第4話 “おねえさん”との再会


 無事に終わった顔合わせの後、園長からユニコーン様の飼育舎内を案内された。

 掃除用具の置き場、展示室にある蛇口の位置、最後に森へ通じる通用口を開け閉めして見せた園長は、手についたほこりをパンパンと払ってから「さて」と振り返った。


「肝心のユニコーンについてですが……これから説明することはわたしがいいと言うまで誰にも教えないでください。たとえ相手が我が園の職員でも、です」

「は、はい。わかりました!」

「ユニコーンは大気中の元素や森の生気を吸収しているので、食事を必要としません。その点では他の動物よりも手がかかりません」

「なるほど、さすが神獣ですね」

「ただし、裏の森での散歩と飼育舎の掃除、そしてブラッシングは毎日欠かさないでください。とても綺麗好きな生き物ですので」


 ポケットに入れていた小さいメモ帳を取り出して必死にメモする。今のところ聞いた限り、すごく難しそうなことはない。


(これならわたしにでも飼育員が務まりそう、かも!)


 不安しかなかった今後の飼育員生活に少し希望が見えて、ほっと息を吐く。


「ユニコーンは食事を必要としませんが、消化器官があるので食べることはできます。個体によっては趣向品を好むこともあるので、色々と試してみてください」

「わかりました! 買う時のお金はどうしたらいいでしょう?」

「経費は総務で受け取れますよ。ユニコーンの予算を総務に確認して、予算内なら決裁けっさいなしで購入して構いません」

「本来は、そのケッサイという手続きが必要、ということでしょうか?」

「ええ、そうです。ユニコーン関連は特例なんですよ。速やかに希望に沿わないと、ご機嫌を損ねてしまいますので」


 さっきの対面でも少し感じたけど、どうやらユニコーン様はせっかちらしい。メモの端に「ユニコーン様は短気」と書き込んでいると、園長が「ぶっ!」と小さく吹き出した。不思議に思って顔を上げると、園長がわたしのメモを覗いていた。


「大変、小気味いい感想ですね」


 園長に言われて、慌ててメモを勢いよく閉じる。顔がじわじわと熱くなった。きっと赤くなっているだろう。園長はこちらを横目で見てフフッと声を出して笑った。


「そうやって観察記録を残すのは、いいことですよ」


 そんなニヤニヤしながら言われても、説得力がない。「それなら、笑わないでくださいよ」と悪態を吐きたくなったのを、口を尖らせるだけでガマンする。

 わたしの不満が伝わったのか、園長が「いや、これは本当に」と言って真面目な顔をする。


「園内ツアーのように案内員が付き添う場合を除いて、動物の紹介は飼育員が行うことも多いんですよ。その際に個体ごとの特徴を伝えるのは、来園者から親近感を抱いてもらうのに有効です」

「そうか……飼育員でも、案内員みたいなことはできるんですね」

「ああ、そういえば。君は案内員が希望でしたね」


 どうやら配属希望は把握してくれていたらしい。今後のために強い意志を表明すべくコクコクと頷いて見せると、園長は顎に手を当て首を傾げる。


「案内員志望の新人は珍しいので、目につきましたよ。せっかく希少動物と接する機会があるなら、飼育員の方がいいでしょうに」

「動物好きならそうですよね……けど、わたしは案内係に憧れの人がいて。求人に応募したのも、それがきっかけなんです」


 そうは言っても、“おねえさん”の名前も知らないし、顔も朧げだけど……あ、そうだ! 二百人程いるはずの全職員も、雇い主である園長なら把握しているはず!

 ついに再会の糸口を掴めたかも知れない。高鳴る胸の鼓動を感じながら、さっそく園長に聞いてみる。


「あの、園長! 実はわたし、小さい頃に園内で迷子になったことがありまして」

「ええ、覚えていますよ」

「……え、ご存知なんですか?」


 なんで園長が? 面接でも話していないのに……もしかして、迷子情報は園内で共有されるんだろうか。わたしがかつての迷子だと職員に知れ渡っているなら、少し恥ずかしい。


「それは、まあ」


 わたしの問いに、園長は煮え切らない返事をした。気になる反応だけど、下手に追求すると恥の上塗りになるかも知れない。ここは知らないふりをしてそのまま話を進めることにする。


「その時に、ですね! 案内員さんが親が来るまで付き添ってくれてたんです」

「はい、そうですね」

「とっても綺麗で丁寧で優しくて、あんな風になりたいって、ずっとずっと憧れていて……あの“おねえさん”に近づくために、ここまで来たんです!」

「……おねえさん?」

「はい! 抱っこされた時に長くてさらさらの髪が気持ちよかったんです。ほんのり蜂蜜の香りもする、本当に素敵な人でした。あの“おねえさん”ともう一度会いた……って、園長?」


 園長は激しい頭痛でも堪えるかのように険しい顔をして、こめかみに指を当てて立ち尽くしていた。心配になって顔色を伺うが、大きな眼鏡のせいか表情がよく分からない。


「あの、どうかしましたか?」

「いえ……少し、めまいがしただけです」

「そんな、大丈夫ですか? 早く本部に戻りましょう! 肩をお貸ししますよ」

「ええ、そうですね……回復するまでに、少し時間がかかりそうです」


 その言葉通り、園長は本部へ帰る間もずっとそのままだった。


 わたしたちを本部の入り口で待ち受けていたリリアさんは、とぼとぼと去っていく園長を見て「なぁ〜に、アレ? ぶっきみぃ〜」と顔を引きつらせ、両腕をさすっている。


(園長、どうしちゃったんだろう?)


 思い返してみると、園長がおかしくなったのは“おねえさん”の話をした後からだったように思う。もしかして“おねえさん”となにか因縁があるのかも知れない。

 詳しく聞きたいところだけど、あの様子ではとても突っ込んで聞く気になれない。


(なんだか園長がかわいそうだから、別の人に聞いてみようかな……)


 園長に聞かなくても、わたしが小さい頃からいる職員なら知っているはず。採用試験の時に見た資料によると勤続年数が長い人が多いらしいので、きっとたくさんいるはずだ。


 まずは“おねえさん”との再会を目指して、園内のたくさんの人と知り合いになろう。そのためにもユニコーン様をしっかりお世話して、周囲から認めてもらえるように頑張らないと。


「リリアさん!」

「うん、なぁ〜に?」

「わたし、がんばります!」


 やる気を込めたわたしの宣言を聞いたリリアさんは、濃いピンク色の目を細めてやわらかく笑った。


「一緒にがんばりましょ〜ね、メイちゃん」


 そうだった、職場は協力して物事をつくり上げる場所だ。

 これまでのように一人よがりで頑張っても、大学時代みたいに孤立するだけになってしまう。自分のことばかり考えていないで、異世界どうぶつ園の一員として来場者を笑顔にしないと。


「はい、一緒にがんばらせてくださいっ」


 決意を新たにして、総務へ案内してくれるというリリアさんの後をついて行った。

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