第10話 ユニコーン様のお気に入り

「言ったでしょう? 『君にしかできない』と」


 大きな丸いレンズの眼鏡越しに、園長はそう言って微笑んだ。

 一方のわたしはというと、ため息でも吐きたい苦々しい気持ちだ。やっぱり園長は大事なことを説明してくれない。そんな大事なことを、今まで黙っていたなんて。


「ユニコーンは性交渉の体験がない若くて美しい女性を好みます。君はその条件にピッタリですからね」


 でたらめばかりの異世界の文献に「ユニコーンには乙女のみ近づくことができる」とは書いてあった。「乙女」という言葉は、いくつかの意味を持っている。若い女性の他に、穢れを知らない女……つまり、処女という意味を。


(まさか処女厨なのは、ユニコーン様だったなんて……)


 神の創り賜し傑作である神獣がそんな習性を持っているとは思わなかったし、できれば一生知りたくなかった。これは神の尊厳に関わると思う。


「まあ、色々・・とありましたが……こんなに早く目標を達成するなんて、さすがユニコーンのお気に入りですね」


 園長が「色々」に力を込めて言うので、わたしは少し縮こまった。

 吸血鬼に襲われそうになった時、颯爽と助けに来てくれたユニコーン様。厳重に鍵がかかった飼育舎にいるはずなのに、どうしてわたしのところに来られたのか……


 答えは簡単、飼育舎を破壊したからだった。


 厳重に鍵のかかった扉ではなく、展示室の大きなガラスを破壊して飛び出してきたらしい。綺麗に整えられていた植栽は蹴散らされ、粉々になったガラスが通路に散乱していた。あの大きなガラス、いくらするんだろう……怖くて聞いていないけど、かなり高いに違いない。わたしのために割られてしまったと思うと、身体が震える。


「メイ=リン、聞いていますか?」

「あ、はい! すみません」

「しっかりしてくださいね、今日は大事な日ですから」


 園長に言われて、わたしは「はい!」と力強く頷く。今日は大事な日……ユニコーン展示室のオープン日だ。



<メイ=リンは我を下々に自慢したいのか? ならば、姿を見せてやろう>


 二人の距離が近づいてからしばらくしたある日。ブラッシングをしながら「こんなに綺麗だから、みんなにも見てもらいたくなりますね」と言ったわたしへの、ユニコーン様の返事がこれだった。

 嫌なことはさせたくないと思って「展示室に入ってくれませんか?」とは聞かないでいたのに。それで自分の評価が下がったとしても、構わないと思っていたのに。まさかのご本人からの申し出で、あっさりと展示が実現した。


 ただ、一つ。条件が付け加えられた。


<一人で展示室に入るのは退屈だ。メイ=リンが膝枕してくれるならよいぞ>


 一人で展示室に入るのが退屈なのは、よく分かる。けど、なんで膝枕?

 そうは思ったものの、ユニコーン様の期待に満ちた目を見たらとても断れなかった。最初は嫌がっていた展示を、わたしのために了承してくれたユニコーン様にお返しもしたかった。


(だから、わたしにできることはなんだってしよう!)


 そう、決意して膝枕に望んだ。わたしは膝枕をする相手がこれまでいなかったから、膝枕は初体験。折りたたんだわたしの膝に、ユニコーン様が頭を預ける。わたしのお腹のあたりにきた頭を、手持無沙汰に撫でているとユニコーン様は早々に寝てしまった。


 わたしは、ただ耐えた。


 服越しのたてがみがちょっとくすぐったいのも、お昼の時間を過ぎてお腹が減ってきたのも、展示室に向けられたたくさんの視線も、段々と痺れて感覚がなくなってきた脚も……とにかく、限界まで耐えた。


<脚が痺れたなら早く言わぬか、この愚か者め>


 目を覚まして頭を持ち上げたユニコーン様は、脚が痺れて一歩も動けなくなったわたしを見て言った。「やれやれ」とでも言うように首をゆるゆると左右に振られて、わたしは口を尖らせる。


「だって、みんな楽しみにしているので……」


 展示室の張り替えられたガラスの向こうには、たくさんの人が詰めかけている。異世界からのツアーまで組まれているらしい。そう思うと、できるだけ長くユニコーン様に展示室にいてもらいたい。


<そなたの利他主義には呆れるな……うむ、仕方がない>


 そう言うや否や、ユニコーン様は自分の首を上手に使って持ち上げたわたしの身体を、ひょいっと放り投げるようにして背中に載せた。ガラスの向こうでワッと人々が盛り上がっている。それには目もくれず、ユニコーン様は展示室を後にした。


<もう太陽が頭の真上を過ぎているから、休憩してもよいだろう?>


 わたしの休憩時間をすっかり覚えてくれたらしいユニコーン様は、飼育室に戻ってわたしを下ろす。そして部屋の隅に置かせてもらっていたお弁当を、わたしの前まで運んできて誇らしげに胸を張る。


<さあ、食べるがよい!>


 わたしが喜ぶと思っているんだろう、ユニコーン様は待ち望むような目で見つめてくる。その様子がとてもかわいくて、わたしは思い切り笑ってしまった。

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ユニコーン様のお気に入り 〜 異世界どうぶつ園の新人飼育員 〜 こもと @mok0mok0

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