05話
「デートしようぜ」
「落ち着いて、私はどうすればいいの?」
「一緒にいてくれればいい、どんな男子が詩榛といるのかが気になるんだ」
なるほどね、それならこちらとしても安心できるから受け入れよう。
詩榛が自分から大人しく吐いてくれたのであればこんなことにはなっていなかった、だから悪いのは詩榛、なんてね。
「もう行動を開始している、大丈夫なら行こう」
「わかったわ」
最低限のお金とスマホを持って家をあとにした。
今回着替えなかったのはお出かけすることがメインでもないのに自意識過剰な人間だと思われたくなかったからだ。
まあ、寿哉がそういうことを言ってくる子だとは考えていないけど自分が引っかからないためにしたということになる。
「見つけた」
「あの男の子は……先輩ね」
「なんでだっ、まさかこそこそと行動をして先輩が迫っていたというのか!?」
「多分違うわよ、行ってくるわ」
近づいて挨拶をして本当のところを聞いてみると「先輩が相手ならそうやって言うよ、なんたって文緒ちゃんが仲良くしたい人だからね」と呆れた顔になりつつ答えてくれた。
なんでここにと聞かれたからあの男の子に誘われて付いてきたということを話す、巻き込まれたと言うのは違うからこれが一番適当だった。
「ふふ、そんなに気になっちゃうんだ? もしかして私に他の男の子と仲良くしてほしくないのかな~?」
「そうだ」
「うぇっ?」
「……最近はなんか気になるんだよ」
男女が仲良くしているところを見て妄想をしていた彼がこんなことを言うなんてとこちらも驚いていた、ただ、今回に限って言えば彼女の方が驚いているだろうから表には出さずに済んだ形になる。
「じょ、冗談だよね?」
「いや、なんか文緒が先輩といるようになってからこの考えが強くなったんだ」
「でも、文緒ちゃんはちゃんと相手をしてくれるよ?」
多分ではなく間違いなくそういうことを言いたいわけではない。
「……そうだな、でも、文緒はそのまま付き合ってもいいが詩榛にだけは――」
「待った待った待ったっ、文緒ちゃんと先輩がいるところではやめてよっ」
「悪い……」
ああ、わかりやすく縮まってしまった。
でも、こちらにできることはなにもない、先輩だって多分無理だ、ここは詩榛に進めてもらうしかない。
私達にとっても彼にとっても彼女は救世主みたいな人間だった、選択次第では彼にとって彼女の存在が――いいか。
「あーもう……わかった、今日は集まるのをやめて一緒にいてあげるからさ」
「いやそれは駄目だろ」
「いいから、……私の方が気になって落ち着かないよ……」
ということで二人はここから消えた、黙っていた先輩が「たまたま見つけたから近づいただけだったんだけどまさかこんなことになるとは」と呟く。
「変わるときは一瞬ですね、いい意味でも、悪い意味でも」
「そうだね」
上手くいくように願うだけだ。
「あの、なにか予定とかあったんですか?」
「いや、読みたい本もなくなっちゃってお金もないから本も買えなくてね、この前みたいに歩いていただけだったんだ」
「それなら一緒にいてくれませんか?」
利用するみたいで悪いけどまだ帰りたくなかった、一人だから余計に気にしてしまうというか……いまは家にいたくない。
いいことのはずなのに何故こんなことになってしまっているのか、あのとき考えたことは妄想ではなくて事実だったのだろうか……。
「もしかして寂しい……のかな?」
「そういうのも少しはあるのかもしれません」
「わかった、ならどこか座れる場所まで移動してゆっくりしようか」
そう遠くない場所にベンチが設置してあってそこに座る。
特になにがあるというわけではないけど前を見たら落ち着けた、内が黒く染まってしまうことはこれでなくなった。
「はい、温かい飲み物を飲めば少しはよくなるよ」
「ありがとうございます、えっと……これ、お金を受け取ってください」
「わかった」
あれだ、寧ろこっちのことが気になっているなどと言われなくてよかったと片付けるべきだ、で、一気に恥ずかしくなってきてしまった。
それで先輩を巻き込むとか最低だ、先輩も先輩で断ってくれればいいのにと悪い自分が出てきてしまう。
その場その場で変わりすぎてしまう自分が面倒くさかった。
「本当にすみません」
「あ、あれ、もしかしてまたいつものモードに――」
「本当に本当にすみません」
というわけで帰る、ことはせずに違うところに意識を向け始めた、が、すぐに「くしゅっ」と音が聞こえてきて戻す羽目になった。
「ごめん、ちょっといつもよりも薄着で冷えちゃって……」
「それなら先輩のお家に行きませんか?」
なんとなくまだ上がってもらうのは違う気がしてかわりに言わさせてもらう。
「えっ!?」
「あ、違う暖かい場所だとお金を使うことになってしまいそうなので」
「えーっと」
「無理なら無理でいいです、ただ、その場合はこれ以上外にいると風邪を引いてしまうでしょうから帰った方がいいですよ」
集まる予定もなかったのに残ることになってしまったから仕方がない、悪いのは私だ。
なので、断られたとしても引っかかるようなこともなかった、また、一人だったとしても外にいれば気分も変わってくるからそれでいい。
というか、先輩のことを考えるのであればここで解散にしておくべきだ、やはり利用してしまうのは違うのだ。
「その場合、宇田さんはどうするの?」
「歩きます、家に帰りたくないので」
「そ、それなら僕としても一緒にいてもらえた方がいいから……行こうか」
「いいんですか? それならよろしくお願いします」
移動したこの場所からだってそう離れてはいない、これ以上冷えてしまうということもないだろう。
「あ、上がってよ」
「お邪魔します」
寒さに強い私的にも屋内というのはやはりよかった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
遠慮をしたわけでもなくなんとなく外を見ていたい気分だったから窓前の床に座らさせてもらった。
家を出たときからわかっていたことだけど今日は本当に空が奇麗だ、青色一色で邪魔をする存在はいない。
ただの偶然というか、複雑な状態になっては回復しているというだけなものの、今日すぐに回復したのも、先輩から逃げ帰らずに済んだのもこのおかげかもだなんて考えた。
「それで結局、宇田さんは寿哉君のことが好きだったのかな?」
「いえ、友達を取られたくなかったというだけですよ」
「そっか、じゃあいまはもう大丈夫なんだね」
先輩は私の好きな柔らかい笑みを浮かべて「それならよかったよ」と。
「先輩は詩榛のことをどう思っていたんですか?」
「宇田さんがいるところで言ったと思うけどなにもないよ」
「そうですか、それなら振られてしまうなんてことにならなくてよかったです」
「寿哉君は受け入れてもらえるかな?」
「どうでしょうか、名字及び名前も知らない、顔も知らない男の子次第ですね」
ただ、家を出る前と違って知らないままでいいと考えている自分もいる。
「あ、前にも言ったかもしれないけど普通の男の子だよ」
「知っているんですか?」
「うん、だから栗城さんも僕にちょっと厳しかったんだと思う」
そういうことなら尚更だ、この件はこれで終わりだ。
「ありがとうございます」
「う、宇田さんっていつもそうなの?」
「はい、あ、自分にとっていいことをしてもらえたら、ですが」
流石に悪く言われたりしているときにありがとうと笑みを浮かべて言えるような余裕はない、とはいえ、そういう機会がまだきていないということに感謝をしておけばいい。
「でも、僕に対してはそればっかりだからなんとかしてもらえると――」
「ふふ、無理です」
「えぇ」
この生き方で生きてきたから変えろと言われても困るし、できたとしても人によって変えているということになってしまうから避けたかった。
そもそもこのことに関しては変える必要がないと思う、本人に求められたのだとしても別に悪口を言っているわけではないのだからいいはずだ。
「それに先輩は私を恥ずかしい気持ちにさせる天才ですけど、それと同じぐらいいいことをしてくれる人でもありますからね」
「宇田さんが悪く考えすぎてしまっているだけなのに……」
「冗談ですよ、真に受けないでください」
弱ってしまっているところを見てきゅんとしてしまっては困るので帰ることにした。
すると「宇田さんってすぐに帰ろうとするよね……」と逆効果になってしまったのだった。
「いやーこの前はごめんねー」
「大丈夫よ、それより……」
「ああ、勢いだけじゃなかったみたいだけど保留中、かな」
「そうよね、急に変えられないわよね」
でも、このお昼休みになるまで彼女は来ても寿哉は来ていなかったから気になるところではある、本当にそれだけなのかと裏を考えようとしてしまう自分がいるのだ。
何度も自分で止めているように本人でなければわからないことなのに正直アホだった。
「別れた後ってどうしたの? そのまま解散?」
「いえ、先輩のお家に上がらせてもらったわ」
「おお!」
「あなたが期待しているようなことはなかったけれど」
「いやいいんだよ、だって文緒ちゃんって基本的に寿哉君か私としか過ごしていなかったしね」
彼女はこちらの頭に手を置いてから「お姉さんなんだか嬉しいな」とどこ目線からかわからないことを言っていた。
お弁当を食べ始めたからこちらも食べていく、正直、お昼休みまでは続きが知りたくて仕方がなかったからやっと落ち着けるというものだ。
「はぁ……」
「うん?」
「いや、仮に付き合い始めたらこういう時間も減っちゃうのかなって」
「ああ、あなた達が来てくれれば私は相手をさせてもらうわよ」
寧ろこちらの方が気にしていることだった。
これまでは当たり前のように来てくれていた二人だけど少なくとも寿哉の方は詩榛の彼女ということで厳しくなる、結局は彼女がどれぐらい我慢をできるか、これにかかっているけど多分、いままでの距離感でいたらすぐに爆発となって終わってしまいそうだった。
そうしたら寿哉と彼女との関係を一気に失うことになるわけで、そのときがきたらとてつもなくつまらない毎日なるということは容易に想像することができる。
「文緒ちゃんがだよ?」
「私っ?」
何故ここで私の話になるのか……。
「そりゃそうでしょ、私と寿哉君との話だったらこんなことを言わないよ、だって行くって決めているもん」
「そ、そうなのね」
「ということは私がやめると思っていたんだね、文緒ちゃん……?」
「き、来てくれるということならありがたいわ」
これ以上怖い顔を見たくなかったから急いでお弁当を食べて本を開く。
この状態に持ち込んでしまえばこちらの勝ち、そんな風に考えていたからだろうか、あっという間に取られたうえに「こっちを見て」と言われて意識を向けることになった……。
が、意外にももう怒ったような顔にはなっていなくて安心する。
「文緒ちゃん、私もちゃんと言うから文緒ちゃんもちゃんと言ってね」
「ええ、なにかあればだけれど」
「それでいいから、ま、それがなくても話しかけてくれると嬉しいよ」
「なら……近所にスーパーがあるでしょう? そこでね、面白い商品を見つけたの」
普段は小さいのにその日だけとても大きかった、値段もビッグ……だったけれど。
仮に私が両親とあの家に住んでいたらそれでも買っていた、お母さんはしょっぱいお菓子が特に好きだから余ってしまうなんてこともない。
「美味しい!」と若い子みたいなところを晒している母を私と父は笑いながら見ているのだ、笑いの種類もいい方であれば雰囲気はいいものになる。
「面白い商品……なんだろう?」
「それはね――」
「詩榛ー!」
「きゃあ!?」「うわあ!?」
大声と大きな音で冗談でもなんでもなく飛び上がることになった、ゲームみたいなジャンプ力がなくてよかったと言える一件だ。
「あ、悪い、ちょっと入りにくかったから勢いでなんとかしたいだけだったんだ」
「もうっ」「こらっ」
「はは……悪い」
よかった点はこうして二人が仲良く話しているところをまた見られたということだ。
いやまあ、少し大袈裟なことは言われなくてもわかっている、上手くいけばいまよりももっと親密になることを考えると尚更そうだけどわかってもらいたい。
「文緒、さっき言っていた面白い商品ってでかい菓子のパックだろ? この前見たぜ」
「買ったの?」
「いや、あれで高いエネルギーを摂取するのは違うからな」
「そうなのね」
知っている味だからわからなくて残念ということもない。
そのため、引っかかり続けるようなことではなかった。
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