第6話 不細工なつくり笑顔


<そなた、一体どこへ行っていたのだ>


 飼育舎に着くと、ユニコーン様は昼寝から目を覚ましていた。

 じっとりとした半眼でこちらを見てくるので、なにも悪いことはしていないのにドキドキしてしまう。まるで学生時代に恋愛小説で読んだ、恋人から浮気を疑われる場面みたいだ。


「ええと、本部に行って来たのですが……」

<むう、怠慢ではないか? 午睡ひるね中の我がよき夢を見られているかも、しっかりと見守るようにせよ>


 尊大に顎を上げたユニコーン様に命じられて、膝から崩れ落ちそうになる。ただでさえ多い制約が、また増えてしまった。明日からはお昼寝タイムも飼育舎に張り付きだ。


(いつお昼ごはんを食べたらいいの〜!)


 もう、お弁当を持ってくるしかないだろう。それには目の前にいる、ユニコーン様の許可が必要だ。わたしにとっては死活問題なので、少し緊張しながらも申し出てみる。


「ユニコーン様、一つ相談がございまして」

<ふむ、よいだろう。申してみよ>

「その……明日から、こちらで昼ごはんを食べてもいいでしょうか?」

<そんなこと、確認せずとも構わぬ。どうせなら朝も、夜も、ここで食べるがよい>

「い、いえ、昼だけで大丈夫です!」

<そうか?>


 遠慮するわたしに、ユニコーン様はそれ以上は強要しなかった。

 ここ数日の付き合いで分かったことだけど、ユニコーン様はわがままでも意地悪ではない。無邪気で自由と言う方が正しい気がする。まるで小さな男の子のような感じだ。


(弟がいたら、こんな感じなのかな?)


 こんなに尊大な弟なんて、いるはずないけれど。想像して笑ってしまったわたしを見て、ユニコーン様は不思議そうに首を傾げる。


<そんなに昼ごはんが嬉しいのか?>

「あ、いや、そういう訳では……」

<そなたは本当に食べるのが好きだな>


 食事の必要がないユニコーン様は食事をする理由をいまいち理解できないらしい。わたしが食べるのはあくまで好きだからだと思っている。

 ユニコーン様の趣向品を探すためにわたしが色々な食べ物を持ってくるので、その誤解に拍車がかかっているみたいだ。


「わたしは食べないとダメなんですよ」

<では、仕方なく食べているのか?>

「う~ん、そうではなく……そう言われると、食べるのは好きかも知れないですね」

<むう、分からぬな。顔は汚れるし、口を動かすのも面倒だというのに>


 やれやれとでも言いたげに首を振ったユニコーン様のたてがみが、天窓から入る陽の光でキラキラと輝く。まるで一枚の絵のようで、なにかを食べるなんて俗っぽい姿が想像できないような浮世離れした美しさだ。


(そうでなくても食事嫌いに拍車がかかってるしなあ)


 恐らく数日前にあげてみたスイカのせいだろう。

 異世界で出されたユニコーンの飼育許可に「週に一回は好物のスイカを与えること」と書かれていたから試したのに、まったくの眉唾だった。それどころか口の周りが赤く染まったのを、かなり嫌がっていた。


 こうして色々と調べてみるほど、ユニコーンが貴重な動物なのだと分かった。


 ほとんどの世界でユニコーンは既に伝説上の存在になっている。

 額の角がものすごく貴重な素材らしく、かつて分布していた世界でも狩り尽くされていた。そのせいか伝承もでたらめばかりで……突然変異したロバの一種とか、人間を追いまわして食べるとか、近づくのが女性でないと殺してしまうとか。そんなはずないのに。


 ごくわずかに生息している世界はあっても、保護に成功しているのは交流のある世界でブリタニカだけ。つまり、ユニコーンの確かな情報を持っているのはブリタニカだけと言うことだ。


(なのに、問い合わせの返答はポエムって……)


 怪文書と呼んでやりたい書面を思い出して、思わずため息を吐く。また中央図書館に行って、でたらめだらけの異世界の伝承を漁るしかないかあ。


<そなた、なにかあったのか?>


 かけられた声に目を向けると、ユニコーン様がこちらを覗き込んでいる。まるで気遣ってくれているみたいな言い方だ。


(そうだったら、嬉しいけど……飼育員としては失格だ)


 飼育動物を不安にさせてはならないのに。知能の高いユニコーンは感情の機微を読み取れるのに、目の前でため息を吐くなんて。働き始めてから二週間と少し、気が緩んできたのかも知れない。

 わたしはつくり慣れたよそゆきの笑顔をつくり、両手をギュッと握り締めて気合を入れた。


「いいえ、わたしは大丈夫ですよ!」


 なにも言わずにわたしの目を見つめたユニコーン様は、しばらくして不機嫌そうに言った。


<我の前で、そんな不細工な顔をするな>

「え、わたし、不細工ですか?」

<むっ……違う、そなたは不細工ではない!>

「え? でも、さっき……」

<そうではない! そんな笑顔は不愉快だ!>


 笑顔が不愉快だ、なんて初めて言われた。流石にショックを隠せないでいると、急にユニコーン様が首を激しく左右に振りる。苛立ちを表すように床を蹴りつけた蹄は、コンクリートの床を深く抉っている。


(あの脚力がわたしに向いたらどうなるんだろう)


 急にそんなことを考えてしまって、思わず身体が震える。


<そなたも、我が怖いのか?>


 頼りない小さな声が、頭に響いた。

 我に返って目の前を見ると、ユニコーン様が空色の目をこちらに向けていた。いつも澄み渡る晴れの日の空みたいな色をしている目が、まるで曇り空のような沈んだ色をしている。


「え? いえ、違います!」

<……もうよい、下がれ>

 

 そう言ったきり、ユニコーン様は背を向けてしまった。


 いつもなら帰ろうとすると寄ってきて、わたしを見上げながら<明日は太陽が昇る頃には来るように!>なんて言ってくるのに。わたしが扉を閉めるまで、じっとこちらを見つめてくるのに。


 今日は扉を閉じて鍵をかけるまで、ユニコーン様が振り返ることはなかった。

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