08話

「おは――待って待って、なんで閉じようとするの?」

「なんで魅力がなにもない私のところに来るんですか?」


 うざ絡みをしたいわけではないけど仕方がないこともあるのだ。

 冬休みも一緒に過ごしたいと言っていたのもただ一人になりたくないというだけで過ごしてもらえるなら相手は誰でもよかったのだ。

 こうして約束通り、集まれることになったのはいいかもしれないものの、それ以外ではがっかり感が強かった。


「魅力がない……? そんなことはないと思うけど」

「でも、昨日の先輩的にそういうことですよね」

「昨日……えっ、それって……」


 固まっている間に扉及び鍵を閉めて中にこもる。

 多分、味方をしてくれるであろう詩榛に電話をかけようとしたタイミングで「宇田さん開けてっ」とそれなりに大きな声が聞こえてきてまた玄関まで行くことになってしまった。


「……なんですか?」

「い、いや、僕は約束通り宇田さんと過ごすためにこうして来たんだけど」

「いまから詩榛と寿哉を呼びますのであの二人と過ごしてください」


 お付き合いを始めたらその翌日なんかには逆に顔を合わせづらいなんてこともあるかもしれない、そのため、これで役立てればそれでよかった。


「邪魔はしたくないから宇田さんが相手をしてくれるとありがたいんだけどなぁ」

「結局、相手をしてもらえれば誰でもよかったということですよね」

「そんなことはないよ、最近仲良くできている宇田さんだからこそいいんだ」


 はぁ、それなら家にこもっているのも微妙だから歩くことにした。

 もちろん、あくまでこちらは一人で歩いているつもりだ、たまたま近くにいるだけで先輩は全く関係ない。


「もうすぐ今年も終わるね」

「そうですね」


 でも、無視をできるような強さもなくて反応することになった。

 というか、やはり今回のこれもこちらが勝手に拗ねているだけで先輩が悪いというわけではないというのが現実だ。


「僕は解散になった後にいっぱい掃除をしなければならないけど宇田さんはその必要もなさそうだね」

「そうですね」

「こ、こっちを向いてよ」

「はぁ、それならお掃除をするために帰った方がいいですよ」


 大丈夫、多分、いつか、きっと……私のことをそういう目で見てくれる男の子が現れるはずだ、たまたまいまはそういうときではないというだけのことだ。


「そうだ、やる気が出るから宇田さんが見ていてくれないかな? 手伝ってほしいとかそういうことは言わないからお願いっ」

「……それならもう行きましょう」

「ありがとうっ」


 自宅だとやるところも特にないからありがたいぐらいだった。

 そう距離も離れていないからすぐにお掃除は始まった、地味に先輩のお部屋に入るのは初めてで緊張していた自分も片隅にはいたけどすぐに慣れた。


「使うかもしれないとか言い訳をして捨てられないんだよね」

「物が多いというわけではないのでそれでいいと思います」

「でも、溜まってしまって後悔をするのは自分だからさ、捨てた方がいい物があったら遠慮なく言ってね」

「先輩が捨てた方がいいのは遠慮です、本当のところを吐いてくれませんか?」


 はっきりとしてくれれば、少なくとも私は普段通りの私でいられる。

 だけど曖昧ないまの状態のままだとそうではいられない、変な趣味がないのであればそうしてほしいところだった。


「えっと、またなにか勘違いされている感じかな?」

「いえ、本当は誰に興味があるのかをはっきりしてもらいたいんです。安心してください、これを聞いたら私も手伝いますので」


 お掃除の方も恋の方も、役に立てるかどうかは別としてだ。


「誰に興味があるのかと言われても……そんなの宇田さんに興味があるとしか言えないけど」

「だったらなんで昨日はなにもしてこなかったんですか?」


 適当にしているわけではないだろうけどそのように感じてしまう。

 物理的になにもできなかったとしても名前呼びを求めたりしてくれれば私だってここまで面倒くさい絡み方をせずに済んだ、これまではいなかった自分というやつを直視せずに済んだというのに……。


「い、いや、仮にあそこで求めていたら冷たい顔をしていたところだよね?」

「よくそんなことが言えましたね、私は逆になにもされなくて拗ねていたぐらいなのに」

「す、すごい発言だね」

「すごいとか凄くないとかどうでもいいです」


 だって別にそういうことを求めているわけではない。

 とはいえ、自棄になっているわけではないのに変な状態なのは確かだ。

 それとも、恋をしているからなのだろうか? ……少しでもそういう感情がなければなにも求められなくて拗ねたりはしないというやつか。


「この紙の束は大事な物ですか?」

「それはある程度溜まったら捨てようと思っていたんだ、そろそろいいのかもしれないね」

「紙紐は……あ、使いますね」

「うん、お願いね――じゃなくて、いまの流れで掃除なんてできないよ……」


 一応、お掃除をするためにここに来たからやらなければならないと思っただけだ。

 こういうときにすぐに切り替えることができるところは悪くないところだと言える、あとは自滅するところがなくなれば自分の理想としている一緒にいて安心できる人間というやつになれるはずだ。

 まだそこまでいっていない私と寿哉や詩榛は違う、あの二人は違うから相手から求められる。


「私が言うのもおかしいですけどお掃除を先にやりましょう、大丈夫です、先輩次第になりますがゆっくり一緒に過ごせますから」

「ふぅ、わかった」


 冷静になりすぎてしまうのもそれはそれで大丈夫なのだろうかと考えたくなる一件だった。




「はい――」

「おっはよーっ」

「おはよう、あなたは今日も元気ね」


 冬の冷たさなんてまるで関係ないとばかりの感じの詩榛、少し寒がりなところがある寿哉はどこにと探してみると少しだけ離れたところに立っていた。


「おはよう」

「おう……」

「あら、どうしてそんなに弱ってしまっているの?」

「寝坊して朝にやるトレーニングができなかったんだ、で、やってからがいいと言ったのに詩榛が聞いてくれなかった」

「それは残念ね」


 更に右に意識を向けると同じように弱っている先輩が座っていた。

 多分、色々と拘ることで疲れてしまっているだけだと思うから触れずに詩榛に意識を戻す。

 あくまで普通に見えるけど……実際のところはどうなのだろうか?


「ささ、引きこもっていないでお出かけをしよう」

「いいわね」

「じゃ、文緒ちゃんは着替えてきて、私はその間にこの面倒くさい二人をなんとかしておくから」

「別に着替える必要は――」

「いいから早くっ」


 それならいまよりも少しだけ外用の物に変えることにしよう。

 四人で行動をするということで普段通りでいてくれた方が楽であることには変わらない、ただ、この短時間で寿哉はともかく先輩の方もなんとかできるとも思っていなかった。


「着替えてきた――これはやられたみたいね」


 あの二人がいなかった、そこにいてくれたのは弱々しい状態の先輩だけ、なんのためにこんなことをするのかなどと考えなくてもわかっている。

 昨日のことなんかも全て話しているからだ、それでおお! となってこんなことをしているのだ。


「宇田さん……」

「はい」

「いや、文緒さんって呼んでいいかな?」

「はい」

「大城君はともかくとして、栗城さんの相手をさせてもらうのは正直に言って大変だよ……」


 どうやら詩榛がきっかけだったらしい、となると、行く気もなかったのに無理やり連れていかれた、というところだろうか。


「だけどそれが主な原因ではないけどね、昨日、遅くまで寝られなくてさ」

「私が帰った後もお掃除を頑張りすぎてしまったんですね」

「え? 違うよ、文緒さんが大胆だったことを思い出して寝られなくて……」

「大胆……かどうかはわからないですけどはっきりしてもらいたかったんです、だってあのままだと気持ちが悪かったですから」


 私が切り替えてからはすぐに先輩も戻っていたから少しだけでも意識をしてもらえているということならありがたかった、この点に関しては詩榛に感謝するしかない。

 先輩に全てを任せていたら今日は会えていなかった可能性があった、少なくとも一回はもう冬休みに一緒に過ごしたということで満足できてしまったかもしれなかったからだ。


「……そういう感じということは寝られなかったとかそういうことはないんだね、恥ずかしく感じるところとそうじゃないときの違いはなんなんだ……」

「動かないで恥ずかしくなるよりは動いて恥ずかしくなった方がいいんですよ」


 もっとも、動いた結果があれだから今回は珍しくそうならなかったことになる。

 成長……というレベルまではいっていないかもしれないものの、いつも同じことの繰り返しではないということがいまの私にとっては嬉しかった。

 自分に呆れることになると発散方法があまりなくて困るのだ、なので、少しだけでも褒められる点が出てきてくれると安心することができる。


「……あのさ、あんなことを言ってきたということは文緒さんは僕に興味があるということだよね?」

「そういう感情が少しもないなら言いませんよ、仮にその状態で口にしていたらやばい存在になってしまいます」


 中にはいるかもしれないけど私はそういう存在ではない、まだまだわからないということならわかってもらうしかない。


「だ、だよね、じゃあて、手を握らせてもらってもいい?」

「抱きしめる、でもいいですよ?」

「い、いきなりそれはちょっとね、だけど手を繋げれば落ち着けると思うんだ」


 それならとこちらから手を握ってみると「温かいね」とずれたようなそうではないようなという感想を教えてくれた。

 ただ、嬉しいとかよりも確かに体温の方に意識が向くから先輩が悪いわけではないと片付ける。


「どうですか?」

「……落ち着くどころか逆効果になったよ」


 先輩特有かもしれないものの、逆効果になったときの顔はこんな感じなのかとこの件で学ぶことができた。

 怒っているわけでもないし、物足りなさそうでもない、どちらかと言えば寂しいとか悲しいとかそっち寄りだ。


「ならどうすれば落ち着くんですか?」

「やっぱり……させてもらってもいい?」

「はい」


 今回はこちらからはやらせないとばかりに俊敏に動かれてされてしまった。

 入学式のときに母から抱きしめられたのが最後だったのと、男の子に抱きしめられたことが初めてだったから少し心臓が慌て始めた。


「ありがとう」

「いえ……」

「そういえば今更言うのは違うけどあの二人は昨日から付き合い始めたんだって」

「自分だけが知らなかったと思うと複雑です」


 せめて言ってから逃げてほしいところだった。

 詩榛的には一秒でも早く、こういうことをしたがっている先輩を私のところに~と考えたのだろうけど、やられた側としては落ち着かなくなる。

 というか、こういうことでいい方向に働くことがほとんどないだろう。


「でも、僕としてはこういうことを許してくれるのに一歩進んだ関係になれないことの方が複雑だけど」

「え、だって付き合ってほしいと言ってきていませんでしたよね? それなのに受け入れるなんてできないですよ」


 この人は私のことを好きでいてくれている! とは色々なことを求められていても考えることはできない。

 経験値不足だからというわけでもなく、単純に私がそういう人間だからだ。


「じゃあ……いい?」

「え、嫌です、じゃあってなんですか」

「ちょっと離すね」


 先輩は少しだけ距離を作ると「文緒さんのことが好きなんだ、だから付き合ってほしい」と。

 違和感がすごいから文緒と呼び捨てにするならという条件を出す。


「ふ、文緒」

「はい――あ、お名前はなんでしたっけ……?」

「えぇ」

「冗談ですよ、泉先輩」


 これからも基本的には先輩呼びにしようと決めた。

 そもそも普段から泉先輩呼びにしていたらなにかがありましたよと言っているようなものだ、やり返すようなことはしたくないけど聞かれるまでは教えないようにしたい。

 まあ、聞かれなかったらそれはそれで寂しいものの、その場合はやり返そうとなんてするからだと、自業自得だと片付ければいい。


「「おめでとう!」」

「「あ……」」


 相手のことしか見えていなくて外だということを忘れてしまっていた。

 そして隠れて見ていたというところが意地悪だ、やるつもりはなくてもやり返したくなる気持ちが強くなる。


「はは、二人は外でも大胆だな!」

「流石に私達でも外で抱きしめたりはできないよ~」

「詩榛」

「うぇ、な、なんで私にだけそんなに怖い顔なの? あ、や、やめ、ぎゃー!?」


 前に進むためにも軽いこれで終わらせておくことにした。


「はぁ、今回のこれは外だということも忘れて変なことをしていた私達が悪いだけね」

「ねえ、その割にはこめかみをぐりぐりされたんだけど!?」

「あら、だけどそんなこともたまにはあるわよ」


 寿哉の方には遅くなったけどおめでとうと言わさせてもらった、が、そのことよりも彼女に攻撃をされたことが気になったのか「あんまりやってやらないでくれよ?」と言ってきている。


「よよよ、私に優しくしてくれた文緒ちゃんはもういないんだね……」

「大丈夫よ、寿哉に嫌われたくないからいまから切り替えるわ」

「悪いことをしていないんだから俺が文緒を嫌いになることなんてないがな」

「ならそうなるように頑張るわ」


 違う学年に先輩がいてくれても結局のところ大きいのは同級生の存在だ、それもただ同級生ならいいというわけではなくてある程度の仲の存在が必要になる。

 こちらが特に努力をしなくても一緒にいられているのだから少し努力をしてこの関係を続けられるようにしたかった。

 お互いに協力をして支えることができればずっとお友達のままでいるなどということも不可能ではない気がした。

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