アンツォ、動きます

「もしかして貴方は……」

「覚えていてくれたか」

「女好きで有名なチョイ悪おじさん!」

「そっちかい! てか誰がおじさんじゃ!」

「冗談です。森で助けていただいたんですよね」


 診療所でずっと眠っていたユリアーナ。目覚めてすぐにアンツォの顔を見て、ここまでの返しが出来るあたり、状況把握に優れた頭の切れる子であることが分かる。


 とは言っても殺されかけたわけで、顔は心なしか青褪めているようだ。


「恨みを買った覚えはあるようだね」

「貴方も見ていたでしょ、犯人は侯爵家の方です。きっとリーゼ様に命じられて……私はフランツ様に頼まれて城下の案内をしていただけなのに……なんで、こんなことに……」


 自身はあくまで友人として接していただけ。リーゼが嫉妬に狂って犯行に及んだというスタンスを崩さないユリアーナ。その迫真の演技は名優もかくやと言うくらいである。


「そうやって無垢な少女を演じて王太子の寵を得ようとするのは、血の繋がらない弟妹のためにか?」

「……え?」


 本人は上手く隠しているつもりなのだろう。理不尽な仕打ちを受けて悲嘆に暮れる無垢な少女を、心の中では努めて冷静に演じているようだが、今回ばかりは相手が悪い。


 なにしろアンツォは他人の秘密を探ることにかけては王国でも随一の腕の持ち主であるから、その演技力と胆力に感嘆しつつも、彼女が隠している事実を白日の下に晒し始めた。


「君は王都の外れにある養護院の出身だな」




 様々な理由で孤児となった子どもたちを匿い、生活の面倒を見る養護院。


 将来独り立ち出来るよう、幼い頃から手に職を付けるための教育を行い、それを元に自分たちの手で収入を得ることもあるが、運営資金の大半は金持ちからの援助で成り立っている。


「君は養護院の支援を継続してもらう代わりの条件として、男爵家に養女に入るよう言われたのではないか?」

「何のためにそんなことを私が……」

「とぼけているところ悪いが全部お見通しだぜ」


 商人などの平民富裕層だと、公に支援していることを明らかにすることもあり、やらない偽善よりやる偽善の方が有益なことも多いから、それはそれで結構なことである。


 しかし貴族は体面を重んじるから、あからさまな売名行為と受け取られないよう、支援するに際して表立って名を明らかにしないことが多く、ユリアーナがいた養護院もその例に漏れず、支援者の名は匿名であった。


「その匿名の援助者がハウエヴァー伯爵だ。みんなを助けたければ王太子に近づいて寵を得ろと。そして断ったり裏切ったりすれば、子供たちの安全が脅かされるであろうことを仄めかされたんだろ」

「仰ることの意味が分かりません」


 それでもなお、ユリアーナの表情に変化は見えない。意味の分からない話をされて反応に苦慮するという雰囲気ではなく、真意を探られたくないという意思からくるものだろうが、アンツォに対しては却って逆効果である。


 伯爵がパトロンであるという事実は巧妙に隠されており、サスークの諜報力があってこそ入手したものであり、ただの新聞社には追い切れない情報。養育される子供の1人にしかすぎなかったユリアーナが知ることの出来ない話だ。


 本当に何も知らない少女なら、こんな突拍子もないことを聞かされれば驚くなり笑い飛ばすなり、何らかのリアクションがあってしかるべきなのに、意図的に表情1つ変えないというのは、雄弁に語る以上に、彼女がそれを認識していながら悟られないように振る舞っているという何よりの証だ。


「それを妬んだ侯爵令嬢が君に嫌がらせを繰り返す。そして王太子にそれを断罪してもらい、晴れて君が王太子妃になる。伯爵にそう言われたんじゃないのか?」

「もしそうだとすれば、シナリオ通りではありませんか。実際に侯爵家の方に襲われたのです」

「その侯爵家の侍女ってのが、ハウエヴァー伯爵の仕込みだとしたら?」

「なんですって……」


 これまで表情を変えなかったユリアーナの顔つきが険しくなる。まさかという思いが半分、疑う気持ちが半分というところだろう。


 それを見たアンツォは、伯爵が端からユリアーナを妃とするつもりなどなく、ヘンリク侯爵家を貶め、自身が権力を握るための道具としてしか扱われていないことを話す。


「君は侯爵家の非道を喧伝するためだけに殺されるんだよ」

「もしそうだったとして、だから何だと言うのですか」


 諦めたかのように吐き捨てるユリアーナの言葉は、彼女がこうなる可能性を予見しており、それもまた致し方ないと納得の上で行動していたことを物語っていた。


 全ては、弟や妹のように可愛がっていた幼い子供たちのためなのだろう……




「それで……みんながそれで助かるなら」

「助からねえよ」

「えっ……」


 意を決したように話す少女に、アンツォの容赦ない言葉が突き刺さる。


 相手は非道を平気で行う者たちであり、ユリアーナが死んだ後にその約束を守るとは思えない。ほぼ間違いなく彼女と交わした約束など知ったことかと反故にされるはず。少女に唯一与えられた道の先には崖しかない……


「どこで情報が漏れるか分からないからな。君と少しでも繋がりのかる者は殺されるか、良くて他国に奴隷送りだな」

「そんな……」

「嘘だと思うなら今すぐ家に戻り養父に質してみろ。間違いなく君は殺されて、何者かに殺害されたと偽装されるだろう。元々あの森で死ぬはずだったんだし、予定が少しずれたくらいにしか思わねえよ」


 アンツォの言葉にユリアーナは返す言葉もない。


 自身の置かれている立場を考えれば、道具として使われていると言われれば、そうだろうなとしか思えないし、現に殺されかけたという事実があるから尚更だ。


 しかも、命じられたとおりに動く唯一の理由であった養護院の安全も保障はないとなれば、彼女がやってきたことはなんの意味もないということ。それを一番良くわかっているのは彼女自身であり、何も言うことは出来ないだろう。


「私……私のしたことって……」

「一応言っておくと、この陰謀は王太子殿下も既に掴んでおられる。だからここまでお見通しなんだよ」

「フランク様が……!? 貴方がどうしてそれを……」


 動揺するユリアーナを見てアンツォは少し心が痛んだが、ここからが大事な話だと気を改めて彼女に向き直した。




「そのために君の力を貸して欲しい」



 ◆



「旦那、旦那!」

「うーん……うん? って、アンツォ、何しに来た! 取材ならお断りだぞ」

「旦那が倒れて目が覚めねえってシルヴィアから連絡が来たからすっ飛んできたってのに、その言い草はねえだろ」

「え……あれ? 俺は……」


 ユリアーナとの話が終わったアンツォは、眠っていた子爵を叩き起こした。


「良かった~。旦那が急に眠ったように倒れたから心配したんだよ」

「シルヴィアちゃん……」

「大丈夫。お疲れの旦那が休んでいる間は、私や編集長で見張っておいたから」

「旦那、勤務中に居眠りとは感心しねえな。この借りは高いぜ」

「……すまねえな。恩に着るぜ」


 アンツォが茶化してきたが、シルヴィアに勧められて茶を飲み干したら、何だか気が抜けて寝てしまったなどと知られれば、格好の餌食になると思ったのか、珍しく子爵がしおらしい言葉を発したので、それを見て2人は後は頼みますよと言って診療所を後にするのであった。




「シルヴィア、侍女の足取りは」

「驚いたことにまだ侯爵家にいるわ」


 診療所からの帰り道。アンツォがシルヴィアに進捗を確認すると、意外な返事が返ってきた。


「まるで捕まえてくださいと言わんばかりだな」

「次の機会を狙うまではってことかもよ」

「嬢ちゃんが生きていては意味がないからか」


 連中の目的のためには、ユリアーナが生きていては侯爵家を断罪してもその先に打つ手が面倒になる。そうなれば当初の計画通りに彼女には死んでもらう。そしてそれは侯爵家の手の者によってという形にするのが手っ取り早い。そう考えれば、敵の間者が侍女に擬態し続けているという理由も理解出来る。




「お嬢さんのほうは?」

「恐らく大丈夫だろう。伯爵や養父にこのことを伝えれば、自分だけではなく養護院の子たちも危ないと分かったようだからね。それに……ようだし」

「そう言えばそうだったわね。その状態で伯爵たちに接触のしようが無いわね」


 ユリアーナは再び薬によって深い眠りに就いた。それはアンツォの考えた計画に従っての行動である。


「さて、私はどうしましょ?」

「シルヴィアはしばらくお嬢ちゃんから目を離すな。狙うとしたらそこしかないからな」

「了解。それで編集長は?」

「俺は撒き餌の製作に取りかかる」

「せいぜい美味しそうな餌を作るのよ」

「言われんでもそうするさ」

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