知の存在への恐れに固唾を飲んで、園長が扉を開くのを見守った。


 まぶしい、という言葉が頭に浮かんだ。


 朝日が差し込む明るい部屋の中央、虹色の輝きを放つ動物がいる。

 いや、毛は白い。朝日を照り返す毛が虹色の燐光りんこうまとっているので、まるで自ら輝きを放っているように見えるだけだ。雲のようにふわふわしているたてがみを見れば、天から降りてきたと言われても信じてしまいそうな。


(なんて、美しい生き物なんだろう)


 額にはらせん状の筋が入った鋭い角があるのに、ふらふらと近づいてしまいそうになる。ひたすら惚けて見つめていると、ふと顔を上げたユニコーンと目が合う。その目は空を写したような色をしていた。わたしと同じ色だ。


「ご所望の“純潔の乙女”をお連れしましたよ」


 園長の言葉を聞いて、今の状況を思い出す。

 やってしまった、一体どのくらい見つめていたんだろう。礼を尽くすように言われていたのに。失敗を取り戻そうと、慌てて腰を直角に折り曲げる。


「はじめまして、メイ=リンです!」


 焦りのまま元気よく挨拶をしてから、失敗したかも……と不安になる。この程度の礼では怒らせてしまうだろうか。

 上目遣いに様子を伺うと、ユニコーンもこちらを見ていたのでまた目が合う。そして少し見つめ合った後、ユニコーンがふいっと横へ目を逸らした。


 動物が目を逸らすのは「敵意がない」という意思を表すことが多いけど、ユニコーンにもそれが適応されるとは限らない。

 そもそも、わたしの挨拶は伝わっていたのかな。園長が「知能が高い」と言うなら言語能力を持つ可能性が高い。でも、ユニコーンはブリタニカ出身で使用言語が違うし……それなら、わたしにできる次の手はこれ・・だ。


『はじめまして、ごきげんよう。わたしはメイ=リンと申します』


 最上級に丁寧なブリタニカの共通語……クイーンズ・タングは、こういう発音だったはず。大学時代の記憶を呼び起こしながら話しかけてみると、ユニコーンは逸らしていた目を再びこちらに向けた。

 その眼差しの強さに背筋が伸びたのと同時に、少年のような甘い声が頭の中に響く。


<そなた、なぜ我が故郷の言葉を話せるのだ?>


 ここにいるのは園長と、わたしと、ユニコーンだけなのに。

 謎の声に背中がヒヤッと冷たくなる。お化けでもいるのかとキョロキョロと周囲を見回してから、ユニコーンの問うような視線に気づく。そしてその目に宿っている知性を感じて、ハッとした。


(まさか、さっきの声はユニコーン!?)


 驚いて目を見開いたわたしに園長が横から耳打ちしてくる。


「ユニコーンは精神感応テレパシーが使えるんですよ。だから使用言語はなんでも大丈夫です」


 そういう大事なことは事前に言っておいて欲しい。じっとりと責めるように半眼で見返すが、園長は微笑むばかりだった。

 さすがに文句を言おうかと思った瞬間、正面から「ガッ、ガッ!」と地面を抉る音が響いて飛び上がる。


<我が尋ねているのだから、早く答えよ!>


 放置されて気に食わないのか、ユニコーンが苛々と前脚を踏み鳴らしていた。ついユニコーン・ファーストを忘れてしまっていた。わたしは慌てて居住まいを正す。


「は、はい、失礼しました! わたしはパステルカ外界語大学……つまり、異世界の言語を学ぶ高等教育機関を卒業しました。パステルカと交流のある世界の第一言語なら日常会話くらいは話すことができます」


 異世界どうぶつ園の案内員として確実に採用されるなら、そのくらいの学歴は必要になる。だから必死に勉強して首席を取り、海外留学もした。自分で言うのもなんだけど、語学力ではパステルカ内でも屈指だと思う。


<なるほど、そなたはこの世界の才媛なのだな。故国の響きが心地よく、気に入ったぞ>


 納得してくれたらしいユニコーンは鷹揚おうように頷く。そしてツカツカとひづめを鳴らして歩み寄り、わたしの前で尊大に胸を張って見せた。


<そなたに我の世話をすることを許す>


 ユニコーンのお許しに「やった~!」と両手を上げたい気持ちになった。

 飼育員だと活かせない語学力だけど、ユニコーンの興味を引けたなら勉強の日々も無駄じゃなかったと思えて嬉しい。そうでないと、わたしの青春を犠牲にした努力が報われないところだった。

 わたしは嬉しさのまま笑顔で「ありがとうございます」とお辞儀を返した。


「改めまして、メイ=リンと言います。貴方様は、ええと……なんとお呼びすればいいでしょうか?」

<我はこの世界で唯一無二、名など不要だ>

「お名前がないんですね、そうしたら……」

<ユニコーン様とでも呼ぶがよい>

 

 自分への様づけを希望する相手には、人生で初めて会った。

 ユニコーンという存在があまりに高貴だからなのか、それとも文化の違いワールド・ギャップなのか。理由は分からないけれど、わたしはユニコーンに従うしかない。


「どうぞよろしくお願いします、ユニコーン様!」


 全身全霊を込めた直角のお辞儀に、ユニコーン様は満足げにいなないた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る