第2話 社会的通念が人物像を歪めるのか?
李勣――唐初の軍人。「李衛公問対」という兵法書で知られる同時期の名将・李靖と並ぶ名将とされる。
李勣を簡単に説明するため、教科書に記載するとすればこういった表記になるだろう。しかしながら一般的な教科書に李勣の名が載ることはまず無い。また三国志の武将たちの様に日本で知られている名前とは言いがたい人物であることも確かだ。
そこで志藤は、まず青田からある程度李勣の来歴を説明されたわけだが――
「ええと、まず群盗の集団に入り、その集団を乗っ取ってしまう。その時まだ十代だと。で、唐とは別の集団に合流したけど、結局唐に合流して、最終的に唐王朝成立の立役者になると……凄い主人公感」
「確かに。先輩は面白い評価をしますね」
自分で口にすることで、説明された李勣の履歴を確認する志藤に、青田は笑みを見せた。
それ以外に説明された事と言えば、最初「李勣」は「徐世勣」という名前だったが、国姓を賜ると言うことで「李世勣」という名前になり、最終的に君主である「李世民」と同じ「世」の字はもったいなくて使えないという理由から「李勣」という名になったという説明も受けた。それ以外にも李勣は摩訶不思議な履歴を辿っている。
「李勣って行動に一貫性があるようで、無いようで……軍師なのかな?」
「なんとも既存の言葉で表現出来るような人物ではない気がしますね」
青田がここまで気に掛けるからには「軍師」なのだろうか? と志藤が尋ねてみたが、青田はそれにすら肯定的な返事を返してこなかった。それほどに正体不明な人物ということなのだろう。
仕方なく志藤は話を元に戻した。
「それで……この人物も『老人』になって評価を落としたと?」
「一般的にはそう言われています。長らく使えた李世民、いわゆる『貞観の治』を出現させた唐の太宗が死んだ後も、李勣はこれまたややこしい経緯の後、朝廷の中央に座を占めていたわけですが……」
これ以上のややこしい説明は勘弁願いたかった志藤は積極的に頷いておく。
「この時、皇帝は代替わりしていて後の高宗に『この女性を皇后にしたい』と李勣は相談されるわけですね」
「はぁ」
「で、李勣は『それは皇室のお話ですから、お好きなように』と答えたわけです。これは功成って、立身出世を果たし地位に恋々とした李勣の都合の良い“いいわけ”という解釈が一般的なわけです」
そこで志藤は首を捻った。
「しかし皇后になるわけだから、それは家庭内の事情に留まるかな? 何だか歯切れが悪いような。“いいわけ”という解釈はそんなに外れているかな?」
「確かにそういう印象は拭えないでしょう。さらに最悪とされるのがその女性は後に唐を乗っ取り自ら皇帝となった『則天武后』になるわけで、相談を受けたとき李勣がしっかりと反対しておけば、そんな事態にはならなかった、というのが一般的な評価になるわけです」
「なるほど、老いで判断力を失った、と」
「ところがですよ。李勣はその後も高句麗征伐に成功してるんですよ。単純に能力が衰えたと言って良いものかどうか」
「うん? となると……どうなるんだ?」
「李勣の判断で唐が一時期おかしくなったために、そこだけを
「ああ、これはお前が独自で思いついた事なんだな。何かの小説で読んだわけではなく」
「あるのかも知れませんけどね。俺は確かに、そういった小説を読んだことはない」
そう言って青田は自嘲気味に笑った。
「ですが『則天武后』に関しては、為政者として再評価される事もあるんですよ。それは確かなこと。実際、数字でも記録でも庶民の生活は安定していたと考えるしか無い部分があります。そして次に現れる玄宗による『開元の治』を支えた人材については『則天武后』が見出したと言っても良い。李勣はそこまでの未来を読み切っていたのなら? と、どうしても想像してしまいますね。李勣はつかみ所の無い人物であるかのような印象を先輩はもたれたようですが、李勣は最後まで庶民のために行動したのでは? と俺は思うんです」
「庶民? ああ、確かに最初は……」
「貧しいわけでは無かったようですが、確かに彼は庶民出身です。そして庶民として考え、その暮らしが安定することを一番に考えた。だから自分の名はどうでも良いし『則天武后』が皇族、貴族を殺しまくっても問題ない。そして隋の頃からずっと引きずっている高句麗討伐も終わらせた。高句麗討伐のための無茶な出兵が何度も庶民を苦しめていますからね」
「そう考えると……確かに一本筋が通るな。キャラが立ったというか」
志藤が腕を組みながら熱心に頷いた。その様子を見て、青田はニコと破顔した。
「ご賛同いただけて嬉しく思います。さすがに『開元の治』の出現まで予見していたかどうかは、俺自身怪しく思うんです。しかし李勣のことですからね。俺が識る中で恐らく最高の知恵者です。あまりに頭が切れるもので、晩年には最高の名君と呼ばれた李世民でさえ李勣を恐れたわけですから」
その辺りの事情は、李勣の履歴がややこしくなっていることが証明になっているのだろう。知りたければ自分で調べろということか、と志藤は納得しておくことにした。
(それにしても……)
青田が目標としている軍師とは、劉基という人物だと志藤も知っている。当然、劉基こそ最高の知恵者だと青田は考えていると志藤は考えていたのだが、それは間違っていたらしい。
確かにこれほど人を惑わせる李勣こそ、最高の知恵者であるのかも知れない。
何しろ今の青田は――
「それで、御瑠川の目を避けて図書館に籠もりきりになる状態からは抜け出せそうか? 李勣の生き方は参考にならないか?」
「問題はそこですねぇ。どうやったら、あの女を誤魔化すことが出来るのか……」
――いくら
李勣考 司弐紘 @gnoinori
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます