第117話  マントヴァへ その四

やっとミラノの町を突き抜け、野原まで来ると、夜遅く一行は野に幾つも天幕を張った。

夜が明けると、一行はすぐにまた出発した。


「お妃様、お願いがございます。」

アントニオが馬上から話しかけた。イザベラは、馬車の窓から見上げた。

「もう、行かせて下さい。 殿様に一刻も早くお報せしたいのです。」

「でも、通行証書が」

「私は無くても平気です。」

「いいえ、国境付近にはフランス兵が駐屯しています。」

「御心配なく。 では」

言うが早いか、アントニオは馬に一鞭当てた。

「お待ちになって」

行きかけてアントニオはきびすを返した。

「これを持って行って下さい。」

「あっ、これは」

イザベラが差し出した通行証書を見て、アントニオは驚きの声を挙げた。

「これが無かったら、お妃様はお困りになります。」

「いいのです。私たちは大勢で参りますが、貴方は一人でいらっしゃるのですから。」

イザベラはアントニオの手に通行証書を握らせた。

アントニオは、感極まった表情で暫くそれを見つめていたが、深く一礼すると、しののめの光のさし始めた東をさして、夜明けの野を矢の如く馬を駆って去って行った。


マントヴァへの道をイザベラはまばたきもせず、馬車の窓から見つめ続けた。

刻一刻、着実にマントヴァに近づいているのだ思うと、イザベラの胸は高鳴った。


その夜、イザベラは天幕の中で眠れなかった。

明け方、まだ暗いうちにイザベラは、自分の喜びの声で目を覚ました。

今日こそ、今日こそマントヴァに着くのだ。

早朝、一行は出発した。

「ああ、マントヴァの風のにおいだわ。」

イザベラは涙を流した。


馬車は国境に差しかかった。通行証書が無いので、ここは最後の難関である。

イザベラは窓を閉めた。

馬車は、刻一刻、国境に近づいた。

その時、わあっという叫び声の様なものが微かに聞こえた。

そして、それはだんだん迫って来た。

「何が起こりましたのでしょう。」

「せっかくここまで帰り着きましたのに」

侍女たちは向かいの座席で震えていた。

イザベラは、身を固くした。

と、突然、馬車が止まった。

イザベラは、心臓が乱れるのを感じた。

不意に馬車の窓が外から開けられた。侍女たちは蒼白になった。

イザベラは心を決め、馬車から降り立った。

その瞬間,地を揺るがす様な歓声が湧き起った。

イザベラは気が遠くなった。

なんとそれは、無数の歓迎の人々だったのである。

イザベラは、立っているのがやっとだった。

その時、イザベラは、はっとした。

エレオノーラがこちらに向かって走って来るのだ。

イザベラは我を忘れて駈け出し、エレオノーラを抱き上げた。

その瞬間、涙が席を切った様に溢れ、イザベラは息が止まりそうになった。

イザベラは、エレオノーラの小さな胸がつぶれるほど抱きしめたが、自分でも腕の力を緩めることが出来なかった。エレオノーラの柔らかい髪が口に入っても、イザベラは顔を摺り寄せて泣き続けた。

その横でフランチェスコは、いまにも涙がこぼれそうな表情で仁王立ちになっていた。

人々は、一斉に万歳を叫んだ。

人々は、声を限りに万歳を叫んだ。

その声は、マントヴァの山野に広まり、何時までも何時までもこだまし続けた。






「プリマドンナ・デルモンド 誰も知らないモナリザの秘密」を御愛読下さり、有難うございました。


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プリマドンナ・デルモンド 誰も知らないモナリザの秘密 稲邊 富実代 @nagatachou

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