03話
「マネージャーをやってくれないかと頼まれただけだった」
「あ、そうなの? まあ、告白をされていてもあなたが簡単に受け入れるとは思わなかったけれど……」
「断っておいた、俺は支えられるタイプじゃないからな」
それはともかく、中途半端になってしまうぐらいなら受け入れない方がよかった。
用があるにしてもないにしても放課後になったらすぐに帰ることができるというのは大きい、そういうことがしたいのであれば既に部活関連のことで動いているだろうし、なにより彼の場合は選手として活躍したいだろうからこの結果は変わらなかったということだ。
「で、だ、俺の件は解決したからいいとして、昨日、先輩と一緒に帰った後に楽しそうだったけどなにかあったのか?」
「な、なんで一緒に帰ったってわかるのよ?」
「勘だ」
改めて触れてくるなんて意地が悪い男の子だ。
そのことについては忘れてもらいたかった、普段、そういうところを見られなくて済んでいるからこそダメージが大きいのだ。
「ならなにがあったのかもその勘とやらでなんとかすればいいじゃない」
「いいから言え、言わないとこの手を離さないぞ」
「SHRの時間まではいいわよ?」
「普通に付き合おうとするなよ……」
いやだってこの状態でも本は読めるから問題はないわけで、ああ、だけどわかりやすくしゅんとなってしまったから吐いておいた。
よく考えてみなくてもただ先輩と友達になれたというだけのことだ、隠そうとしたことこそ恥ずかしいことなのかもしれない。
「おお、先輩と友達になれただけであそこまで嬉しそうだったということは文緒もついに恋に興味を持ったということか」
「一目惚れとかそういうのではないわよ?」
「まあ、最初はそんなものだって、そうかそうか、少し早いが春がきたな」
確かに彼の発言通り、栗城さんがやってきた。
肩に手を置いて笑ってみせると「どうしたの?」と真顔で聞き返されたので説明をする、すると「やめておいた方がいいって」とまた止められてしまった。
「なあ詩榛、まさか先輩のことが嫌いなのか?」
「嫌いじゃないけどなんかやだ」
「なんだよその曖昧な理由は」
「だってやなんだもん、寿哉や宇田さんがデレデレしているところを見たくない」
彼だけならともかくとして、こちらも含まれていることが意外だった。
ちゃんと関わるようになってから気に入ってくれているということだろうか? もしそうなのだとしたら嬉しいし、私が誰かに対してデレデレすることは当分の間はこないだろうから安心してもらいたい。
というか、そんなときがくれば私自身が驚いてしまうというわけだ。
「そんなこと言ったらクラスの男子に詩榛はヘラヘラしているだろ?」
「そりゃ、ずっと真顔ではいられないよ、楽しくなくても合わせて笑わなければならないときというのがあるの」
この二人といるときにそういうことを求められるような仲ではなくてよかったと心からそう思った。
それからはやいのやいのと盛り上がり始めてしまったから邪魔をせすることもせずに読書を始める、学校に対するソレをなんとかするためにはこれをするのが一番だ。
「お、みんな揃っているね」
「うげ」
「ちょ、流石にその反応は傷つくよ」
意識せずにこれをしているのだとしたら彼女の感想は怖い子、ということになる。
私は絶対にこんな対応をされたくないし、怖いから目の前でやるのはやめてもらいたかった。
「すみません、だけど先輩とは違うことについて吐いただけなので誤解しないでください」
「そ、そっか」
「はい、あっ、クラスの子に呼ばれている気がするのでこれで失礼しまーす」
栗城さんが教室から出ていくところを目で追って、それから前に意識を戻すと難しい顔で腕を組んでいる彼がいた。
「好きだからこそ素直になれないんじゃね?」
「ふふ、あなたって意外と恋愛脳よね」
「あの男子、絶対にあの女子のことが好きだよな」や「いまめっちゃ見てた、珍しく女子から猛アピールか」と最近も盛り上がっていたぐらいだから適当に言っているわけではない、そう言いたくなる理由が確かにあるのだ。
「違う、俺は脳筋だ」
「それ、いい言葉ではないわよね……」
それでも彼は変わることなく「脳筋だ」と再び重ねてきた。
「はは、二人は僕がいるところでも普段通りでいてくれて助かるよ」
「これが俺ですから」
「あ、私も特に意識をしているわけでは……」
「いやいや、ありがとう」
正直、こんなことでお礼を言われても困るけど悪い気にはならなかった。
それで脳筋君はいまので満足できたみたいで戻っていった、先輩は戻ろうとせずに見ているだけだった。
「戻らなくて大丈夫なんですか?」
「宇田さんさえよければ放課後に付き合ってもらいたいんだけど、大丈夫?」
「お金をあまり使わなくて済むなら大丈夫ですよ」
「大丈夫大丈夫、それなら放課後によろしくね」
「はい」
どこに行くのかが全くわからなかったため、悪いことに繋がらなければいいと片付けて読書を始めたのだった。
「ここだよ」
「本が沢山ありますね」
「うん、ここは知らなかった?」
「はい」
「ま、よほどの理由がない限りは新品の本が買えるお店に行くよね」
どうやら新品はお財布に厳しいということでここで集めているみたいだった。
どんな形であれ本を読むという好意を楽しんでくれる人が増えればいいと考えている自分にとって、こちらのことを意識したわけではないにしても嬉しかった。
それに単純にどんな本があるのか興味がある、だからわくわくしながら入ったのまではよかったのだけれど……。
「私にはレベルが高い本ばかりだわ……」
そう、本を読んでいるけど文学少女のようにお堅い内容の物を好むというわけではない、レベルが違いすぎてあ、いいですとなってしまったのだ。
あとは単純に値段がそれなりにするのもあった、仮に欲しい物があった場合には無理をしてしまいそうだから急いで出てきたことになる。
「あ、いた」
「すみません」
「え、謝らなくていいよ」
「先輩は……あ、買ってきたんですね」
「うん、これ、前から読みたいと思っていたからまだあってよかったよ」
そうか、別に最近始めたわけではなくて元々レベルが高い人だったのだ。
なんか恥ずかしい……って、最近は恥ずかしくないときがないような気がした。
そのため、挨拶をして解散にしようとしたものの、
「ま、まだ付き合ってほしいな」
わかりやすく表情で揺さぶってきてうぐっとなった、ただ、効果はあった。
人と上手くやれる人はこういう能力も高いのだと知る、それと同時に私には無理だというそれが強く存在している。
「コーヒーでも飲みに行かない? お金が厳しいということなら払うからさ」
「コーヒー……ですか」
「もしかして紅茶の方が好きだったりする?」
「いえ、結構値段がしますよね?」
「うーん……しないとも言えないね」
いやいい、別に特別嫌だというわけではないのだから受け入れよう。
逆に言えば、これを断ってしまうと誘ってくれなくなりそうだから怖いというのもあった。
「すみません、注文をお願いします」
「いいよ、なににする?」
「先輩と同じ飲み物でお願いします」
「わかった」
先払いのお店で持ち帰ることも可能だということもわかっているため、そういうことにしてもらった。
私が付き合えるのはここまでだ、店内でゆっくりしたいということなら寿哉を誘ってほしい。
「寒かったでしょ? でも、温かいコーヒーがあるから大丈夫だね」
「ありがとうございます、あと、私はずっとこんな感じなのでやめるならこのタイミングでやめておいた方がいいと思いますよ」
「ん? いやいや、こっちが無理を言って付き合ってもらっているんだからいいんだよ、それにちゃんと宇田さんは来てくれたんだから」
自分の駄目なところが出たとは思わないけど、多分、この状態が一か月ぐらいは続くことだろう。
あとからやっぱり一緒にいるのをやめたいなどと言われても困るから言わせてもらったものの、効果がないどころか逆効果になってしまった。
「美味しいね」
「はい」
温かくて落ち着く。
「これを飲み終えたら家まで送るよ、流石にこれ以上は迷惑になっちゃうからね」
「気にしなくて大丈夫ですよ、先程は恥ずかしかったので帰ろうとしただけです」
「恥ずかしい? なにかあったっけ?」
昨日からこういうことが続いている、あと、私と関わってくれる人達が敢えて聞いてくる意地悪な――とは自爆だから言うつもりはないものの、また逃げ帰りたくなるような件となってしまった。
「……先輩が最近、読書を始めたものだと思っていたんです。ですが、実際は違って私よりもレベルが高い物を読む人でした」
「レベルとか関係ないよ、僕も宇田さんも本が好き、それでいいんじゃないかな」
「ありがとうございます」
「い、いや、だからありがとうなんて言わなくていいって」
少しもったいないけどすぐに全部飲み干して頭を下げた、それからダッシュでその場をあとにした。
十分以上、相手といるとこうなってしまうということなら九分までに抑える、できるかどうかはわからない、ただ、自分のためにもやるしかない。
「ストーップ!」
「きゃ!?」
「うわあ!?」
走っているときにいきなり目の前に現れればこういうことになる。
「たたた……」
「だ、大丈夫?」
「うん、怪我はな――痛っ」
「お家まで運ぶわ」
ここからそう遠くないし、彼女なら簡単に運ぶことができる、過去に弱ったときに寿哉をお家まで運んだことがあるぐらいなのだから余裕だった。
「それなら宇田さんの家に行きたい、今日は泊まるつもりだったから」
「それでもお家に寄らないと」
「うん、悪いけどお願いね」
あまり言われたくないかもしれないけど自分が痛い思いをするだけだからこれからはこんなことはしないようにと言わさせてもらった、普通に呼びかけてくれれば反応するのだから悪く言ってしまうと無駄な行為だ。
痛めたからなのか大人しく「うん、もうしないよ」と言ってくれて助かった。
「――ということがあったのよ」
「なるほどな、最近、詩榛はおかしいな」
「あなたもよく見ておいてあげてちょうだい、もしかしたらあなたに構ってもらえないからかもしれないわ」
「それは……どうだろうか」
本当のところなんて結局、本人が喋ってくれなければわからないものだ。
でも、だからといってわからないから考えなくてもいいというわけではなくて、と言うより、私がそういう風に片付けたくなかった。
まあ、そんなことを言っておきながらも寿哉や栗城さんとしか関わってきていなかったのだから説得力というのはないけれど。
「日課の筋トレも終わって風呂にも入ったから行っていいか?」
「ええ、栗城さんもあなたと話したいだろうから来てちょうだい」
「よし、じゃあ行くわ」
それなら待っていよう。
本当なら栗城さんとお喋りをしつつ待っておくのが一番だったけど、残念ながらもう寝てしまっているからどうしようもなかった。
「おーい」
「は、早いわ……」
あと時間的にも外から声をかけるのはやめてほしかったりもする。
「いらっしゃい」
「おう……って、やけに静かだなと思ったら寝ていたのか」
「ええ、多分、私が先輩と行動している間に疲れてしまったのでしょう」
解決した的なことを言っていたものの、実はまだ苦戦している可能性があった。
何故かは聞いたときに「うぇっ?」とこの前の先輩みたいな変な反応だったから、仲がまだまだよくなくて私には無理ということでも彼に対しては素直に甘えられる存在であってほしいところだ。
「放課後に疲れるとか怪しくね?」
「怪しくなんかないわよ、ほら、栗城さんが冷えてしまうから早く閉めて」
「っと、そうだな」
飲み物と食べるかどうかはわからないから個包装のお菓子を出して床に座った。
「詩榛って喋っていないと可愛いよな」
「あなた……」
可愛いなどと言えたのか、元気でいいとか優しくていいなどとは聞いたことがあったものの、これは初めてだった。
「い、いやいやっ、だって本当のこと――ぎゃあ!?」
「ふん、寝ているところに自由にぶつけてくる君が悪いんだよ」
「わ、わかったから離してくれっ」
近くでこれだけ話されればよっぽど疲れている人でもない限り起きるというものだろうから違和感はない。
そしてすぐに二人の世界を構築してくれたからこちらは一人の世界を構築することにした、賑やかな場所だろうが本を読めれば関係ないので気にしなくていい。
「はぁ、文緒って地味に酷いよな、自由にやられているのに放置して読書とは……」
「こら、宇田さんに迷惑をかけない」
「それは詩榛なんじゃないのか?」
「め、迷惑なんかかけていないもん、それどころか『あなたがいてくれて嬉しいわ』とも言ってくれたんだよ?」
本当かと彼が聞いてきたから頷く、やはり誰かといられた方がいいから感謝しかないのだ。
彼は友達が多くいるうえに筋トレ趣味なんかもあるからあまり放課後に過ごせない、放課後になってから少しの間は彼女もそうだけど大体は来てくれるから尚更そういう気持ちが強くなるわけだった。
「でもよ、文緒は先輩といたがっているのにそこを露骨に邪魔をするのはなぁ」
「……だって一人になりたくないんだもん、宇田さんってなんか熱中しすぎてしまいそうで怖くない? だからそうなる前に友達の私が止めてあげるんだよ」
「頼まれてもいないんだったらやめておけ、イケないことをしようとしていたのなら止めなければならないがな」
「寿哉君がそんな感じじゃ困るよ」
そういえば、ではなく、わかりやすく集中できていなかった。
自慢の集中力(笑)もこの程度かと笑いたくなる、でも、友達がいてくれているのに敢えて読書をしなくていいではないかと叫ぶ自分もいるのだ。
そういうのもあってやはり私は先輩よりもレベルが低いのだとわかった、結局、彼や彼女といられる誘惑から読書で逃れられないらしい。
「文緒は……変なところで無理をすることがあるだけで周りが見えなくなるぐらい熱中してしまうことはないぞ」
「変なところで無理をするって例えばどんなとき?」
「風邪を引いたときに素直に甘えないところとか、買い物のときに毎回同じことを言ってくるところとかだな」
「容易に想像できる……」
というか、何故先程からこちらの話になっているのだろうか。
こういうときでもないと自由にできないから~ということなら、いや、それでも違う場所でやってもらいたかった。
これこそ恥ずかしいことだ、それと先輩から逃げてしまったことが今更になって響いてきたことになる。
誘ってもらえなくなるかもしれないからと受け入れたのに逃げ去っていたらなにも意味がないだろう、冗談でもなんでもなく人によってはそこで終わってしまう。
「でも、そうやって一人で頑張ろうとできるところは普通にすごいと思うし、偉いよな」
「矛盾しているじゃん、それこそ寿哉君こそ邪魔をしちゃっているんじゃないの?」
「そうかもな、でも、俺は文緒や詩榛に頼ってもらいたいんだよ、知らない人間からじゃなくてな」
私と彼女の頭を撫でつつ「だからマネージャーの件は断ったんだ、二人からのそれを求めているのに自ら離れていたらアホらしいからさ」と。
「なんか二股をかけている男の子みたい」
「お、おいおい……」
「なんてね、寿哉君ってなにかそういう話はないの?」
彼ではないけどないと答えたいところだった。
そもそも、仮になにかがあったとしたらそれを隠していたことに不満が出る、大事なことの一つも言えない関係なのかと悲しくなるからやめてもらいたかった。
「ないな、筋肉の話なら聞かせてやれ――」
「いいです、ささ、ちょっと冷えるから宇田さんをぎゅー」
「それでいいから休んでちょうだい」
寂しそうな顔で「そうか……」と言っていた彼をスルーして彼女の頭を撫でておくことにした。
これで少しでも気に入ってくれればというソレがある、こうして家に来てくれているぐらいだから少しも効果がないなんてことにはならないと思いたい。
「おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
明日も学校があるからこちらもあまり夜更かしはしていられなかった。
そのため、本なんかを片付けて横に寝転ぶ、お布団をしっかり掛けておけば床で寝ても風邪を引くことはない。
「おーい、なんか俺のことを忘れていないか?」
「あなたの分もあるわ、だけどこれしかないから我慢してちょうだい」
「え、泊まっていいのか?」
「え? 別にいいけれど」
「そ、そうか、なら寝させてもらうかな」
再びおやすみなさいと挨拶をしたら「おやすみっ」と元気よく返してくれた。
これから寝るから話すことはできないというのに幸せな時間だった。
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