和洋折衷病人形

脳幹 まこと

理由はさっぱり分からないが、どうやら俺は詰んでいる。

1.


 俺の家には古くから「守り神」として置かれてきた和人形があった。

 着物を着ている上等な和人形だ。家では三千代ミチヨ様と呼ばれていた。

 両親が共働き、一人っ子だったのもあって、幼い頃の俺は専らミチヨ様と一緒にいたらしい。


 敬意を以てまつる限りはその家に安泰をもたらすらしく、俺が穏やかに毎日を過ごせているのもミチヨ様のおかげらしい(両親談)。



 ある日、ふらりと入った骨董店で珍しいものを見つけた。


 それはフランス人形……飾りのついた帽子と豪勢な白いドレスを身につけた少女の人形だった。

 ブロンドの髪、透き通る白い肌、碧い眼。

 結構な年代物のようで、ところどころくすんではいたが、手入れをすれば輝くだろうな。


 見とれていた俺に向けて、店主は悪魔的な囁きをした。


「お客さん、お目が高いですね。多分今を逃すと今日中に売れてしまうと思いますよ」


 俺は買うことにした。フランス人形の名前は「ジャンヌ」とのことだ。



 彼女を連れて家に帰った。

 まずは手入れをしないといけないな。

 ジャンヌの全身を優しくなでるように拭いてやる。

 思った通り、みるみるうちに美しくなっていく……


 そろそろ終わるかという頃に、刺さるような視線を感じた。

 視線のする方を向くとミチヨ様がこちらを見つめている。


 ああ、不躾ぶしつけなことをしてしまったな。


「ミチヨ様。こちらフランス人形のジャンヌさんです。よろしくお願い致します」


 冷たい風が通り抜けた。

 閉め切った部屋の中なのに。

 暖房を入れてみるのだが、あまり効果はなかった。



 その日の夜、俺は髪の長い女性に首を絞められる夢を見た。


2.


 それからは今までの生活が嘘のように、不幸に襲われるようになった。


 赤信号無視の車にはねられそうになる。

 買ったばかりの家電はすぐにダメになる。

 スーパーで買ったばかりの食品が帰った時には腐っている。 

 実家にいる両親まで謎の高熱にうなされたらしい。

 

 これらすべてが、ジャンヌがやって来てから起こっている。


 明らかにミチヨ様の機嫌を損ねたのだ。


 え、ミチヨ様って、美しさに嫉妬とかしちゃうタイプなの? 確かにジャンヌは凄い綺麗だとは思うけど。 

 しょうがないので、ミチヨ様の手入れを念入りにするようにした。


「ミチヨ様だって十分美しいです。自信を持っていただいても構わないと思います」


 すると突き刺さるような視線。あれ、ジャンヌがこちらを向いているぞ。

 たしか……嫉妬させないように箱の中に納めて、棚に入れておいたはずなのに。


 その日の夜、俺は髪の長い女性に首を絞められる夢を見た。

 輝くようなブロンドと色白の腕だった。



 その翌日は大変だった。


 通勤電車は超満員で潰されかける。

 職場でぼや騒動が起こって、なぜか犯行を疑われる。

 ミチヨ様の長い髪がなぜか数センチ切られている。

 ジャンヌのドレスはところどころ破れている。



 うーん、これはひょっとして……

 ジャンヌも訳ありだったりするのだろうか? そういえばやけに安いなとも思ったし。


「ミチヨ様もジャンヌさんも、両方とも今のままで良いと思うんだけどなあ……」


 その直後、激しい揺れが起こった。

 倒れていく家電や皿。俺も思わず「ひゃあ」と叫んでしまった。

 これだけの揺れならとニュースを見るが、地震の連絡はまったく出ていない。


 ミチヨ様もジャンヌも直立不動のままだ。なぜかこちらを睨みつけているように見えた。



 こういった現象が一週間ほど続いた。

 今日もポルターガイスト(または神通力)でも使っているのか、お互いの身体目掛けて、皿やフォークが飛来する始末だ。

 もちろん、実際にぶち当たるのは俺である。



3. 


 俺は結論を出した。


 異常な状態の原因は、お互いがお互いの美しさにヤキモチを焼いていることにある。


 和風には和風の、洋風には洋風の良いところがあり、それを受けいれて欲しいと思ったのだが、金子みすゞもどきの説法は二人には通じない。


 なんということだろう。こうなるとどちらか片方を何とかしないといけない。


 終夜よもすがら悩んだ(というより、悪夢のせいで眠れもしない)末、俺はミチヨ様を選ぶことにした。

 ジャンヌも相当なものだろうが、代々伝わるような人形で「守り神」とまで呼ばれているミチヨ様とでは、比較のしようもないのだ。

 親戚の一人がミチヨ様を博物館に寄付しようと企んだ際には、それはそれはひどい目に遭った。一家離散レベルだったのである。流石にそんなことはさせられない。


……まあ、ジャンヌには出会ったばかりで悪いが、お別れしよう。


 そう決めた際のミチヨ様から伝わる菩薩のような笑みと、ジャンヌから伝わる般若の形相は一生忘れられない。


 ということで、ジャンヌを人形供養してくれる寺に預けた。

 その翌日、家に戻ってきてた。


 お祓いしようとすると、その神主が「身体が燃える! 熱い! 熱い!」と身をよじる始末。

 まじか。

 依頼しては、怪奇現象が起こって、お引き取りください、といった流れを何件も味わう。


 元いた骨董店に返そうとしたのだが、既にもぬけの殻だった。

 売りに出す店を検討しようとすれば、店の周辺で不審火が起こる始末。


 失意のまま自宅に帰っている間までは、不思議とジャンヌの表情は比較的穏やかである。

 かわりに自宅の方角からドス黒いオーラを感じる。

 多分恐妻家の旦那さんって家に帰るときはこんな感じなんだろうな。



 ドアノブを握った瞬間、今までに感じたこともない寒気。

 こ、これは、ひょっとすると最後の日になるかもしれんな。


 恐る恐るドアを開くと、ミチヨ様と目が合った・・・・・

 と同時に強い力で引きずり込まれ、赤黒い夕闇の部屋に投げ出された。

 ジャンヌを抱えたまま倒れ込んだ為、彼女を抱き締める様を見せてしまったが、もう遅い。


 胸までだったミチヨ様の髪が、足首にまで伸びている。

 部屋に木霊するうなり声。震える地面。殺伐とした雰囲気。

 このままいったら二人ともただでは済まなくなってしまう。


「やめてくれ、二人とも!!」


 二人がこちらを向いた。間違いなく動いた。

 怖い。だけど。やるしかないんだ。


 俺はミチヨ様とジャンヌを両手で掴んだ。

 そして二人を向き合わせた後、お互いの唇を力ずくで合わせてみた。


 しょうがない。

 こうなったら、愛の力に頼るしかない。


 愛の力は、国境も神的な呪いも、きっと越えていけるはずだ。

 そう。曰く付きとはいえ、お二人はお淑やかな和服美人とブロンド美人なのだから。


 どれだけ時間が経っただろう。

 気付けば、怪奇現象はぴたりと止んでいた。


 お二人を眺めてみると、両者ともに顔が赤くなっている気がした。 

 きっと、百合の花が咲いたのだろう。


 うんうん、嫌い嫌いも好きのうちと言うしな、よかったよかった。

 俺はさしずめ国際恋愛の通訳といったところだろう。



 これで一安心だ……




 その夜、首を絞める腕の数が四本になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

和洋折衷病人形 脳幹 まこと @ReviveSoul

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ