06話
「もうすぐクリスマスだな」
「今年はどうするの? 二人で過ごしたいということなら私は参加するのをやめるけれど」
「いやそんなのはいらない、来年はわからないが今年は四人で過ごそう」
「ということは先輩も――」
「はは、そこですぐに先輩が~となる辺りが文緒も染まってきたな」
先輩以外の人を連れてこられても困ってしまうからだけれど……。
「寧ろ文緒の方にそういうのはないのか?」
「まだないわね」
「そうか、仮になにか出てきたら教えてくれ」
「ええ、詩榛には言うのにあなたに言わないのもおかしいから」
その詩榛がこの前の彼みたいに来ていなかった、知らない男の子によくない理由で絡まれていなければいいけどと内で呟く。
「今日の放課後にクリスマスプレゼントでも買いに行くか」
「当日近くだと混むでしょうからその方がいいわね」
ただ、そうでなくてもこれまでも悩むことになっていたのにこの状態だともっと悩むことになりそうだった。
どこら辺までが大丈夫なのかわからない、詩榛に聞いたところであの子が、ではなく、付き合っている状態でなければ〇〇はやめてなども言いづらいだろう。
「さてと、じゃあ文緒に言いたいことも言い終えたから詩榛でも連れてくるか」
「こっちのことは気にしなくていいわよ、詩榛といたいなら二人で過ごしなさい」
空いた時間にこっちは考えておかなければならない、そうしなければ彼らにもお店の人にも迷惑をかけることになってしまう。
勝手に悪い方に考えて一人で自滅……ということならまだ、そう、まだいいものの、巻き込んでしまうのは避けたかった。
「いや、そこにいるんだよ、ほら」
「え……? あ……」
頭以外の場所を扉で隠しつつこちらを見てきていた。
正直、他に誰もいない教室でされなくてよかったと心の底からそう思った、一人だったら気づいた瞬間に倒れていた自信がある。
「昨日からあんな感じなんだ、好きだって言ったら変わってな」
「あなたのせいということよね……」
「そうかもな、はっはっはっ」
笑いごとではない、が、このままだと前に進めないから連れてきた。
「……文緒ちゃん、この子をどこかにやって」
「なんでだよ」
「だって急に積極的なんだもん、君のせいで授業に集中できなくて困っているんですけどっ」
「大丈夫だ、わからないところがあったら俺に任せろ」
脳筋などと言っていたくせに勉強に関しては勝てたことがなかった、……思い出したらむかついてきたけど単に努力が足りないと言われて負けるからやめておく。
あと、思い出したと言えばやはりあのときの考えが間違っていなかったということだ、私と詩榛のどちらもそういう目で見たくないと言っていたくせにこれだ。
はぁ、これなら真っすぐに私をそういう目で見られないと言われた方がよかった、乙女心に高ダメージだ。
「うわーん! 無害な先輩が相手で文緒ちゃんが羨ましいよー!」
「お、俺も無害だぞ、その証拠に悪く言ったりしないだろ? ちゃんとルールも守っている!」
「私に対してだけはルールを守れていないよね、一つ目は急にぐいぐい踏み込まないことだけど一つ目から駄目なんだよ」
「無茶言うなよ、もういままでとは違うのに踏み込まないことなんてできない」
本当に無理なら彼女も距離を作っているから茶番みたいなものだ。
そのため、関係ない部外者は本でも読んでおくことにする、そして今回は休み時間が終わるまで触れられることもなかった。
もう付き合った後のことが容易に想像できてしまった、私はこの二人がいない教室で一人で過ごして学生時代を終えるのだ……。
「宇田さ――」
「はあ……」
「お、大きなため息だね」
「あ、すみません」
なんともタイミングが悪い。
「今日の放課後、クリスマスプレゼントを買いに行くんだよね? 寿哉君に言ったら参加できるということだったから僕も参加したいんだけど……大丈夫?」
「私に聞く必要はないかと、寿哉が言い出したことなので寿哉が大丈夫ならそれでいいと思いますよ」
「でもほら、一応確認をしておいた方がいいかなって」
「それなら全く問題ありません、寧ろ先輩がいてくれるならありがたいですよ」
「よかった、ならまた放課後によろしくね」
今回は珍しくすぐに戻っていったのを見て止めたくなる気持ちがわかった気がした。
求められればだけどすぐに帰ろうとしないようにしようと決める、あれは自分がやられた際にいい気持ちにはならないから直さなければ駄目だ。
とはいえ、先輩にだってしたいことがあるだろうから悪いとも言えない、というか、悪いのはあの二人以外のお友達がいない私の方だ。
ただ、まだ一年の十二月というところであっても、いやだからこそかもしれない、一人で動くのは怖かった。
マイナス方向のことをあまり考えないようにすることでなんとかするしかなかった。
「あ」
「ケーキか、大きいのは無理だけどクリスマスは小さいのを買うのもいいかもしれないね」
毎年必ず寿哉と過ごしていたわけではなかったのと、実家にいたときは必ずケーキを食べていたから意識を持っていかれたことになる。
「そうですね、それに大きいのは値段もエネルギーも……はい」
「一年に一回ぐらいならいいんじゃないかな」
「私、それでもう何回か自分に甘い選択をしているんですよ」
たまにだから、期間限定だから、そう言い訳をして甘いお菓子や食べ物を……。
「でもほら、生きているならどこかでは頑張っているわけだからさ、いいんじゃないかな」
「や、やめてください、詩榛を呼びますよ」
「なんでっ!?」
悪魔の囁きだ、それにもうお金を使った後だからこれ以上の無駄遣いはできない。
ちなみに購入した物は既に二人に渡しておいた、同じように考えて選んだのに先輩へのそれは渡せていないけれど。
「え、えっとさ、ちょっと厚かましいけど最後に選んでいたあれって……」
「弟にです」
弟どころか姉も妹もいない、でも、出てきてしまったのだから仕方がないのだ。
それと今回も時間差攻撃を仕掛けてきた、異性を慌てさせて楽しむような人でなければいいけどどうなのだろうか。
「あ、そうなんだ、……そうなのか……」
「……違いますよ、ただ恥ずかしかったので渡せていなかっただけです」
……そのまま渡しておいた方が間違いなくよかったと考えてももう遅い。
「そっかっ」
「……なんでそれだけでそんなに嬉しそうな顔をするんですか?」
適当ではないけどレベルが高い物というわけでもない。
まあ、もう既に見られてしまっているから大丈夫なのかどうかで不安になってしまうこともないけれど……。
「なんでって言われても……自分にもあるって考えれば基本的にこんなものだと思うけど」
「ふーん」
「えぇ……なんか冷たいね」
「別にそういうのはないですよ、ほら、二人と離れてしまうので行きましょう」
私はほとんど知らない相手からなにかを貰えても嬉しさよりも申し訳なさや不安が勝つ。
なら何故そのほとんど知らない先輩のためになにかを選んだのかと問われれば……。
「文緒、これからどうする?」
「あなたはどうしたいの?」
ここは丁度別れることになる場所だった、つまりもうそれぞれの自宅近くまで戻ってきたということだ。
多分、こちらにどうすると聞いてきたのは誘った側だからだと思う、そうでもなければ「また明日な!」と元気よく挨拶をして帰っていたことだろう。
「俺はこうして目標も達成できたから解散でもいいかなって、誘っておきながらあれだが」
「それならそうしましょう、詩榛だってあなたと二人で過ごしたいという顔をしているわ」
「詩榛は……むしゃむしゃ菓子を食べているだけだぞ」
「お菓子欲が収まったらそうなるのよ、それではまた明日ね」
私達がそういう雰囲気にしてしまっているのかもしれないものの、こういう場面になると先輩が黙ってしまうということが気になった。
「先輩はどうするんですか?」
「どうしようかな」
「今回は残ってくれるんですね」
いけないいけない、つい余計なことを言ってしまう。
先輩が優しいからという理由で調子に乗っているとすぐに痛い目を見ることになる、自分が決めたことを守るためにもしっかり問題のないラインを見極めなければならない。
「ん?」
「いえ、それよりプレゼント、本にしておくべきでしたね」
選ぶつもりもなかったのに一緒に来ていたメンバーに言われて選ぶことになったなどということでもないのに、また、本人が同じ場所にいてくれたのにそのままの流れで選んでしまったことを早くも後悔している。
どうせ渡すなら喜んでもらいたい、このままではまた先輩の内側の部分に甘えることになってしまう。
「本か、だけど言ってしまえば物は関係ないんだよ」
「つまり、誰かが自分のためになにかを用意してくれたら嬉しい、ということですよね?」
「そうだね」
だけどそれだけではこちらが満足できない。
「あの、なにかしたいことがあるならわがままを言ってください、勝手にこちらがやらかしてしまっているだけですけど不公平……です」
「まだ帰ってほしくないとか言っちゃっているけど……」
「それはわがままには該当しません、さあ、早く言ってください」
なにか損なことがあるわけでもない、これが終われば暖かいお家に帰ることができるのだ。
抵抗をすればするほど損ということになる、一つ年上の先輩ならわかっているはずだ。
「なら……冬休みも集まりたいかな」
「え、いますぐに叶えられることの方がよかったです」
お休みの日が長ければ長いほど、気が付いたら終わっていた、などということになりかねないし、先伸ばしにするとそれ自体がなかったことにされてしまいそうだから避けたかった。
ただ、自分のことしか考えていないのも確かだからそういうところを見られてしまっているということなのかもしれない、そう上手くはいかないのだと教えてくれているのかもしれない。
「いまは特にないから、だってこうして宇田さんがいてくれているからさ」
「あ、そうやってなかったことにしようとしていませんか?」
「いや、……相手をしてもらいたいからなかったことにはできないかな」
「わかりました」
幸い、お家の場所は知っているから突撃することができる。
勢いで行動をして恥ずかしくなるよりも行動をしないで恥ずかしいよりはいいから動く。
先延ばしにしてしまったことを後悔してももう遅い、などという風には考えないけどそうした分、私がやる気を出してしまうわけだから文句を言われても受け入れるつもりはなかった。
「ということがあったわね」
「つまり先輩は二人きりで過ごしたいということだよね、うーん青春だ」
「冬休みに一人でいたくないだけとも見えるわ」
「いやいや、それなら寿哉君でもいいわけじゃない? でも、結果はこれなんだからさ」
いいわけじゃない……って、彼女がそれでいいのかと言いたくなる件だった。
約束をしたからちゃんと教えたけど、彼女達の方はちゃんと進んでいるのだろうか。
もちろん、なにができるというわけではないし、求められてもいないのに動こうとすればエゴでしかないのも変わらないから黙っておくけれど。
「あ、そうだ、見てよこれ」
「寿哉とのツーショットね、あなたも寿哉も楽しそうでいいわね」
「だけどここをズームすると……はい、私にしつこく絡んできている男の子がいるんです」
「だ、大丈夫なの?」
というか、屋内ではないことはわかっていたけどわざわざ外で撮らなくても――なんてのはよくて、とりあえずはこちらだ。
「どうだろう、寿哉君とのこともあって最近は一緒に過ごさないようにしているからうっかり爆発……なんてことになる可能性も、ひえぇ~」
「ふざけている場合ではないわよ、考えている以上のことをしてくる可能性だってあるのだからしっかりしないと」
こ、これは別だから問題ない、それに常に一緒にいられるというわけではないのだからできることはしておかなければならないのだ。
結局、最終的になんとかできるのは自分で、仮に誰かが助けてくれたとしてもそれはたまたま助かっただけでしかない。
「でも、できることってなにもなくない?」
「はっきり言ってしまうのもときには逆効果になったりするのよね」
「ま、もう寿哉君とのそれは確定しているようなものだから受け入れられないけどね」
「やっぱり……」
普通の対応をしていても必要以上に悪く捉えて変なことをする人間はいる。
学校が別でたまたまお店で~ということならまだなんとかなりそうなものの、同じ学校で、そしてどれぐらいの頻度でかはわからないけど一緒に過ごしてきたことが問題だ。
「別に隠していたわけじゃないよ? ただ、言っても困らせてしまうだけだから」
「ちゃんと言うって言ってくれたでしょう?」
「だから言っているよね?」
「……ずるいわよそんなの」
「ふひひ、ちゃんと宣言をしてからは守っているから私は悪くないね~」
それでも、そうやってわかっているのに動かないという選択はできなかった。
恋の件とは別と言い聞かせてまず先輩のところへ、寄り道もせずにすぐに目的の人物のことを聞き出して教室に向かう。
「ちょっといい?」
「え……? あ、はい」
教室でやるのも違うからと廊下に連れ出してある程度のところで足を止める。
「栗城さんのお友達ですよね? その人が僕になんの用ですか?」
「私が勝手に動いているだけだから勘違いをしないでほしいけど、しつこく――」
「ああ、モデルになってほしかったんですよ」
さ、遮ってきたし、
「も、モデル?」
よくわからない単語が出てきた。
「はい。僕、絵を描くのが好きなんです、でも、どうしても自分が暗いせいかついつい暗い内容になってしまっていてせめて明るくしたくてまずはお母さんに頼んでみたんですけど」
「そ、それで……?」
「それでもやっぱり駄目で、それならと友達の明るい栗城さんに頼んでみたんです」
ここはちゃんと繋がっているのだろうか? 彼と詩榛は友達で、それから絵のモデルになってほしいと頼んだ、というところまでが合っているなら……いや、まだわからないか。
「断られてしまって何回も頼んでいるということよね?」
「一回、受け入れてくれたんですよ、それで僕も機会を無駄にしないようにと頑張ったら過去一番と言っていいぐらいには明るい絵に仕上がったんです」
「つまり、それでまだまだ求めてしまっているということよね?」
片方の意見だけを聞いて明らかに態度を変えてしまっていることになるから微妙だった。
「いえ、それからは上手くいっているので特には……って、お友達さんが来たってことはなんか誤解……されている感じですか?」
「おかしいわね……詩榛は――んー!」
「まあまあまあ! はいこれで解決ね!」
心臓に悪い。
とりあえず腕を優しく叩いて離してもらう、普通になにも装着せずに呼吸をできるということが幸せだと感じた。
「あ、栗城さん」
「にゃ、にゃにっ?」
「この前は本当にありがとうございました、と言っても十月のことですけど」
「はぁ、いや、寧ろごめん」
謝ったということは……。
「え? なんで栗城さんが謝るんですか?」
「実は――」
まあ、勝手にしつこく絡んでいる扱いをされていた彼は可哀想だから当然のことなのかもしれない、ということでごめんなさいとちゃんと謝っておいた。
「今度、大城君を描きたいのでそのことを言っておいてくれませんか?」
「わかったわ、本当にごめんなさい」
「はは、こうして解決したならそれでいいですよ」
少しでもそうでなくても大変な男の子と遭遇したことがないから奇跡みたいなものだった。
が、それはともかく今回も失敗をしてしまったので固まっている詩榛に構っている余裕がなくて歩き始めた、誰もいない静かな場所に行かなければならない。
「よう」
「しつこく絡んでいたという事実はなかったみたいよ」
「そうなのか? でも、また詩榛が適当に隠しているだけの可能性も……」
「ないわよ、少なくともあなたが相手のときならもう隠すことはないわ」
盗み聞きをされていなくてよかったと考えるしかなかった、仮にどちらにしても変わっていなかったとしてもだ。
「ならそれはそれとして、なんでそんなに元気がないんだ?」
「いつものあれが発症しただけよ」
こちらは問題ない、あの子の側にいてあげてほしかった。
そのため、これ以上広げることはしないで終わらせておいたのだった。
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