ユニコーン様のお気に入り 〜 異世界どうぶつ園の新人飼育員 〜

こもと

第1話 異世界どうぶつ園にようこそ

「最後に重要なことを確認したいのだけど……君、処女かい?」


 人生をかけた採用面接、最後の質問がこれだった。


(多分、聞き間違いだよね……?)


 そう思って聞き違えそうな言葉を脳内で探していると、面接官が「あ、性交渉の経験はあるかって意味ですよ」と追い打ちをかけてきた。面接官の表情は大きな丸い眼鏡に隠れて読み取れないが、それでもふざけている感じはしなかった。真面目に質問しているんだろう。


 それなら、わたしの出せる答えは一つ。面接のセオリーに従って、元気よく言った。


「そういった経験はないです、一度も!」


 これで採用通知がもらえたんだから、あの面接官の性癖は特殊なんだろう。異世界の娯楽小説で性体験の有無にこだわる人を「処女厨」と呼ぶのを見たことがある。あのお兄さんはソレに違いない。

 採用基準に自分の性癖を持ち込むのはヤバいのでは……と常識的には思う。ただ個人的には、二十二年の生涯一度も恋人がいなかったことが報われた感じがした。彼の特殊性癖のおかげで夢が叶ったし、結果オーライかも知れない。


 わたしが採用されたのは、世界に唯一の『異世界どうぶつ園』。


 永久中立世界・パステルカの首都郊外にある広大な園内には、ドラゴン、グリフィン、ゴブリン等々……異世界から集められた珍しい動物たちが展示されている。パステルカ人であれば幼少期に一度は訪れるだろうし、界外かいがいからも観光客が訪れる世界的な人気スポットだ。


 わたしもご多分に漏れず、小さい頃に訪れている。そしてそれ以来、ずっと異世界どうぶつ園で働くことを夢見てきた。その夢が今日、やっと現実になる!


『次は、“動植物公園前”に止まります』


 スピーカーから響く車内放送にハッと我に帰って「降りまーす!」と声を上げた。

 開園前にこの駅で降りる人はいないから、下手すれば止まってもらえないからだ。ガランとした車内に思いのほか大きく響いたが、誰もいないので恥ずかしくはない。

 昇降口で硬貨を運賃箱に入れると、車掌さんが「おや?」と目を向けてくる。


「キミ、どうぶつ園の新人さん?」

「あ、はい! 今日入社なんです」

「おお、そりゃすごいねえ。頑張って」

「ありがとうございます、頑張ります!」


 頭を下げてお礼を言い、弾んだ気持ちのまま路面電車から飛び降りる。目の前を仰ぎ見ると青銅色をしたアーチ型の正門がそびえ立っていた。


「ついに、ここまで来られたんだ」


 口に出すと実感が湧いて、身体に震えが走る。ああ、感動すると身体って震えるんだなあ。そんな小さな発見も嬉しくて、思わずにやつきながら門を見上げた。


「……ねぇ、貴方がメイ=リン?」


 不意に声のした方を見てみると、大きな門の一角を切り取ったような扉から薄紫の髪をしたお姉さんが顔を出していた。

 濃いめのピンクマゼンタの目に見つめられて、わたしは慌てて居住まいを正す。


「はい、わたしがメイ=リンです!」

「う〜ん、いいお返事ねぇ。ひさびさの新人ちゃん、初々しくて若返るわ〜」


 そんな満面の笑顔で言われるとちょっと照れる。お姉さんに「さ、こっちこっち」と手招きをされて駆け寄ると、笑いながら「いいのよぉ、そんな慌てなくて」と頭を撫でられた。


(なんだか子供扱いされているみたい)


 今日から社会人になって大人の仲間入りしたはずなのに、小さい頃に戻ったような気分になって不思議だ。わたしが一番後輩なのは間違いないから、先輩たちからしたら子供みたいなものなんだろう。それなら子供からやり直すような気持ちで、頑張らないと。


(そうでなくても、ここにくると子供の頃のこと、思い出しちゃうなあ)


 小さい頃、ここで迷子になった日のことが……ここで働くことがわたしの夢になった日のことが、自然と頭の中によみがえってくる。わたしの人生を変えてくれた、大切な思い出が。


『またおいで、待っていますから』


 そう頭を撫でてくれた、優しい案内員の“おねえさん”。

 あれから何度訪れても再会できなかったけど、職員になったら園内でまた会えるんだろうか。ずっと憧れていたあの人に、少しでも近づけたらいいのに。


 思い出に浸りながら門をくぐった先は、人気のない園内。

 開演前でお客さんがいなくて閑散としているはずなのに、不思議とそうは感じなかった。警戒心を煽る遠吠え、大きな羽ばたきの音、地面を震わすような唸り声……たくさんの気配がざわめいている。

 なにか視線を感じる気がして周囲を見回したわたしに、お姉さんは笑った。


「さあ、異世界どうぶつ園にようこそ」


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