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Nora
01話
「おぇ……行きたくないわ」
最近、学校に行きたくなさすぎて家を出ようとするときに吐き気がこみ上げてくるようになった、苛められているとかではないけどとにかく行きたくなかった。
でも、母にそのことを言ったところで風邪ではないなら行きなさいと言われるだけなので毎回駄目になっている。
「はぁ……なんかお腹も痛いし……頭も痛いし……最悪よ」
小中学生時代はもっと楽しかった、部活なんかにも入らなければならなくて辛いこともあったけどそればかりではなかった、友達だってちゃんといてずっととまではいかなくても笑顔が溢れていたというのに……。
「よう、大丈夫か?」
「ん……? ああ、おはよう、大丈夫よ」
「運んでやろうか? 最近、運動不足で筋力が落ちているから丁度いい」
「なら頼もうかしら、なんてね、自分で歩くわよ」
身長は私とそう変わらないけどなんか頼もしい存在だった、あと、やたらと筋肉質だったりする。
「じゃ、また後でね」
「待て待て、同じクラスだろ」
「だけど私はちょっと廊下に行くから……」
できる範囲で逃げているのだ、十分ぐらいしか休めないのだとしても間違いなく効果がある。
だけど高校一年の十一月というところまできたタイミングで嫌になったのは何故なのだろうか。
「はい、飲み物でも飲めよ、そうすれば顔色もよくなるだろ」
「寿哉はよく来てくれるわよね」
「まあ、昔から一緒にいるからな」
「それなら寿哉が原因というわけでもないし……」
テストで失敗をしてしまったということでもない、自分のことなのによくわかっていない。
ふぅ、だけど友達がいるところでぐらいは抑えようと決めた、このまま出したところで構ってほしくてしているようにしか見えないからだ。
「これ、ありがとう」
「おう、あ、詩榛だ」
意識を向けてみると彼の幼馴染の
「また二人でいるんだ、寿哉君はその子に甘すぎ」
「いやほら、顔色が悪いだろ? だから心配だったんだよ」
「学校に来られているんだから大丈夫だよ、甘くしたっていいことはないよ」
何故か、ではなく、分かりやすく敵視されてしまっている。
これも五年生の頃からそうだった、幼馴染に近づく女の子は私だけでいい! とでも言いたげな態度でいつもいる。
だけど私的にはそうやって自信を持って行動できるところが羨ましかった、全ては自分としても求めていないけど同じようにできたらと考えてしまうことも多い。
まあ、自分がなにに対して嫌になっているのかさえわかっていない自分と比べればみんなは優秀ということになる。
「ね、行こ? 大丈夫だよ、無理なら自分で保健室に行くよ」
「そういうわけにもなぁ」
「私なら大丈夫よ、適当に廊下で過ごしてなんとかするわ」
「そ、そうか? じゃあ……行くか」
「うんっ」
可愛い笑顔だ、多分、そういうところでも彼女は上手くやれる、内が微妙な場合はすぐに表に出してしまう私とは違うのだ。
「あ、行っちゃったか」
「あの二人に用があるなら行けば相手をしてくれますよ」
先輩か、寿哉は年上でも同級生でも後輩でも誰が相手でも仲良くやれてしまうから違和感というのはない、栗城さんに興味があって近づいているということならそれはもう変わってきてしまうけれど。
いや、この場合は異性ということで栗城さんかと考えていたとき、
「寿哉君と話したいことがあったから来たんだけど、今回はやめておくよ」
と、予想とは違う方に動いて少しほっとした。
い、いや、別に栗城さんが嫌いとかそういうことではないのだ、ただ、そういうごたごたに巻き込まれたことがあって避けたい気持ちが強かったから助かったというかなんというか、そう、そんな感じだ。
「それより大丈夫?」
「大丈夫ですよ」
「ならいいんだけど、無理をしてもいいことはなにもないからさ」
「ただ学校に行きたくないだけなんです、みんな頑張って行っているのにわがまななだけなんですよ」
嫌だなぁ、行きたくないなぁと考えるぐらいで終わるようになってほしい、吐き気がこみあげてくるレベルだと実際に出さないか不安になるからだ。
それさえなんとかなればいまだってこうして来ているわけだし、なんとかやれる、大人しくしておけば文句も言われなくて済む。
「学校が嫌いなんだ?」
「はい、苛められているというわけでも、授業なんかで失敗をしたというわけでもないんですけど最近はそうなんです、友達だっていてくれているのに何故か……」
初対面の人相手になにを言っているのかと考える自分と、このことで先程も考えたように少しだけでも改善すればと考える自分がいた。
「ふむ、もっと誰かといたいタイプなのかもしれないね」
「あ、人といるのは好きですよ、喋ることができればもっといいですね」
「だよね、だったら栗城さんと友達になるのがいいかもね」
「友達……じゃないですよね」
まず私一人のときには絶対に来ないことが……。
「あっ、もう友達だったらごめん、だけどなんかそういう風に見えなくて」
「警戒されていますからね、先輩は間違っていませんよ」
いい、少なくともお腹の痛みはなくなったから先輩にお礼を言っておいた。
それから諦めて教室に戻った。
「今日は帰る前にスーパーに寄らないとね」
自分でやらなければいつまで経っても食べられないから仕方がない、それにどうしようもなくやる気がないときは作らなくても文句を言われない状態だから全く不満な点はなかった。
レベルはともかくご飯を作ることは好きだ、食べることも好きだ、なにより家にいられているときが一番幸せのため、早く必要な物を揃えて帰ろうと思う。
「ん……まとめ買いをするとこればかりは……」
ま、まあ、なにかいいことがあればなにか悪いこともあるということでこれも仕方がないことだった。
「よいしょっと、持たせてもらうぜ」
「い、いいわよ」
「いいからいいから、そのかわりに飯を食べさせてくれよ」
「……毎回それで甘えてしまっているわよね」
「甘えているのは俺だけどな」
家に着いて飲み物やお菓子なんかを食べてもらっている間にささっと作った。
温かいご飯がより美味しく感じる季節だ、それは彼からしても変わらないらしくハイテンションで「美味い!」と口にして食べていた。
「でも、栗城さんのことを考えるとあんまりよくないわよね」
「詩榛? なんでそこで詩榛が出てくるんだ?」
そうか、そういえば彼はこういう子だ。
このまま続けても気にしすぎだとか言われて終わるだけだから黙る、ご飯を食べることを楽しみたいのもあった。
「ふぅ、さて、洗い物をしたら帰るよ」
「洗い物はいいわ、運んでくれてありがとう」
「そういうわけにもいかねえ、な、座っていてくれ」
「もう……」
ならなにもしていないのもあれだからと軽く掃除をしておくことにした。
溜まってからやるのも気持ちよくていいものの、自分の家の場合は嫌だから自由な時間に少しやっておくだけでよくなる、他のことに生かせるかと言ったらそうでもないからこれでよかった。
「よし、完了」
「ありがとう」
「いいって、じゃ、温かくして寝ろよ?」
外まで見送って中に入って鍵を閉めようとしたときのこと、思い切り開けられて無理になった。
だ、誰なのと心臓を慌てさせていると「そういうのよくないと思う」と冷たい顔をした栗城さんが……。
「あ、上がる?」
「うん」
必要なことを済ませて違うところに意識を向けていると「仲がいいのはわかっているけど簡単に上げたりするべきじゃないと思う」と再び同じようなことを言ってきたけれど……。
「私、別にあなたのことが嫌いというわけじゃないよ」
「そ、そうなの?」
「え、もしかして嫌っていると思っていたの?」
「ほら、ちくりと言葉で刺してくることも多かったから」
「違うよ、ただ……寿哉君を取られたくないというだけ」
言い訳のように聞こえてしまってもこれが本当のところだからと教えておいた、そうしたら悲しそうな顔になって「だからこそどうしようもなくて困っているんだよ」と言われてしまう。
「寿哉君ってあなたのことが好きなの?」
「わからないわ、ご飯は好きでいてくれているみたいだけど」
「作れるようになったら頼ってくれるようになるかな?」
「た、多分……? お腹が空いていることが多いから無駄にはならないと思うわ」
「なら教えてほしい」
え゛、人に教えられるほど上手にやれるわけではないから困る。
ただ、断れば嫌いに変わってしまいそうだから私にできる範囲でならと答えて教える約束をした。
逃げたところで家を知られてしまったというところで無駄だ、でも、寿哉があのまま来続けるのであれば時間の問題だったからそれは別に、という感じだった。
「私は栗城詩榛、よろしく」
「し、知っているわよ?」
「ん」
「あ、えっと、
少なくとも言い争いをするような状態にはならないでほしいと言える。
付き合っておくことで回避できるということならやるしかない。
「あ、あのさ」
「な、なに?」
「……暗いの怖いから送ってほしい」
「ふぅ、わかったわ」
しっかりと鍵を閉めて外へ、時間も関係していてそれなりに寒かったものの、辛いというレベルではなかった。
しかし、彼女からすれば違うのか「寒いぃ」と吐いて体を抱いている、ここに寿哉がいればなどと考えて少しもったいないなという感想になった。
「きゃ!? あ、ごめん……」
「大丈夫よ、猫ちゃんが出てきたみたいね」
「く、黒猫……って、よくないんじゃなかった?」
「そういう話も聞くわね、でも、猫ちゃんだって歩きたいじゃない」
「……し、心臓に悪い」
まだ十八時にもなっていないのに大丈夫なのだろうか? と心配になってしまった一件だった。
「こんにちは」
本から意識を外して見てみるとこの前の先輩が立っていたから挨拶をした。
勝手な想像でしかないけど優しそうな人に見える、笑みも柔らかくて好きだ。
「あ、寿哉なら今日は来ていませんよ?」
「その寿哉君なんだけど、どうやら風邪をひいてしまったみたいなんだ」
「そうなんですか? なんで連絡……」
「だからいまから行かない? すぐに暗くなるから帰った方がいいしさ」
「わかりました、少し待っていてください」
とはいえ、本をしまうだけだから時間はかからない、すぐに帰る準備ができた。
風邪か、あの日以外も「よう」と元気よく来てくれていたから唐突すぎるというか、いやまあ風邪はそういうものだとわかっていても言いたくなってしまうというか、また無理をしてしまったのだろうかと心配になる。
鍛えることに必死になりすぎて弱ってしまったことが前にもあったのだ。
「あ、栗城さんも一緒でいいですか?」
「さっき教室に行ったらいなかったんだ」
「ならもう行っているのかもしれませんね」
それならそれでいい、あの子が近くにいてくれれば大人しくするはずだ。
風邪のときに動こうとする悪い癖があるから誰かがいてくれた方がいい。
「っと、ちょっと買ってくるね」
「それなら私もお金を――」
「いいよ、ちょっと待ってて」
これもすぐに終わったし、寿哉の家にもすぐに着いた。
それで上がってみた結果、どうやら栗城さんはいないみたいだった。
「……まさか熱が出るとはなぁ、やっちまったぜ」
「今回の原因は?」
「夜更かし、だな」
夜更かし……って、彼らしくもない。
「なにそれ、まだ鍛えることに必死になった結果の方がよかったわ」
「ははは、確かに俺的にもその方がよかったわ」
「とにかく、早く治して栗城さんに会ってあげなさい」
「そうだな、詩榛は寂しがりやだからな」
連絡先を交換していたのに呼ぶ勇気がまだなかった。
ここ数日であの約束はちゃんと守れているのにまだ私の方が疑ってしまっている……のかもしれない、そのときだって悪く言ってきていたりはしないのにこのままでは駄目だとわかっていてもやはりすぐには変わらないこともあるということで……。
「でも、元気そうでよかったわ、それじゃあ私はこれで帰るわね」
「おう、気を付けて帰れよ」
相手が、ならいいけど自分が差を作ってしまっていることが嫌で微妙な気分になった。
「宇田さん、家まで送るよ」
「あれ、残ってあげた方が……」
「残ってご飯を作ろうと思ったんだけど『文緒を送ってあげてください』と言われちゃって」
「それはすみません、でも、私なら大丈夫ですから」
夜は最高だ、何故なら学校に行かなくていいからだ。
お金などを無駄遣いしたくないから出ていないだけで、余裕があれば沢山のお店に寄って色々な魅力的な商品を買って過ごしているところだ。
「だけどもう出てきちゃったからさ、いいかな?」
「あ、それなら……お願いします」
「うん、行こう」
嫌というわけではないけどこれなら寿哉のところにも行かない方がよかったと後悔した、寿哉のためにも先輩のためにもなっていないなんて無駄すぎる。
だけど後悔は先にできないということでもうこれは片付けるしかない、いまからごちゃごちゃ言ったところで変わらないからだ。
「ここです、ありがとうございました」
「近いんだね、それじゃあまた明日」
「はい、気を付けてください」
「ありがとう」
家事をする気分にはなれなかったから家に入ったらすぐにベッドに寝転ぶ、意識をしていなくても勝手にはぁとため息がこぼれた。
いま謝罪のメッセージを送ると負担にしかならないのもあって明日謝罪をしなければならなくなったというのも大きかった。
「はい――あ、どこに行っていたの?」
いや、連絡をしていないくせにこの発言は少し勝手だけど気になってしまって出てしまったことになる。
「ちょっと他の子に誘われていてね」
「寿哉は元気そうだったわ」
「それならよかった、上がらせてもらってもいい?」
「ええ」
彼女が最初からいたら帰るとなったときに引き留めていたのかどうかが気になる、そこは幼馴染とそうではないという人間で違う可能性が高い。
別にそれは構わなかった、信用及び信頼ができている相手にいてほしいと考えるのは普通だし、だからこそいてあげてほしかったぐらいだ。
「あのさ、宇田さんはあの人のことが好きなの?」
「あの人……って、先輩とか言わないでよ?」
「いや、その人だけど」
「最近、話し始めたばかりなのよ? 一目惚れをしたりするような人間ではないわよ」
私がそういう人間だったのであれば寿哉と出会ってすぐのタイミングで告白をして振られている、けど、そんな人間ではなかったからこそいまでも友達でいられているのだ。
その点は近くにいる彼女もわかっているはずなのにどうしたのかと言いたくなる。
「あの人だけはやめた方がいいよ」
「どうして?」
でも、ここまではっきりと言われてしまうとそれも気になってしまうというもの、また悪い癖が出てすぐに聞き返してしまったことになる。
「みんなに優しいタイプだから、好きになると苦しいよ」
「なるほどね、みんなに優しくできるのはいいことよね」
「そうだけど……」
「寿哉もそうよね」
「そう! 寿哉君もそうなんだよ……」
私達側がどうこうできることではないから他のことで頑張るしかなかった。
それっぽいアピールをしようが「そうか?」で躱されててしまいそうだけど、そこで頑張れるかどうかで結果は変わっていく。
私だったら……どうするのだろうか、好きなら臆している場合ではないと自分のしたいようにできるのだろうか。
「そう考えると栗城さんは一途ね」
「ん?」
「え? だって寿哉のことが好きよね?」
「取られたくないけど特別な好意があるわけじゃないよ?」
思わずうっそだーとキャラではないことを言いそうになってしまった。
「だって誰かの彼氏になっちゃったら相手をしてもらいづらくなるでしょ? だから宇田さんにだって毎回言わさせてもらっていたんだけど」
「も、もうその話はいいわ、それよりご飯を作る練習をしていたんだから今日行ってあげて作ってあげればよかったのに」
「しつこく誘ってきたから……だけどもう同じようにはしないよ」
「そうなのね」
男の子ではなければいいけれど。
男の子がしつこく女の子を誘うとなれば、幼馴染とかならいいけどそうではないなら駄目だ。
だから困っているようなら言ってほしかった、寿哉の力を借りることになるかもしれないけど寿哉も彼女のために動けるならいいはずだった。
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