動き出す陰謀
ハウエヴァー家は建国以来の重臣ではあるが、交易などを手がける商才をもって王国一の資産家となった家であり、これまで国政に関してはさしたる功績は無かった。
「あの家の人間にしては野心家とは聞いていたけど……」
「伯爵位では飽き足りぬのだろうな」
当代のハウエヴァー伯爵ウィローは、今まであまり携わろうとしなかった中央政界に影響力を及ぼすことを望んでいるようで、それまでの事業によって得られた様々なコネクションと、その資金力を背景に発言力を増そうとしていたが、既にそこには多くの貴族がポジションを確保していて、割り込むのは中々大変なようであった。
そこで王太子に重用されれば一気に他を出し抜けると算段したのかもしれないが、だったら彼女を自分の養女にして送り込めばいいのに、わざわざ男爵の養女にしたのか。そのあたりに、まだ隠された何かがあるのだろう。
「明日から俺はあのユリアーナってお嬢ちゃんを監視する」
「おっ、お頭もいよいよ出ますか」
「明日の学園の様子は見ておきたいしな」
今日男爵邸で起こっていたことを考えれば、明日はユリアーナが顔を腫らすか、痣を作るかして学園に現われるだろう。それを見た王太子がどんな反応を示すのかと思えば、一悶着あっておかしくないと考えて然るべきだ。
「サイゾは引き続きリーゼ嬢の方を。サスーク、お前はハウエヴァー伯爵の最近の動きを追え」
「承知」
◆
翌日、案の定顔を腫らしたのか、頬にガーゼを当てた痛々しい姿でユリアーナが学園に姿を見せた。
「お頭の予想通りっすね」
「お前、リーゼ嬢の方はいいのか?」
家を出てからずっと、その姿を追いかけていたアンツォの背後から、リーゼの監視をしていたはずのサイゾがふいに現われた。
「あのお嬢ちゃんを快く思わない子たちが早速リーゼ嬢にご注進に来ましてね。口々に日頃の行いの報いが……なんて言って、嫌味の1つでも言いに行きましょうとか誘ってました」
「それで、こっちへ向かってくるのか?」
「いいや。人が傷ついているのを悪し様に言うのは控えよと言って、帰宅しました。マジでピシャリですよピシャリ。場が凍り付きましたね。本心かどうかは分かりませんが、彼女は相当の人格者っすね」
リーゼからすれば、ユリアーナは婚約者に手を出す不埒者である。これまでも何度かそれについて苦言を呈したことはあれど、全く関係の無いことを相応の報いだと言って嘲笑するようなマネは低俗な者のやることだという、未来の王太子妃としての矜持を感じる。
「そっちは予想通りだったな」
「こっちは?」
「こっちも予想通りだ」
そして一方のフランツはと言うと、こちらも予想通り。その傷ついた姿を見た王太子は間髪入れずに激昂。誰にやられたのだとユリアーナに詰め寄ったのだった。
ただ上手いのは、彼女は自分が悪いのですと言って、相手の名前は出さない。
自分の口からは言えないと明言を避けることで、相手が格上の人間だというふうに臭わせるだけ。そうすればリーゼ嬢にやられたと、王太子が勝手に解釈する算段だ。
「そして怒鳴り込もうするのを、自分は大丈夫ですから何卒穏便にと宥める。本音はウソがばれないようにだろうけど、その健気な姿勢が余計に株を上げるわけだ」
「はえ~、どっかの誰かさんもビックリの手管っすね」
「今、誰かクシャミしたか?」
サイゾがそう言うやいなや、誰かがくしゃみをしたような音が聞こえた気がした。
「空耳じゃないっすか。今は侯爵邸にいるはずっす」
「だよな。俺たちしかいないもんな」
「そうそう。でもああやって、少しずつリーゼ嬢へのヘイトを溜めようとしてるんですね」
「仕方なくやらされてるのにあれだもの。本気を出したらどうなることやら」
どうやら伯爵側が少しずつ本気を出し始めたようだと、2人の間で認識は一致していた。
◆
そしてそれからしばらくの間、アンツォはユリアーナの動向を探っている。
あの傷を負って以降、彼女にふりかかる災いはさらに増え、それに対する王太子の怒りもそれに比例するように増大していた。
しかしユリアーナは必死にそれを自身の行いのせいだと宥める。大半は自演というか、そう見られるように仕向けられたものであるから彼女の言うことはほぼ真実なのだが、否定すればするほど、彼女が令嬢たちに虐げられていると思わせるのに十分な効果があった。
(人質を取られては、少女1人ではどうにも出来ないよな……)
家に帰れば男たちに弄ばれ、学園に行けばやりたくもない悲劇のヒロインを演じる。そんなユリアーナは休日の今日、王都の外れにある小屋へと来ている。それはフランツからの密会のお誘いだった。
もっともらしい理由ではあるが、今まで何度も市中で遊び歩いている姿を見られても平気だった男が、今さら秘密裏に会おうという必要があるのか。
少し考えれば疑いを持ってもおかしくないが、疲弊して半ば洗脳されているユリアーナは、男爵の言うとおり指定の場所を訪れていたのだった。
「フランツ。フランツ、来たわよ」
小屋の戸をコンコンと叩き、ユリアーナが中へ声をかけると、ギギィッと鈍い音を立てて扉が開く。
しかし、そこに姿を見せたのは王太子ではなかった。
「アハハ。本当に来るとは思わなかったわ」
「……誰?」
「これを見たら分かるかしら? やだ、学もない雌犬が分かるわけないわね。リーゼ様の側にお仕えする者よ」
中から出てきたメイド服の女性が、自身の服に施されたヘンリク侯爵家の家紋を見せつけるように示すが、見ても分からないかと小馬鹿にしたように言う。
「その方がわざわざフランツの名を騙って、何の御用ですか」
「何の御用って……本気?」
(あれはとぼけている顔だろうなぁ)
悪いことだと理解はしていなくても、ヘンリク侯爵家の者に用があると言われれば、自身の交際関係であることは分からぬはずがない。
ましてユリアーナは命令されて離間工作をしているわけで、リーゼの側仕えが現れたということの意味を理解していないとは思えない。
「知ろうが知るまいが構わないわ。主人に仇なす不埒者には死をもって償ってもらうだけだもの」
すると刹那、侍女が懐からナイフを手に取った。
(おいおい、本気で殺す気か)
「リーゼ様に成り代わり、闇に葬ってあげるわ……」
「キャーッ!!」
一介の侍女とは思えぬ速さで一足飛びに近づき、ユリアーナ目掛けて女が刃を振るう。
「死ねっ!」
「ヒイイッ!!」
「させるかっ(ビュン!)」
予想以上の動きの速さに間に合わないと判断したアンツォが、手近にあった石を手元に向けて投げつけると、それを受けた衝撃で侍女の手からナイフが弾き飛ばされた。
「何をしている!」
その隙にユリアーナを庇う様に前に出るアンツォ。それを見た侍女は一瞬怯んだものの、落としたナイフをサッと回収すると、すぐさま斬りつけてくる。
「誰だか知らぬが邪魔をするな!」
「甘いよ!」
一撃、二撃、ヒラリヒラリとアンツォが避け、三撃目で侍女の腕をガシッと掴んだ。
「何のマネだ」
「侯爵家の総意よ。その女は排除されて然るべきなのよ!」
「フンッ!」
「うぐっ!」
侍女が掴まれた腕をなんとか振りほどこうともがくが、アンツォはその力を逆に利用して腕をねじ上げると、再び手に持ったナイフを落とし苦悶の表情を見せる。
「ホントに侯爵家の命令か? お前の独断だろ」
「うるさい! お前にお嬢様の苦しみが分かるか!」
アンツォがしっかりとホールドして、侍女の動きは封じた。
しかし次の瞬間、思いもよらぬ方向からそれを振り解くことになる事態が発生する。
(――ヒュンッ)
「きゃあああっ!!!」
敵は侍女だけではなかった。アンツォが侍女に対峙していた一瞬の隙を突き、遠くから放たれた矢がユリアーナの腕を貫いていた……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます