外伝、終章。
「……おい、当たってるぞ」
「なにがだ」
「あんたの刀。あたしの背中の剣に、さっきから、あたってる」
金髪の女騎士が振り向いて、うしろの女をにらむ。名を、ギレアという。
鉄血鬼女のふたつ名のとおり、その眼光に威圧されぬものがあろうとも思えなかった。が、うしろの女、胸元に黒い薔薇の刺青を負ったおんなは、無表情とも、ぼんやりとも言えるようなかおで、つまらなさそうに、言葉を吐いた。
「あんたはでかいから背負えるだろうが、あたしは小柄なんだ。背負ってたら、つかえちまう。前に抱えるほかないだろうが。だいたいなんだ、そのケツの、くま」
「貴様。しにたいか」
立ちあがろうとするおんな二人に慌ててしがみつき、強引に座らせる、おとこ二人。ギレアに抱きついたのは、わかい騎士だ。
「た、隊長、ちょっと、ここどこだかわかってるんですか」
騎士が息絶えそうな声をだす。
「ああ。空の上だな。景色はいいが、退屈だ」
ギレアのことばに、刑事が目元をおさえ、つぶやく。
「……七つ薔薇に、騙された」
「あたしがなにを騙したっつうんだ」
黒薔薇の刺青のおんな、七つ薔薇。赤い髪が、上空の風をうけて荒々しく、なびく。
「マフィアを一掃する方法があるって、あんた、いってたろうが」
「あるぞ。こいつらだ」
七つ薔薇が、この場、巨大な龍の背中ですわる、いく人かを指さした。
「……ひととも思えないものも、いるようだが」
龍のあたまの上。つまり先頭で、風を受けて楽しげに尾をゆらしているのは、白銀と、黄金の、狐。ふと気を許すと、ひとのすがたになり、次の瞬間にはまた狐にもどっている。
「あいつらも強いって聞いたぞ。あんたよりは、戦力になるんじゃないのか」
そういってわらったが、刑事が悔しそうなかおで黙って下を向くと、あわてて、にじり寄った。
「いや、いい。いいんだ、あんたは、あたしが護るから。そういう意味じゃ……ご、めん」
「……そ、それより、な、な、なんでみなさん、そんなに、へいぜんと」
龍の背の、最後尾。しろい司祭服をまとった、聖女カトリナが、ふるえながら自らの肩を抱いている。
「さむいのか?」
その隣では、ほぼ半裸にちかいようなうすい格好の、ユーリア。汗ばんでいるのは、こんな場所でも筋肉の鍛錬に余念がないためだ。さきほどから両手を屈伸させて、なんらかの運動をずっとつづけている。
「さ、さささむいってことじゃなくて、ここ、ここ、龍の、せなか……!」
「いやなら降りればいいだろう」
こともなげにユーリアにいわれ、カトリナは涙ぐんだ。
「おりられるなら、おりてますよう」
「みなさん、もうすぐ、そらの国につきますよ」
龍のよこ。すこし距離をおいて、だれかが、飛んでいる。
わかい女性とみえるが、まとう雰囲気が、ひとではない。ふっとこちらを見る瞳は、蒼く、たてにながく、輝いている。両の手をひろげて、そらを、飛んでいる。
「挨拶にさんぜましょう。きっと、よいことがありますよ」
その指差す先には、たしかに、くもが浮いている。
ギレアも七つ薔薇も、いまは並んで、目をすがめている。
「……こどもが、いるな」
「ああ、それにあれは……本屋、か?」
「ほんや?」
「あんたの国には、ないのか。まあ、シカゴにもそう多くはなかったが」
雲の上で、手を振っている、ちいさなおとこのこ。
ふわっとしたかみ。よこに立つ、おじいちゃん、という風貌のひととともに、光につつまれている。
「……すこし揺れるでな。わたしの背に、しっかり掴まれ」
龍神はこえをかけ、みをよじらせた。
かれらのすがたは、ひかりのなかに、きえていった。
さようなら、わたし 壱単位 @ichitan
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