思わぬ来訪者、隣国より来たる

「俺の名は敏腕新聞記者、アンツォ・イタリーさ」

敏腕スケコマシ?」

「シルヴィア、それは大いなる解釈違いだ」


 ハウエヴァー伯爵に手を貸す隣国の間者、ブルート族の隠れ家を急襲したアンツォとシルヴィアは、実行部隊の長と思しき男と対峙していた。


「どうやらお前一人のようだね」

「1対2なら勝てるとでも?」


 元々ブルート族は狩りを営む部族であり、間者として雇われたのもその狙撃技術を買われてものだった。


 そのため単独行動を取ることが多く、故に己の実力には自信があるのだろう。隠れ家にいたのは男1人だけだが、動じる様子はない。


「新聞記者ごときが俺を捕まえられるとでも思ったか」

「……お頭、もしかして」

「そういうことね」


 この状況でも動じないのは大したものだとアンツォは思ったが、それが自分を一介の新聞記者だと思っているからではとシルヴィアに言われ、なるほどそうかと感じた。


 アンツォは自ら口にするのは烏滸がましいからと言う気も無いが、その名はそれなりに知られており、どれだけ自信のある者でも、その名を聞けば警戒するくらいの反応はするだろうと思っていた。


 それがこの男はどうだ。まるでこちらのことを全く知らないような口ぶりである。


「お前さん、はぐれ者か」


 個々に独立思考の強いブルート族の者には、宮仕えの水が合わない者も多く、そのあたりは族長がしっかり選別しているようだが、人によってはそれを依怙贔屓と感じて、勝手に部族を離れて裏稼業に従事する者も少なくない。


 だがそういう輩に限って、自分の力を過信しがち。ましてや組織に属さない一匹狼だから、情報にも疎い。そう考えれば、この男がアンツォのことを知らないゆえの反応だと納得である。

 

「おかしいと思ったんだよな。ニエトゥーノが一枚噛んでいたら、こんな杜撰な仕掛けに乗るとは思わないもの」

「……!! なんで族長の名を……」

「なんでって、ニエトゥーノ殿とは旧知の間柄だからな」


 ニエトゥーノ。それはブルート族の族長を務める者が代々名乗る通り名であり、狙撃に関しては右に出る者の無い腕前で、隣国が動く荒事には必ずその影が見える大物だ。


 アンツォとは昔からの知り合い、とは言っても、お互い自分の仕事に関わられると面倒臭いから、会わなくていいならそうして欲しいといった具合の関係ではあるが。


「ニエトゥーノ殿が関与しているなら、お前程度の者を送り込むことはないだろう。つまり、お前はその枠の外にいるはぐれ者ということだ」


 はぐれ者として働くことが良いのか悪いのかという議論はこの際どうでもいいことだ。実力さえあれば組織に入らず活躍することだって出来るのが裏社会なのだから。


 だが、この男は明らかに実力が足りない。単に素人を暗殺するだけなら十分だろうが、他国に謀略を仕掛けるにはいささか力不足。そこにアンツォがいることを知っているのであれば尚更。だからこそこの男がはぐれ者であると判断した理由だ。




「で、誰に頼まれた?」

「話すと思うか」

「なら力ずくだな」

「やれるものなら……!! うげっ!」


 相手も油断していたわけではないだろうが、男が言い終わる前に、アンツォが想像の上を行く速さで組み伏せた。


 彼らは間者と称しているが、その実は遠くからの狙撃や、油断した隙を狙うなど、言わば無防備な者を相手にするもの。正面切っての対峙が出来ないわけではないが、相手がその筋のプロなら敵うはずもない。


「さて、黒幕の名を吐いてもらおうか」

「既に知っているんだろ。ハウエヴァー伯爵だ」

「違う。お前らに命令した隣国の者は誰かと聞いている」


 組織によっては自ら命を断つという選択をする者もいるが、はぐれ者にそこまでの忠誠心は無いだろうと見込んで、とぼける男を更に締め上げるが、中々口を割る気配は無い。


「金で雇われただけの関係にそこまで義理立てする必要もなかろう」

「そこまで落ちぶれたつもりは無い」

「バレるのが嫌なだけだろうが」


 アンツォが尋問を続け、そろそろ薬で口を割らせるかと思った頃、突然男の声が響いた。


 入口の方を見てみると、中へと入ってくる影。その顔を見たことは数える程であるが、アンツォにとって忘れるはずもない顔だった。




「ニエトゥーノ……」


 そこに現れたのはブルート族の長、ニエトゥーノ。外への警戒を緩めていたとはいえ、まさかここに現れるとは思ってもいなかったようで、アンツォもシルヴィアも意表を突かれたようだ。


「久しぶりだな、アンツォ」

「そうやって姿を見せたってことは、敵に回るつもりではなさそうだな」

「察しがいいな」


 ニエトゥーノがここへと来た理由。それは一族のはぐれ者を連れ戻し……正確には捕獲しに来たようだ。


「変なことを企む奴がいると聞いたのでな」

「それは暗に王家は無関係と言いたいのか」

「そう邪険にするな。我が君は貴国と揉める気は更々無い」


 隣国で権勢を失い、功を焦っていたとある貴族が、ハウエヴァー伯爵の口車に乗って仕組んだことであり、王家は無関係だと言う。


「で、コイツらを連れ戻したいと?」

「ああ。勝手な言い分だが、こんなつまらぬ企みに関与して失敗したとあれば、我が一族の名折れ。内密に引き渡してもらいたい」

「見返りは?」

「我が一族は今回の件から手を引く」


 関与した一族の者はニエトゥーノの責任で始末し、貴族に関しても王の名で処分する。こちらの国のことに関しても一切感知しないという申し出は、一見すると何のメリットも無いように見えるが、無用な諍いは避けたいという当初の意向を考えれば、十分なものであった。


 なにより、ニエトゥーノやブルート族が敵に回らないというのは、アンツォにとっても障害が1つ減るわけで、断る理由も無い。


「よかろう。あと1つ、そちら貴族の狙いが何であったか教えてもらえれば、その話を受けよう」

「もう調べは付いているんだろ?」

「なに、単なる答え合わせさ」




 その後、アンツォとニエトゥーノがしばらく何やら話し込む。


 その顔は交渉というよりは、昔なじみの世間話といった雰囲気。一歩間違えたら国家間の争いになりかねない話の落とし所を探っているとはとても見えない。


「よし、話はこれでまとまったな。んじゃ、コイツは引き取らせてもらうわ」


 交渉が終わったところで、ニエトゥーノが首根っこを捕まえると、男がこの世の終わりのように顔を青くしている。


 おそらく先程頑なに白状しなかったのは、バレて制裁されるのを恐れたからだろう。なんとか隠し通して逃げ延びることを狙ったのだと。


 残念ながら、その願いは思わぬ形で叶うことはなくなったわけだ。


「じゃーなアンツォ。また何処かで会うこともあるだろう」

「いや無理。お前とは会わなくていいなら会いたくない」

「最後までつれないねえ。まあ俺もお前と敵として会いたくはねえわ」


 そう言うと、ニエトゥーノは渋る男を気絶させてから担いだまま姿を消した。


「お頭」

「シルヴィアは実物初めてか」

「ええ。なんか暗殺者の親玉には見えませんね」

「だろ。俺には負けるが結構いい男だろ」


 たしかにニエトゥーノは荒事を得意とするようには見えない優男の雰囲気であったが、人は見かけによらないということを彼女はよく知っている。


 似た者同士だな……と。


「何か言ったか?」

「いいえ何も。さて、ブルート族が手を引いたことだし、明日に向けて後は何をします?」

「そうだな。サイゾとサスークは別件があるから、俺とシルヴィアで今夜は念の為に関係者を監視だな。寝かさねえから覚悟しろよ」

「言い方がおかしい」




 こうして、決着の日はやってきた……

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