02話

「復活だ」

「それはいいことだけど外で待っているのはやめなさいよ」


 冷めた目で見てみてもいい笑みを浮かべつつ「だって昨日来てくれただろ? ありがたかったから改めて礼を言おうと思ってな」と彼の調子は変わらなかった。

 元気でいいけどまた弱ってしまうかもしれないからやめてほしかった、風邪で寝込めばそれこそ筋力不足に繋がるのだから自分のためにもならない。


「学校で待っていればよかったじゃない」

「おっと、それ以上は無駄だぞ、なにを言われても俺がこうすることは変わらなかった」

「はぁ、わかったから行きましょう?」

「おう!」


 でも、こうして制服を着て近くにいてくれると安心できるな、と。

 ただ、私はまだまだ栗城さんのアレを嘘だと思っているから一緒にいすぎるのも問題となる。


「おはよ――」

「おい詩榛、なんで昨日は来てくれなかったんだ?」


 自分が風邪を引いたときになんで来てくれなかったのかなどと言えるような勇気はなかった、そのため、すごいという感想になった。

 とはいえ、自分の性格的に甘えようとしないで一人でなんとかしようとする可能性も、相手が言ってくれているならと甘えてしまう可能性も高いからできればその機会がなければと考える。

 だって復活したときに恥ずかしくて顔を見られなくなるからだ。


「あー……他の子にしつこく絡まれていてね……」

「嫌な奴なのか? それなら俺がなんとかしてやるぞ」

「大丈夫大丈夫、多分昨日ので片付いたと思うから。ちょっと宇田さんと話したいから……いいかな?」

「おう、じゃあ終わったら呼んでくれ、ここで耳を塞いでいるから」


 別にいいのに、彼女だって彼に聞かれたくないことを言うわけではないだろう。

 意識を向けると「あのね、卵焼きを作ってみたから今日のお昼休みに食べてみてほしいの」という内容だった。

 もう彼女の実力はわかっているから不安になることもない、塩と砂糖を間違えるなどというベタなそれをかましても卵焼きなら問題ないというのも大きかった。


「練習して上手に作れるようになったら寿哉君に食べてもらう」

「もう大丈夫だと思うけれど」

「まだ駄目、だから毒見……というわけではないけど宇田さんがお願いね」

「わかったわ」


 どんな形であれ、自分ではない誰かが作ってくれた食べ物を食べられるというのはよかった、いまは一人だからこの考えが強く存在している。

 内容はそれだけみたいだったから律儀に耳を塞いで蹲っている寿哉の肩に触れると「終わったようだな」と言って立ち上がった、やはり身長は変わらないけど存在感のある子だった。


「詩榛、文緒、今日の放課後は予定とかないか?」

「ないわ」「ないよ」

「ならなにか食べに行こうぜ」

「私はいいよー」


 どうするべきかと悩んでしまった。

 楽でいい、二人と食べられたら楽しめるのも確かだ、だけどお金を使うことになってしまう。


「おーい?」

「私は――」

「宇田さんも行くよ!」


 なっ……って、別にいいけどこういうのはちょっとねと引っかかる自分もいる。


「栗城さん……」

「ま、まあまあ、そんなに怖い顔をしないでよ。それになにもお高いお店に行くというわけじゃないんだからさ!」

「なんで遮ったうえに早口なのかがわからないが、とにかく参加ということでいいよな? じゃあ放課後はよろしくな」


 というわけでそういうことになった。

 友達がやってきて寿哉は離れたため、栗城さんの腕を掴んで違うところに移動、もちろん遠くまで行く意味もないからすぐに離したけど「積極的だー」と巻き込んでくれた彼女は関係ないとばかりに楽しそうだった。


「二人きりでは駄目だったの?」

「駄目だよ、だって寿哉君は明らかに宇田さんを誘うつもりだったじゃん」

「そうだけど、まだ気になるのよ」

「えーまだ疑っているってこと? いまは本当に特別な感情とかないって!」


 あれからちくりと言葉で刺してくることもなくなったから全てが嘘だと思っているわけではない、でも、簡単に受け入れられるようなことでもないのだ。

 女の子が相手なら男の子が相手のときよりも気を付けて行動しなければならないのだ、これは適当に言っているわけではなくて彼女とは別件で嫌なことに巻き込まれたことがあったからだった、それに男の子とはいっても寿哉としか関わっていないからなにも起こりようがないというのもある。


「栗城さん、向こうまで大声が聞こえてきたよ」

「あっ、すみません」

「なにかあったの?」

「いえ、特には。それじゃあ私はこれで失礼します」


 これは露骨というかなんというか、先輩が現れた瞬間に変えすぎだ。

 先輩も不安になってしまったのか「僕、嫌われているのかな」などと呟いて悲しそうな顔をしている、私がやられても同じようなことを吐きたくなるからやめてあげてほしかった。


「宇田さんはなにかわかるかな?」

「たまたまですよ」

「たまたまか、そうならいいんだけど」


 仮にわかっていても言うことはできないからどうしようもなかった。

 でも、気にしすぎる必要もないとかわりに言っておいた。




「今更言うのはずるいんだけど僕もいて大丈夫だった?」

「え? あ、はい」


 今更もなにもいま集まったばかりだし、先輩がメンバーに含まれていても全く構わなかった。

 そもそも寿哉と先輩を見れば誘ったことが普通にわかる、なにを気にしているのかがわからなかった。


「ごめんね、基本的に誘ってもらえて予定がなければ受け入れるタイプだからさ」

「気にしないでください」


 というわけで出発だ、お店は色々見てみて決めるらしいのでなんだかんだ言いつつもわくわくしている自分がいる。


「あのさ、そういえばまだ自己紹介をしていなかったよね?」

「はい」

「だよね、えっと、僕は――」

「無理やり参加させたから気分が乗らないのかもしれないけど早く行こう!」

「ちょ、押さないでちょうだい」


 すぐにどこかに行ったり、こちらを離そうとしたり忙しい。


「文句なら後で聞くからはい、行きましょうね~」

「ちょ、ちょっと……」


 寿哉に「どうしたんだ?」と話しかけられてもスルーするぐらいの徹底ぶり、私のことが好きなのか嫌いなのかよくわからなくなってくる。

 でも、流石にお店に入れば落ち着いてくれるだろうと期待をして学校から一番近い飲食店はどうかと言ってみたら「いいぞ」と寿哉が受け入れてくれてよかった。

 そして期待通り、お店では静かになってくれたので安心できたことになる。


「私はここ、宇田さんは横ね」

「ええ」

「さ、なににする?」


 いや、落ち着いてくれれば私にも優しくしてくれるいい子だということがよくわかる、そういうのもあってあまり疑いたくないのにまだ駄目だと言える。

 私が面倒くさいのもあるし、まだまだ彼女のことを知ることができていないというのが主なそれだった。


「それなら焼き魚定食で」

「はーい、私はどうしようかな~」

「ふふ、親戚の女の子みたいで可愛いわ」


 一年に一回しか会えないのにいまので会いたくなってしまった。

 そういうつもりはなくても常に彼女からは試されているということだ、それで私は失敗を重ねていることになる。


「ねえ、もしかして私、子ども扱いされている感じかな?」

「えっ? ち、違うわよ、楽しそうに選ぶ子がいるから……」

「詩榛、面倒くさい絡み方をするなよ」

「いやいや、内で考えるのはいいけど口にしたら駄目なんだよ」

「別に馬鹿にしているわけじゃないだろ」


 言い争いになってほしくないから止めて先輩に意識を向けると何故かははは……と乾いた笑みを浮かべられてしまった。

 そういえば当たり前のように自己紹介を聞かずにここに来てしまったことを思い出した私はすみませんと謝罪、ただ、ここで謝罪なんかをすれば当たり前のように謝らなくていいと言われてしまうわけで、私は短時間で失敗を重ねることになった。

 それでも寿哉が前に進めてくれて助かった、ついでに注文も済ませてくれたから少しの間、待っていればいい、そうすれば美味しい料理が食べられるのだ。

 運ばれてきてからもそう、とにかく緩いから最後まで嫌な気分になることはなかった、全てではなくても彼のおかげだ。


「ありがとう」

「ん? ああ、いいってことよ」


 全部言わなくてもわかってくれるのもいいところだった。


「じゃ、これで解散にするか」

「そうね」


 高額というわけではなかったにしてもお金を消費したことには変わらない、違うところに行こうと言われなくてほっとした。


「ささっ、宇田さんのお家に行こうっ」

「どうして?」


 お腹もいっぱいになって寿哉だってフリーとなれば幼馴染なら一緒にいようとするところではないだろうか。

 と言うより、最近はこちらのところに来てばかりで少し心配になっているのだ、今日いきなり寿哉が誘ってきたのもそういうところからきている気がする。

 簡単に好きになったりするような人間ではなくても私としては勘違いをしてしまわないように彼が他の異性と仲良くしてくれている方がよかった、そして幼馴染という肩書があって安定して一緒にいられる彼女がいて安心できていたのにこれだ。


「はぁ、お昼に小さい声で『苦いわ』って言ったこと、忘れていないから」

「い、一部分だけよ? 他の部分は普通に食べられたわ」

「はい駄目、今日は美味しいって言うまで付き合ってもらうんだからっ」


 なんとか挨拶をすることができたけど二人と距離ができていく。

 悔しいという気持ち以外にもある気がした、でも、まだ言ってもらえるような仲ではないのもあって諦めて受け入れた。


「明日のお弁当、私が作るから」

「えっ?」

「何回も聞き直しているけど宇田さんって難聴なの?」

「はぁ……わかったわよ」


 横でしっかり見ておこうと決めた。

 結局、自分で作ることになりそうだからというのが大きかった。




「さ、さあ、今度こそ自己紹介をさせてもらうね」

「は、はい」


 今朝から毎回邪魔をされ続けた結果がこれだ、栗城さんは先輩が嫌いなのだと断言してしまってもいいと思う。


作間泉さくまいずみって名前なんだ、よろしくね」

「よろしくお願いします」


 やっと名字を聞けた、どうなるというわけではないけどすっきりした。

 ついでに一緒に帰ろうということだったので荷物を持って教室及び学校をあとにする、久しぶりに栗城さんと帰らない日となった。


「栗城さんは幼馴染だけど宇田さんは違うんだよね?」

「はい、それでも長く一緒にいられているので本当にありがたいです」

「それは寿哉君が頑張っているのもあるし、宇田さんが優しいからでもあるよね」

「そうでしょうか」


 そう……なのだろうか?

 私はあくまで向こうが頑張ってくれているからなんとかなっているという考えでいるからわからない、というか、仮にそういう考え方をしていなくてもあの子ではないからわからないと言った方が正しいか。

 相手の心が読めたら不安にならなくて済むのにと考えることもあるものの、そうしたらマイナス方向のことを全て受けきらなければならないから読めなくてよかったと片付けるまでがワンセットだった。


「そうだよ、こんなことを言いたくはないけどマイナスな要素が多いと人は一緒にいたくないと思っちゃうからね」

「先輩でもそうなんですか?」

「残念ながらね、聖人というわけじゃないからさ」


 偉ぶるつもりはないけど他者に対してそういう考えになったことはなかった。

 でも、たまたま恵まれていただけだと思う、死ぬまでに出会うと思う。

 そもそもの話として、常に一緒にいてくれたのは信用できている寿哉だし、それ以外では必要最低限の会話しかしていなかったのだから当たり前だという見方もできてしまうわけだ。

 先輩はそうではなかったから色々と見ることになったというだけのこと、別に私がどうこうとか言えることではなかった、いや、それどころかごく狭い範囲で満足してしまっている私よりもよかった。


「それでそことは全く繋がっていなくて悪いんだけど、宇田さんに友達になってほしいんだ」

「いいですよ?」


 ここまで頑張って自己紹介だってしてくれたのに友達にはなれなくていいということなら悲しかった、だから先輩はこの時点で私のために動いてくれたことになる。

 前にも同じようなことを考えたかもしれないけど私と関わってくれる人はみんなこうだ、あの栗城さんだって普段通りでいられているときはそうなのだからこちらも返していきたいという気持ちになる、一緒にどこかに行くぐらいならこちらにもできるから気軽に誘ってほしかった。


「い、いいの?」

「はい」

「ありがとう!」


 今回は柔らかいと言うよりも嬉しそうなそれが強かった。

 私と友達になれたぐらいでと可愛くない私が出てきそうになるものの、そこをなんとか抑えて別のことを出していくことにする。


「私、先輩の笑顔が好きなんです」

「うぇっ!?」

「柔らかいので」


 あとあれだ、私と関わってくれる人はみんなオーバーリアクションを好むというのも共通していた。

 笑顔が好きとか、〇〇がいいとか友達なら言うようにしている、なので、友達になったばかりなどは関係ないのだ。

 とはいえ、自分が他者にどれぐらいの影響を与えられるのかは相手とシチュエーションによる、今回は固まってしまったから歩くこともできずに復活してくれるのを待つことになった。


「ふぅ、宇田さんがどういう子なのかが少しわかった気がするよ」

「そうですか」

「うん、さて、今日は目標も達成できたからこれで帰るね、付き合ってくれてありがとう」

「はい、それならこれで失礼します」


 今日は珍しく失敗をしないで家に帰れるということでテンションが上がっていた、だけどそんなところを真顔の寿哉に見られてしまったことになる。


「お、おーい?」

「……恥ずかしすぎて穴を掘りたくなってきたわ」

「楽しそうだったぞ」

「触れないでちょうだい……」

「それよりだ、ちょっと聞いてもらいたい話があるんだよ」


 あっという間に切り替えられてしまうのもそれはそれで気になってしまうということがわかった、などと面倒くさいところを晒しつつも家に上がってもらって話を聞くことにした。


「これなんだけどさ」

「これは……ラブレターね」


 回数はそうでもなくても彼は異性にモテるタイプだった、なので彼が貰っていてもえー!? などと驚くことはない。


「だよな、文字もほら、女子の字って感じがするだろ?」

「それでどうして寿哉は来たの?」

「俺、言っていなかったと思うけど昔、悪戯でこんな物を入れられてな」

「そうなのね、そんなことをしてもなにも楽しくないでしょうに……」

「でも、違うってことなんだろ……って、それで今回もつい疑ってしまってな」


 彼は腕を組んでから「どうしたらいいと思う?」と聞いてきた。

 真剣に気持ちが込められた物であったのであれば読んであげなければ、会いたいということならそこに行ってあげなければ可哀想だ、でも、彼が言っていたように悪戯で~という可能性だってあるわけで……。


「中身を見てみたんだけど今日、体育館裏に来てほしいということだったんだ。だから頼む、隠れながら見ていてくれないか」

「えー……っと」

「頼むよ、別に最後まで付き合ってくれって言っているわけじゃない、大丈夫そうなら途中で帰ってくれればいいから!」

「わ、わかったわよ、いつもお世話になっているから行くわ」

「ありがとな! んん! よし、行こう」


 どうか悪戯ではありませんように、行ってみたら栗城さんがいてくれますように。

 別々のクラスとはいえ、最近の彼に近づいていた異性は栗城さんと私だけだ、どこかで誰かを助けていたとしてもそこから特別な気持ちに、なんてことにはならないだろうからやはり栗城さんだ。

 あ、ちなみにあの子と言えばお弁当の件だけど、特に問題は発生せずに美味しいお弁当を作ってくれた、そのため、作り返したという流れだ。


「行ってくる」

「ええ」


 見える場所に移動してみるとそこには確かに女の子がいた、年上には見えない。

 雰囲気も真剣なままでまず悪戯ではないということにほっとした、ただ、このまま見ているとあの子が可哀想だから離れることにした。

 どちらにしても彼なら上手くやる、寿哉とはそういう男の子だった。

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