終章 鬼とかすみ

鬼とかすみ1


 床に伏せりながら、何度目だろうか、烈火は無意識に口元に運ばれた薬湯を飲んだ。


 甘苦い薬湯は、どこかかすみがいつも身にまとう薬草の香りにも似て安らいだ気持になる。

 朦朧もうろうとする意識の中、かすみは勇太を救うことができただろうかと思い無意識にその名を口にする。


「……か……すみ……」


 泣いてはいないだろうか?

 芯が強いように見え、意外に泣き虫であることを烈火は分かっていた。

 しかも、泣いているときは決まって自分の痛みや苦労ではなく、他人のことなのだ。


「かすみ、泣くな……」


 その声に答えるかのように、烈火の乾いた唇を潤おすように柔らかな感触が降って来た。

 温かく柔らかで、甘しょっぱい涙の味。

 幻だろうか……。


 ぼんやりと開いた目の焦点が合い始めると、心配そうに泣きはらした赤い目をしたかすみの顔があった。


「どうした? 勇太の具合が良くないのか?」


「勇太はまだ安静が必要だけど、山は越えたわ」


「なら、なぜ泣く?」


 烈火は訳がわからず、話を聞くため身を起こそうとするが体がきしみ言うことを聞かない。

 角を折った失血と、夜の山をめぐったことで消耗しているのだ。

 ふらつく烈火をかすみがしっかりと身を寄せ助け起こす。


「無理しないで……」


 そう言い、かすみは烈火の胸へ顔を寄せた。


「勇太も、烈火もどこかに行ってしまうと思って、怖かった。本当に怖かったのよ」


 かすみが泣いていたのは、自分が角を折り、山で傷を負ったからだと気づく。


「心配をかけてすまなかった」


 烈火は、かすみの青白い今にも消え入りそうな顔色を見て、寝ずに看病してくれたことを知る。

 ずくずくとうずく頭部の傷よりも、その顔を見た方が彼の心は痛んだ。


「お前はよくやった。もう、大丈夫だ。

 俺はここにいるから、ずっとそばに……」


 子供のように泣きじゃくるかすみを見守っていると愛しさがこみ上げ、その気持ちに素直に従い烈火はその背に手をまわした。


 勇太の命がかかっていたとは信じがたいほどの細い両肩と柔らかな体。


 これからは、自分ができる限り支え守っていこうと烈火は心に誓いながら、かすみが泣きやむまでずっと抱きしめていた。

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