退屈な監視業務
「ヘンリク侯爵家のリーゼ嬢。王太子の婚約者っすね」
「そうだ。彼女を監視せよとの指令だ」
シルヴィアの風呂上がりを待ち、全員が揃うと、何故かずぶ濡れのアンツォが今回の指令内容を説明する。
「でもお頭。リーゼ嬢といえば、品行方正で非の打ち所の無い令嬢よ。だからこそ王太子の婚約者に選ばれた人でしょ。監視が必要なマネをするとは思えないんだけど」
「監視と言う名の警護。そう言えば分かるか」
「ああ、リーゼ嬢に疚しいところは無いけど、外部からリスクに晒される危険があると」
「たしかに、最近良く無い噂がありますね」
王太子フランツ。次期国王ではあるものの、時折身分を隠して街に繰り出しては、平民たちと遊び歩いているという噂で、一部の貴族たちから、王としての素養を疑問視する声が出ていた。
彼が王太子の座に就いていられるのは、ひとえにリーゼが婚約者であり、その生家であるヘンリク侯爵家が後ろ盾になる予定だからなのだが、最近その関係にヒビが入りそうな事態となっていたのだ。
「最近の王太子様は、街に出るときは男爵家の養女とかいう元平民の子を連れ歩いているみたいっす。お気に入りですかね」
「さすがサイゾ。情報が早いな」
サイゾ的には記事にしても検閲で排除されるだけだからあまり興味はなかったようだが、王太子がかなり入れ込んでいるというのは聞いているらしく、リーゼに代わってその子を婚約者に据えようと考えているのではと推測する。
「でもどうやって? 男爵の娘じゃ……」
身分が違いすぎるとシルヴィアは言いたいのだろう。強制的に婚約者をすげ替えれば、侯爵家を筆頭に、多くの貴族が王家から離反する恐れもある。
「そうなると、冤罪を被せるなりして彼女を貶め、婚約者という立場を自ら降りる、降ろされるよう仕向ける可能性かな」
「そんなところだな。だから彼女の行動を監視し、何も疚しいことが無いことを証明してほしい。無いとは思うが、不測の事態にも備えてくれ」
「つまらん」
アンツォの話にサイゾとシルヴィアが加わり色々と考えを巡らせる中、ただ1人言葉を発しなかったサスークが突然口を開いた。
「要はお嬢さんのお守りってことだろ。俺はパスするぜ」
「元からお前には頼まんよ。今回はサイゾとシルヴィアで任に就く」
「お頭、それでいいんすか」
サイゾは外出する間の監視、そしてシルヴィアは邸内に潜入して見張りを担当すると言うアンツォの話に、「おやおや~」とサイゾが何か言いたそうにしている。
「何か問題でもあるか」
「いや問題って言うか、てっきりお頭が担当するものだとばかり。それを言い出さなかったのが問題と言えば問題っすけど」
リーゼはその才覚もさりながら、見目の良さも知られるところであり、そんな美少女の監視を女好きのアンツォがやらないとは不思議である。と言いたいようだ。
「ガキンチョに興味持つほど落ちぶれてねえよ」
「そうそう。お頭は成熟した女が好みなのよ。私みたいなね」
「そんなこと言った覚えはないが」
「その割にはさっきから胸ガン見してるのはどうしてかな?」
「見えちゃうんだもん」
シルヴィアはお風呂上がりのため、仕事場なのにバスローブ。特に胸元なんか大きく開いちゃっているから、彼女の方を向けば見る気が無くてもその谷間がくっきりと拝めるが、アンツォの場合は見る気は無いけど見えちゃう。ではなく、見えちゃうのなら遠慮無くというところだろう。
「お2人がデキてるのは置いといて……」
「置くな」
「それ以前にデキてねえし」
話が逸れまくる気配がプンプンしたため、サイゾが強引に話題を元に戻す。その戻し方が気に入らないのかアンツォとシルヴィアが文句を言うが、彼は気にせず話を進めた。
「今の話だと、お頭は今回ノータッチっすか? いつもなら自分で動くのに皆に役目を振り分けているので、珍しいなと」
「俺は婚約者の背後関係を探る」
「とか言って、王太子の行きそうなところに寄って遊び回る気でしょ。ズルっ、ズルぅ~。そうやって身分を傘にやりたい放題」
「サイゾ、そうは言うが普段やりたい放題なのはオマエらの方だってこと忘れんなよ。ゴシップが問題にならないよう、俺がどんだけ火消しに走ってるか知らねえわけじゃないよな?」
国王直下の部隊である彼らにとって、表の仕事は正体を隠す隠れ蓑。なので多少問題が発生しても不問となるよう見えない力が働いてはいるが、なにしろ自由すぎるイタリー組はゴシップ記事をバンバン世に送るものだから、それをもみ消すために相応の功績を残さざるを得ず、アンツォは日々調整役として骨を折っているのだ。
「分かったら仕事に取りかかれ。以上」
「お頭、1つ質問」
「サスークが質問とは珍しいな」
普段そんなことを言わなさそうな男が不思議そうに質問してきたので、アンツォも何かあるのかと身を乗り出して聞き返した。
「どうしてずぶ濡れなんだ?」
「聞くな……色々と事情があるんだよ」
「色々、じゃなくてエロエロっすね」
「エロエロ??」
◆
「邸から学園まで馬車で移動、その後終業まで学園内に滞在。講義は最初から最後まで受講し、友人の令嬢たちとテラスで昼食か。何も無いな」
「そうっすね。変わったこともなく、怪しい人物との接触も無しっすね」
指令を受けてから2週間ほど。特段おかしな動きはなく日々は過ぎ、報告書も毎日毎日同じことの繰り返しを淡々と述べるのみであった。
「たまにご友人と街に出ることはありますが、逆にこれだけ規則正しい生活をしているのもスゴいっすけど、邸の中でも変わらないんすね」
「それはいいんだけどさ、この報告書はなんだ?」
シルヴィアが送ってきた邸内での行動記録。そちらもまたおかしなことなど何もなく、ただ毎日を充実した環境で過ごしていることが書かれてはいるが……
「もしかしてこのお肌のくだりっすか?」
あまりにも退屈な記録だったからか、入浴の際の記述に『水を弾く瑞々しいお肌のツヤが羨ましい』と、どうでもいいことが書かれていた。
「そうじゃねえよ。そこじゃない」
肌の瑞々しさは日々のお手入れによるところも大きい。もちろん若い子の肌がピチピチである確率はシルヴィアのそれより遥かに高いのだが、それを本人に聞かれでもしたら、また怒りの水球に襲われるので、ツッコみたいのをグッと堪えてアンツォが気になる一文を指し示した。
「最近新たな使用人が入ったみたいだな」
「そのようっすね。リーゼ嬢のお付きの侍女の1人が、急な体調不良で交代ですか」
「素性におかしな経歴はない」
「彼女が本物であれば……ですけど」
「なりすましか」
侯爵家でも素性は調べているだろうが、そんなものをくぐり抜けて潜入することが容易いことを、影である彼らはよく分かっている。
没落した下位貴族の子女。貴族家の使用人として働き口を探す人間としては一見ありがちな経歴であるが、素性を隠す抜け道としても隠れ蓑にするにはうってつけ。
普段であれば見過ごしてもおかしくはないが、何かあるかもと自分たちが招集された以上、疑ってかかる必要はあるだろうという共通認識が出来ていた。
「リーゼ嬢の方はもう少し様子見だな。一応荒事が起こったときの対策は忘れずに」
「承知。それでお頭の成果は?」
「おう。可愛い女の子の裸が見れたぜ。とは言っても、見たくはなかったがな……」
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