神のよりしろ 後半
田植えが終わり、田んぼの上を燕が飛び回っています。暑い中何度も畦草を刈る村人たちを横目に、夏風が青々とした稲を撫でて吹き過ぎます。
稲の間に生えた草を引く村人に混じって、深く
やがて黒雲とともにやって来た稲妻がそっと稲の花を愛でて去りました。黄金色に実った穂が秋の風に頷くようになったころ、また村総出で稲刈りが行われました。組んだ竹でハデを作り刈り取った稲を干す村人を、桜の根元から見下ろす
『―――いつにもまして
骨が浮き出るように細くなられた
『―――まぁ、田の神に対してなんということ 』
『―――今年の冬はことのほか厳しくなるでしょう
雪も、より深くなりましょう
―――
視線を落とし言いよどまれる
『―――
山へお戻りになられる前にお話しがございます
この
その言葉を聞くと
『―――媛様をお迎えできるのも、これが最後になりましょう
どうか、山にお戻りになるまでに次の「
さすればこの
『―――わかりました
考えておきましょう 』
村では「田の神」様を山にお戻しするための祭りが盛大に行われました。「田の神」様を乗せた
「神、
と鳴きましたが、
空は日に日に低くなり、日差しも傾いてきました。木々は美しく装ったその葉を風にのせ始めます。桜の古木も赤く染めた葉を散らし始めました。そろそろ木枯らしが吹き始めます。
『―――媛様、もうお戻りになりませんと 』
老人は心配そうに何度か声をかけますが、
『―――良いのです
今回はお前が冬の眠りにつくのを見届けてから戻ります
なに、カラスにでも連れて帰ってもらうので気にすることはありません 』
やがて木枯らしの吠える声を聞きながら、桜の老人は冬の眠りにつきました。
『―――ああ、こんなに美しく育ったのに 』
『―――
冬の終わり、おまえが目覚める前
春を呼ぶ雷神が、この大きな幹を割る事になりましょう
されど三百年あまり我が「
次代の「
そして
桜の下を通る
「ととさん、桜の枝にキラキラした布がかかっているよ。」
と指差しましたが、大人たちでその美しい帯を見るとこが出来た者はいませんでした。
◇ ◇ ◇ ◇
数年後。
最後の枝もついに枯れた桜の古木の根元に、まるで交代でもするかように一本の桜の若木が川に向かって枝を伸ばしておりました。
その年の春。
桜の若木の少年のもとに、
『ー―おまえ、名は? 』
『―――え?
オレ?
アンタは? 』
『―――イナダマという 』
『―――いなだま?
誰? 』
『―――そうですね
長い長い話になります
おいおいと語ることにいたしましょう 』
花散らしの風 ~神のよりしろ~
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花散らしの風(はなちらしのかぜ)
桜を散らす風
隠語として、花見の後の男女の交わり
山の神
春に山から下りてきて田の神となり豊穣をもたらす
サクラ(桜)
「サ」は耕作を意味し、同時に山の神、田の神を意味する。
「クラ」は神の
神は春になると里に降りて木に宿るため、この木をサ(神の)クラ(座)『さくら』と呼んだと言われている
浮線桜(ふせんさくら)
浮線綾(ふせんりょう)と呼ばれる線を浮かして織り上げる織り方の一つ。
唐花を円形の中に四方八方に割りつけたような図柄。
旅早乙女(たびそうとめ)
集団的な田植女の出稼ぎ。
田植時期の異なる地方の間で集団で出稼ぎに行くことが多くおこわれた。
花散らしの風 小烏 つむぎ @9875hh564
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