鬼とかすみ2<終>



 かすみを慰めながらいつの間にか眠ってしまった烈火は、窓からまぶしい陽光に目を覚ました。


 布団に横たわりながら琥珀色こはくいろの目を細め、温かな日の光を見上げると生まれ変わったかのように心が、体が軽く感じられた。


 腕の中にかすみの気配がなくさびしく思ったが、代わりに炉辺でくるくるとせわしく働く人の気配を感じ自然と頬がゆるむ。


 もう、かすみは泣いてないな。

 心地よく思いながら、その気配を感じているとかすみが粥と薬湯を持ってやってきた。


「烈火はたくさん食べればよくなるから。どんどん食べて!」


 と、どんぶりでかゆを持ってきた。

 いくらなんでも、疲労困憊でこれほどは食べられないと思ったが言うに言えず烈火は苦笑した。

 体を起こし烈火が黙々と粥を食べるのをかすみはじーっと見張っていた。


 食べ残すのをゆるさないという視線に、烈火はかすみが泣き虫だというのは気の迷いだったかもしれないと思い直した。ゆっくりとだが少しずつ粥がなくなると、かすみが思い出したようにくすりと笑った。


「ん、どうした?」


「なんだか、初めて烈火に出会ったときに似ていたからおかしくて」


「そうか?」


「ええ、あなたが淡雪桜あわゆきざくらで倒れていたわたしを助けて介抱してくれたでしょ。そして、黙って、粥を作ってくれたの」


「そんなこともあったな……」


 まだ、それから半年もたっていないとは信じがたいほど、互いの存在が大きくなっていることを烈火もかすみも強く感じていた。


「わたしは、あなたのことを傷つけてばかりなのに……烈火はいつもわたしを助けてくれる」


「お前のようにか弱い女に、俺を傷つけることなどできない」


 いや、そうではないかもしれない。かすみの一言一言は烈火の胸に深く刻まれていった。

 光の色をしながら鮮やかに。

 きっとそれは永遠に色あせることはない。


「今度のことだって……」


 そう言いごもりかすみが烈火の頭上を見た。


 もう、彼に二本の角は無い。


 かといって、烈火の金色の瞳やそのたくましい体躯たいくは明らかに鬼の姿を残していた。

 角がないから人間になれるかといえば、そういう問題ではないことを今更ながら気づかされる。


 しかし、烈火には後悔はなかった。


 むしろ、勇太のために、かすみのため、人間のために何かできたということが自信となり清々しい気持ちがしていた。


「これでいいんだ。角のことは、俺が勝手にしたことだ。かすみが気に病むことではない」


「いいえ。 わたしは、烈火がしてくれたことを一生忘れない。

 何度お礼を言っても足りないけれど。本当にありがとう」


「その言葉だけで十分だ」


「でもこれだけは言わせて。わたしにとって、烈火が鬼であろうと人であろうと関係なく大切な人なの。だからもう、一人で無茶はしないで……」


 烈火が角を折った時のことを思い出したのか、かすみの瞳から大粒の涙が滑り落ちる。

 その頬に烈火は傷だらけの手を添え涙を拭う。かすみの涙は春の雨のように暖かく染みわたり、いつも烈火の胸に生きていると言う息吹いぶきを感じさせる。


「お前のそういうところに何度も救われる」


 烈火は、まっすぐにかすみを見つめ微笑んだ。


「かすみ、お前が好きだ。

 ずっと一緒にこの日の光を浴びよう。

 誰に気兼ねすることなく共に歩みたいんだ」


 かすみは泣いているのか笑っているのか分からないほど顔をくしゃくしゃにしながら、何度もうなずき烈火の胸に飛び込む。


 烈火はかすみの細いおとがいに手を掛けると、躊躇ためうことなく唇を寄せた。




 窓の外では、雲ひとつない青空の下、


 鳥が空高く羽ばたいている。



 お わ り



******

読了ありがとうございました。


☆3以外も歓迎です、気軽に評価をお願いします。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鬼とかすみ~薬師の私は禁じられた山で優しい鬼に出会いました~ 天城らん @amagi_ran

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説