鬼とオニユリ11


 かすみは、烈火の世話を頼むと勇太のための浸剤作りに取り掛かった。


 烈火が必死で探した薬草は、熱冷ましと痛み止めの薬になる。

 いくつかの薬草を合わせて作る調合薬は、祖父と母から教わり何度も手伝ってはいたが、一人で成すのは初めてだ。


 配合はすべて帳面にあっても、薬草の調合は難しいものである。

 少なければ薬としての効能を発揮せず、多ければ毒となってしまう。

 だからこそ、薬効の高いとされる時期に採取するのが習いだった。

 そうすることで、毎年ほぼ均一な精分を抽出し薬としての調合をしやすくする。

 乾燥した薬草を使うのは保存のよいこともあるが、そうすることで成分が凝縮し計量しやすいからだ。

 生の薬草を使うことは細心の注意が必要だった。

 今回は、季節も早く乾燥させる時間もない。

 そのさじ加減はかすみの腕にかかっている。

 かすみが、祈るように手を合わせると、伏せたまつ毛が小さく震えた。


(おじい様、お母さん、どうか力を貸して……)


 大きく深呼吸をすると柔らかな夜風にのり、緑が香る。

 そして、梢の音に声を聞く。


『お前ならできる。大丈夫だ』という祖父と母の声を。


(怯えてはいけない。あきらめてはいけない。わたしは、薬師なのだから!)


 烈火の思いを決して無駄にはしない。

 目を開けると、そこには最後まで病と戦う決意をしたゆるぎない強い光が宿っていた。

 皆にも手伝ってもらい根に付いた泥を丹念に洗い流した薬草を細かく刻み、浸剤作りに取りかかる。

 さらに、他の薬草の分量を量り湯の中に投じ煮出す。

 これを煎じるというのだが、こうすることで薬草の成分が湯に浸み出し、抽出できるのだ。


 浸剤しんざい、煎じ薬という。


 煮詰め冷まし、色、香りを確かめかすみは頷く。


「勇太、薬よ。これを飲んで」


 水差しに薬を注ぎ、勇太に与える。

 目が覚めると、勇太は傷が痛むのか顔をしかめ苦しいそうにうめいた。

 ゆっくりとだが、勇太は薬を飲むことができた。


「か…すみ……ねえ…ちゃん……ごめん」

「もういいのよ。それより早く元気になって。しっかり手伝ってもらうんだから」


 勇太は、かすみの笑顔が一番の薬になったようだ。

 安心し、頬笑みながら眠りについた。


 少しずつだが熱が下がり、呼吸も規則正しく落ち着いてきた。


 大きな山をひとつ越えた。


 かすみは、勇太の安らかな寝顔を見ながら、薬師としての知識を余すところなく教え込んでくれた祖父に感謝した。


 *


 夜が明けるとつばめが薬草を持ってこっそりとやってきた。


 角を隠すように、髪を高い場所で二つに結わえている。

 つばめの事を知らない者なら、鬼の子だとは気づくことはないだろう。


「父さんが、かすみと烈火に持って行けって。わたしすばしっこいからちょうどいいって」


 かごには、サイシンやショウマの他にも滋養の付く木の実や芽がたくさん入っていた。


「ありがとう、つばめちゃん。こんなにたくさん大変だったでしょう?」

「ううん。わたしは持ってきただけ、他は大人たちがやってくれたから」


 鬼族が総出で助けてくれたという事実だけで、かすみの胸は熱くなった。


「かすみ、泣いてるの? 勇太の怪我よくないの?」


「そうじゃないわ。うれしくて。勇太は大丈夫よ。それに烈火も」


「よかったー」


「つばめちゃん、後で送って行くから烈火のところでゆっくりして行って」


「うん。でも、勇太に会える?」


「ええ、隣の部屋で寝てるからいいわよ」


「一言、お馬鹿だといってやりたくて。まったく、お兄のくせに全然しっかりしてないんだもん」


 かすみは、つばめの屈託くったくのない言葉に笑った。

 たしかに、つばめよりわずかに年上ではある。しっかりしてないと言われたら、勇太はがっくり肩を落とすだろう。


 それでも、つばめの明るさは勇太を元気にするに違いない。

 かすみは、その様子を想像しくすりと笑うとつばめを家へうながした。


 *


 かすみが懸念していた傷の化膿もなく、勇太は話ができるまで回復した。


 真っ先に勇太が申し出たことは、烈火への謝罪とかすみと烈火への誤解を解くことだった。

 枕元に大吾とかすみと村長代理の若頭を呼び、熊に襲われた経緯を話す。


「俺が、姉ちゃんを取られると思って告げ口したんだ。それで、烈火はいい鬼なのに俺のせいで誤解されて……。その上、勝手に山に行って熊にやられたことまで烈火のせいになっていて。本当にすみませんでした……。

 かすみねえちゃん。ごめんよ……」


 かすみを取られたと思った嫉妬から、取り返しのつかないことをしたと自分の愚かさを隠しもせず語る勇太の姿は、ひとつ大人になったように見えた。

 そうするまでもなく、村人は烈火のことを子供のために角を折った鬼と、心動かされていた。


「もう勝手なことはするんじゃないぞ。あの鬼、烈火はお前を救ってくれた恩人だ。この村で、悪く言う者は誰もいない」


 大吾がそういうと、勇太は安心したように飯もしっかり食べ日に日に元気を取り戻していった。


 また、今までのように元気に走りまわる姿を見れる日はすぐだろう。

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