第2話 わたし、飼育係なんですか?
「あたしはリリ=アン。魔物エリア担当の魔獣係よ~」
艶やかな笑顔が印象的なリリアさんは、新人のわたしをお迎えに来てくれたらしい。こんな素敵な大人のお姉さんに見つめられると、同性でもドキドキしてしまう。
「どっちも名前被りが多いから、リリアって呼んでね」
「はい! よろしくお願いします、リリアさん」
「あたしはねぇ、メイちゃんって呼ぼうかしら?」
「え、あ……はい! ぜひお願いします」
「ふふ、うちは女子が少ないから後輩が増えて嬉しいわ〜。これから仲良くしましょうね」
かわいらしく「メイちゃん」なんて呼ばれるのは初等学校ぶりかも知れない。ニヤケそうになった唇を引き結んでコクコクと頷くと、「かわい〜ヒヨコみた〜い」と黄色い声を上げたリリアさんにまた頭を撫でられた。
リリアさんにくっついてお客さん向けの順路を外れて緑豊かな小道を進むと、飾り気のない石造の建物が現れる。鉄製の扉を開けながらリリアさんは「ここが本部棟よ〜」と言った。
「事務所はここね。まぁ、あたしたち飼育員はたいてい担当エリアにいるから、ここにいるのは休憩時間くらいなんだけど〜」
開けてもらった扉から室内を覗き込むと、まだ始業時刻前だからか部屋には数人しかいなかった。
そのうちの一人、こちらを見ていた男性職員と目が合って会釈を返すと、途端に彼の眉尻が下がる。まるで「かわいそう」とでも言いたげな……いっそ、悲しげと言ってもいい表情だ。
(え、なんでそんな表情を?)
それを聞きたくて事務所へ足を踏み入れようとしたら、腕を掴んで止められた。振り返ると、リリアさんがイタズラをした子供でも見つけたように口をとがらせている。
「だ〜め! まずは園長のとこへ行くのよ」
「園長さんにご挨拶できるんですか?」
「そりゃ、2800人から一人勝ち残った期待の新人ちゃんだもの。ご挨拶どころか園長自らオリエンしてくれるって言ってたわよ〜」
「え、求人倍率そんなに高かったんですか!?」
異世界どうぶつ園は、パステルカで一二を争う人気の就職先だ。
倍率が高いのは覚悟していたけど、まさかそこまでだったなんて。今更ながら落ちていたかも知れないことに気づいて、じんわりと冷や汗が出てくる。性癖でどうこう言ってる場合じゃない、採用されてよかった。
カチコチになったわたしにリリアさんは手をひらひらさせながら「だってうちの園だもの、狭き門なのはいつものことよ〜」と言って、廊下の奥へ向かって歩き出す。わたしも置いていかれないよう、慌てて後を追った。
廊下を少し進んだ突き当たり、つるりとした木製の大きな扉が見えてくる。扉にはゴールドのプレートで「園長室」と記されていた。
リリアさんが扉をトントンと叩くと、向こうから「入って」とくぐもった声が返ってくる。リリアさんは「行って」とわたしの背をそっと押した。
(ここからは一人で行かないといけないのか)
わたしの表情に不安がにじみ出ていたのか、リリアさんが「ふふ、大丈夫よ〜。また後で会いましょうね」とわたしの頭を撫でる。あたたかい手のひらに勇気をもらって、わたしは園長室の扉を押し開いた。
「入社おめでとうございます、メイ=リン」
正面の大きな机に座った男が、部屋に入った途端に言った。
彼が園長なんだ、と思うと背筋がピンと伸びる。微笑んでいる口元は想像していたより若く見えるけど、大きな眼鏡が目元を隠していて年齢が分かりづら……あれ?
「あっ、処女厨のお兄さん!?」
この人、最終面接の終わりに衝撃的な質問をして来たお兄さんだ! この曖昧な微笑みと、大きな眼鏡が強く印象に残っている。芋づる式に記憶が呼び起こされたわたしの言葉に、園長は口元を引きつらせて固まった。
「訂正しておくと……処女厨ではなく、この園の園長をやっています。つまり今日から君の雇い主でもあります」
「し、失礼しました!」
自分の失言に気付いて、またも冷や汗が出てくる。
新人のくせに、雇い主へなんて暴言を! 初日でクビになってもおかしくない暴挙だ。たとえ事実だとしても白昼堂々と性癖を暴くなんて、訴えられてしまうかも。
すっかり縮み上がったわたしを見て、園長はゴホンと咳払いをしてから微笑む。
「いや……こちらこそ、面接では変なことを聞いて失礼しました。配属を決める上で、どうしても必要な情報だったもので」
性交渉の経験の有無が必要な配属とは、一体?
そんな疑心が表情に出てしまったのか、向かい合った園長は眉尻を下げる。さっきの職員も、園長も、なんでそんな憐みの目でわたしを見るんだろう。
「君の配属は、ユニコーンの飼育係です」
「ユニコーン……ですか?」
案内係じゃないのか……と落胆を覚える間もなく、聞き覚えのない動物の名前に首を傾げる。
ずっと異世界どうぶつ園の案内員を目指していたので、当然ながら園内にいる動物はすべて把握している。それでも「ユニコーン」というのは見たことも聞いたこともない。
そんな疑問が顔に出ていたのか、園長が「ああ、そうでした」と手を打つ。
「知らなくて当然ですよ。つい先日、異世界から貸与された動物ですから」
「えっ、貸与ですか!? そ、そんな貴重な動物を、新人のわたしが担当していいんでしょうか。生命科学系の大学出身でもないのですが……」
わたしは案内員志望だったので、飼育員になるための勉強は不十分。それは採用面接をした園長も知っているはずで、他へ配属されるとしても広報か販売だと思っていたのに。飼育員となると及び腰になってしまう。
しかもユニコーンは“貸与”された動物だ。
貸与とは、異世界動物保護条約の対象になっている“贈与できないほど希少な動物”であることを示している。希少動物の貸与は友好的な外交の手段であり、飼育に失敗……つまり死なせてしまえば、政治的な問題にも発展しかねない。
思わず緊張で手を握り締めたわたしに、園長は首を横に振った。
「心配しなくても大丈夫ですよ。むしろ君でないとできないことなんですから」
「わたしでないと、できない?」
わたしでないとできないことなんて、この異世界どうぶつ園にあるだろうか。まさに今日入社したばかりの新人なのに。
納得できず首を捻っていると、園長は「言葉で説明するよりも会ってみた方が早いですね」と言って立ち上がった。
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