第7話 失敗の乗り越え方


 わたしは、どこかの世界で言われている「コミュ障」というやつなんだと思う。


 小さい頃から人見知りで、自分の気持ちを言葉にするのが苦手だった。

 迷子になった時に“おねえさん”と出会わなければ、ずっとそのままだったと思う。優しくしてくれた“おねえさん”みたいになりたいと憧れて、それからは周囲の人と関わるように頑張ってきた。


 けど、いくら頑張ってみても、わたしという人間の本質は変わらない。


(友達もいないわたしがユニコーンと仲良くなるなんて無理だったんだ)


 異世界どうぶつ園の案内員を目指して進学した大学で、わたしは孤立していた。

 上位の成績を取ることに必死になって、勉強ばかりしていたせいなのかも知れない。気付いたら冷たくなっていた同級生の視線から逃げるように留学して、そのまま大学を卒業した。


(こんなわたしでも異世界どうぶつ園に採用してもらえて、嫌な過去を全部帳消しにできたと思ったのに)


 展示に同意してもらうどころか、ユニコーン様の機嫌を損ねてしまった。

 任された仕事をできない自分が必要とされてない感じがして、身の置き場がなくて、事務所に戻る気も起こらない。役に立てないわたしが、周りにどう思われるのか怖い。


 にじんできた涙を作業服の裾で拭う。厚手の布がゴワゴワしているので、擦れて痛い。それよりもずっと、胸の方が痛いけど。

 

「……お、メイ=リン?」


 頭の上でした声に顔を上げると、カルさんがこちらを見下ろしていた。


 カルさんの腕には白っぽい鳥が止まっている。くちばしが小さく、喉元だけが黒い……これは、カラドリウスだ。

 カラドリウスは黒い目でわたしをじっと見ている。それに気付いたカルさんは、眉を寄せてわたしの前にしゃがんだ。


「どうしたんだ? どっか調子悪いのか」


 カラドリウスは病を持つ者を見つめ、その病を吸い取ってエネルギーに変えて卵を産むと伝承されていた鳥だ。

 異世界どうぶつ園での調査で病を吸い取ることはないと分かったけど、体調が悪い人を見つけるのは上手いらしい。じっと見つめられた来園者が医者へ行くと、病気が見つかった……なんて話を聞いたことがある。


「い、いえ、わたしは大丈夫です!」


 入社前の健康診断でも異常は見つからなかったし、大丈夫……なはず。そうであって欲しい。

 わたしの言葉は嘘だとでも言うように、カラドリウスはじっと見つめ続ける。その真っ黒な目は奥の奥まで見通して、傷ついた心を見透かしているような気がした。

 カラドリウスの視線から逃れたくて、勢いよく立ち上がる。そしてカルさんの前で「ほら!」とぴょんぴょんと飛び跳ねてみせた。


「ねっ、なんともありませんよ!」

「ふーん? それなら、いいけどさ」


 言葉とは裏腹に納得していないような表情をしている。そのまま歩き出すので立ち去るのかと思ったら、カルさんはわたしの横を通って近くの花壇へ腰を下ろした。


 花壇に降り注ぐ日を受けて、カラドリウスの白い羽根が淡く夕日の色に光る。いつの間にか夕方になっていたらしい。気づけば遠くで閉園を知らせる鐘の音が響いていて、周囲には来園者の姿はなかった。


 目の届く範囲には、わたしとカルさんとカラドリウスしかいない。静かな空気を居心地悪く感じて遠くを見ていると、カルさんが「俺さあ」とつぶやくように言った。


「え? は、はい」

「メイ=リンみたいに頭よくないし、周りからはビビりって馬鹿にされているし、頼りないかも知れないけど……いっぱい失敗してるから、失敗の乗り越え方は誰より教えてやれると思うよ」


 カルさんはカラドリウスの喉元を撫でていて、わたしの方を見ていなかった。きっと真っすぐ目を見て言うには、気恥ずかしいことだからだと思う。それでも、落ち込んでいるのを隠せていないわたしのために言ってくれたんだ。

 わたしはこんな風には言えない。いつも意地を張って、自分の弱さを隠すから。


「カルさんは、頼りなくなんてないですよ」

「はは、そんなお世辞はいいって」


 カルさんが面白いことでも聞いたように笑うので、ムッとして「本当です」と強く返す。カルさんは、本当に強い。上手くできなくても隠そうとせず、乗り越えてきたんだから。


「失敗の乗り越え方、わたしにも教えてくれますか?」


 わたしの言葉に、カルさんが目を見開く。そして戸惑うように視線を彷徨さまよわせてから「お、おう」と請け負ってくれた。照りつける夕日のせいなのか、なんだか顔が赤くなったように見える。


「そうだな、まず……メイ=リンはよくやってるよ。案内係が希望だったんだろ? 俺も配属が希望と全然違ってさ。それで戸惑って失敗続きで」

「カルさん、どこ志望だったんですか?」

「妖精の森エリア担当だよ」

「え! そうなんですか」


 カルさんは華奢な人が多いパステルカには珍しく、立派な体格をしている。肌もよく日に焼けているので冒険家の風格があり、ドラゴン好きと言われた方が納得できる感じだ。

 本人も自覚しているのか、わたしの反応を見て困ったように笑う。


「似合わないだろ? 俺さ、妖精みたいに神秘的な生き物が好きなんだ。専門もそっちの方で……なのに体格がいいからって、腕っぷしが必要なゴブリン係に配属されてさ。狂暴で臭くて怖くて本当に最悪だった」

「あ、それで……」

「俺がゴブリンに泣かされたって、リリアから聞いたか? ゴブリンって一度下に見た奴の言うことは聞かないから異動になったんだ。そのあともグリフィン係とか、ドレイク係とか、怖いのばっかで……」


 最後にぼそりと「……まあ、ユニコーンが一番怖かったけど」と付け足したカルさんは、いつも通り身体をブルブルと震わす。

 その振動に驚いたのか、腕に乗っていたカラドリウスが「ギャア!」と声を上げて羽ばたく。大きな翼が起こす強い風に、わたしは「うわっ」と身をすくめて、カルさんは悲鳴のような声を上げた。


「ごめん、ごめん! 許してくれよ!」


 眉尻を下げたカルさんの必死の叫びが届いたのか、カラドリウスはくちばしをカチカチさせながらも羽ばたきを止める。思わずふうと息を吐くと、それを聞いたカルさんが苦笑いした。


「まあ、こんな調子で先輩にも動物にも怒られてばっかで……なんにしても、失敗したらまずは謝るに限るよ」

「言葉が通じない動物にも、ですか?」

「心から謝れば、伝わるもんだって。今だって許してくれただろ?」


 カルさんが「なあ?」と声をかけると、カラドリウスは威嚇するように再びくちばしをカチカチさせる。どう見ても許してくれてないけど、微笑ましくて思わず笑ってしまった。そして、ふと気付く。


(そうか、謝ればよかったんだ)


 わたしは自分の失敗を、見なかったことにした。

 怖くないなら近づかないといかなかったのに、一歩も前に進めず。なにかを言いかけていたユニコーン様に、続きを促しもしなかった。その先にあるかも知れない、決定的な失敗を恐れたから。なにもしない方がマシだと、自分に言い訳をして。


(わたしは、自分が傷つきたくなかっただけだ)


 自分を守ることばかり考えて、ユニコーン様に嫌な思いをさせたことを謝ろうなんて考えもしなかった。そして、わたし自身が言われて嫌だったことも伝えなかった。

 お互いを分かり合おうとしないで、仲良くなんてなれるはずないのに。


「……カルさん」

「お、どうした?」

「わたし、行ってきます」


 そう宣言してすぐに飛び出そうとしたけど、「メイ=リン」と声をかけられて足を止める。振り返るとカルさんが笑顔で親指を立てていた。


「こんな俺でもクビになってないんだ、お前なら大丈夫だよ」


 その言葉は、とてもかっこ悪かった。なのに、不思議と勇気をもらえる感じもした。

 わたしは「ありがとうございます」と笑顔を返して、陽が落ちて暗くなり始めた園内に駆け出した。ユニコーン様のいる、飼育舎へ向かって。

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