ブックカフェ・後

「何ですか、これ」

「ん? ああ、これ? 見ればわかるでしょ?」

「いやいや、分かるけれども……何に使うの。誰が運転するの」

「私、免許持ってるから。雄星さんによると、使い道は、まあ今回なるべく多くの本を輸送するためっていうのと、今後せっかくあるわけだし、これを使ってバンから注文があったところに配達したりっていうのも出来るかな? みたいな」

「はぁ……。なるほどねぇ」

「あ、ちょ、触らないでよ、これ、実家から持ってきたものなんだから」

 バイク用の配達ボックスに触れた和花の手を、陸玖が強引に振り払った。

 バイクはグレーのもので、スタイリッシュなものだ。

「え、実家から? 何されてるとこだったの?」

「蕎麦屋」

「え、蕎麦屋? お蕎麦?」

 和花は感心したように頷いた。

「それに嫌気がさしてグレたみたいな?」

「まあ、あながち間違っては無いけど」

「あ、そう」

 陸玖はちらりと和花を睨んで、バサリと言い放った。


「あんた、さんらいず・NEWムーンの浦賀っていう男に惚れてんの?」


 和花の身体の露出部が、溶岩に落ちたように真っ赤になった。

「え、そんな、まだ数回しか会ってないのに」

「一目惚れから始まる物語って山ほどあると思うんだけど、どう?」

「いや、そんな、だから、ビジネスの関係じゃん?」

「まあ、あんたがいるとなかなか雄星さんを落とせないから、イライラしてたわけ。だから、良いんだけど。別にその浦賀っていう人はどうとも思わないし」

「いや、だから……」


「頑張ってみれば、いーんじゃないの?」


 陸玖はまだこちらを睨んだまま、吐き捨てるように言い放った。

「まあ……うん」

 和花がもじもじとしながら言ったところで、陸玖は背中を翻した。

 さりげなく、サムズアップポーズを作りながら。




「なんか良く分かんないけど、凄いことになってますね」

 最後の一箱をどしん、と下ろした和花は、額の汗を拭った。

 ビジネスホテルのシングルの一室は、段ボール箱四箱とチラシ類、バンでの生活に使用している家電が埋めている。

「まあ、二日分だし、多いに越したことはないだろ?」

「まあ、そうですね……これ、何冊追加で買いましたっけ?」

「四十冊」

 さらりと雄星は言ってのけた。

「ひとまず、何はともあれ明日から何だから、気合入れて頑張んないとダメじゃん」

 陸玖がカミソリのような鋭い声で切り込む。

「まあまあ、陸玖の言う通りだわ。頼んだ」

「はい」

 今日は和花、明日は陸玖がこのホテルで寝ることになっている。

 二人が部屋から出ていこうとした時、陸玖がスッと近づいてきて、囁いた。


「明日、色々頑張れよ」




 十一時ごろには、BOOK MARKのバンが停まっている、海の家の駐車場は人でごった返していた。

「ヤバ、すごい人……」

 近くの公民館にあった本棚を二つ借り、いつもの二点五倍くらいのキャパで運営しているというのに、その四分の一ほどの本棚が空になりつつある。

「ヤバいな、これは」

「さんらいず・NEWムーンの方もしっかり繁盛しているんでしょうかね?」

「さあ、どうだろうなぁ。行ってこれば?」

「ええ?」

「ついでに、向こうに置いた本がどんな感じかもチェックしてきてくれよ」

 雄星は唇を巻き込み、頬を固くして言った。

「なんか、めちゃめちゃ口角上がってないですか?」

「え、えぇ? そうかなぁ? 勘違いじゃないの?」

 そんなことを言いながらも、雄星の口角はどんどんと上がり、キュッと結んでいた口もあっという間に決壊した。

「まあまあ、とにかく行ってきなよ。ほら」

 雄星は店先から和花を両手で押し出した。


 けいめい丸の船内、さんらいず・NEWムーンの席はほぼ満席だった。

 一人の学生やカップル、一人の中年男性、老夫婦などが席を埋め、コーヒーを啜りながら本のページを捲ってている。

「あ、青木さん! BOOK MARKの方はいかがですか?」

 ちょうど、厨房で、自分の手でコーヒーを淹れていた浦賀が海風のような爽やかな声で言った。

「おかげさまで大盛況です」

「そりゃ良かったです。こっちも見ての通りで。あ、ちょっとマドちゃん、青木さんにコーヒー持ってって!」

 厨房の奥から鳴っていたハンドミキサーの音が止まり、赤いエプロンをした、丸っとした顔の女性がコーヒーを運んできた。

「はい、ブレンドコーヒーでございます」

 アニメ声優のような柔らかい声の、あの人だ。

「マドちゃんって言われてましたけど……」

「あ、私ですか? アハハ、本名は、瀬里麻都香せりまどかって言うんです。セリちゃんって呼ばれたりマドちゃんって呼ばれたりセマちゃんって呼ばれたり色々です。まあ、お好きなように呼んでいただいて結構です」

 浦賀が朝陽の笑みなら、瀬里は真昼のアップビートでさんさんな満開の笑みだ。

「ところで、早速プライベートに入っちゃうようで申し訳ないんですけど」

 と言いつつも、瀬里は中学生の女子の目つきになった。


「オーナーのこと、お好きなんですよね?」


 ヒソヒソと耳元で言ったのに、目の前の高校生くらいの女子がビクリとこちらを見て、すぐに目を背けた。

「え、だから、え……あの、何なんですか?」

「景時から聞きましたよ。あの子、めっちゃクールなくせに、恋愛大好きなんですよ。しかも少女漫画みたいな恋愛が理想っていう」

「え、あの、黒いエプロンでギロリと鋭い目をした、あの……」

「そうです。なので、頑張ってくださいね」

 和花は不覚にも、手を滑らせてコーヒーを落としそうになったようだった。

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『移動書店・BOOK MARKのあるフシギ』 DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555

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