消せず、燻るものを
メイルストロム
偽れないもの
──くだらない。
……煩い。そんなこと、お前が決めるな。
──お前が? ついに気が狂ったか。
…………なんでそんな事をテメェに言われなきゃならねぇんだ。
──そんなもの作れたって稼げやしないだろうに。どうせならもっとマシな仕事をしなってんだ、この穀潰し。
……………黙れ。そもそもマシな仕事ってなんだよ? 稼げない仕事はマトモな仕事じゃないっていうのか。ならお前の就いてる仕事はどうなんだ?
単純作業の繰り返しでなんのスキルも身につかねぇし、収入は上がる気配すらねぇ。
そんな奴の言葉なんか誰が聞くかよ、ボンクラ。
お前たちがやらない言い訳を聞くのはもううんざりだ。
これは私が選んだ道なんだよ。
私が命をかけてもいいって想って選んだ。
だから必死にこの足を動かして、走り続けて…………
──私は、どこへ向かっているんだ?
────私は、なんで走ってる。
──────行く先は、真っ暗なのに。
──走る
もう走っているのかわからない──
この足はどこへ向かっているのも不明────
私はただ、まっすぐに落ちているだけなのでは──────
そうなのかも、と思い込んだ刹那……私は無音の
もうこうなったら後は決まってる。堕ちて堕ちて堕ちて、水底に落ちきるまで沈み続けるしか出来ない。だけど、その感覚は嫌いじゃなかった。落ちて沈む間だけは何も考えずに済むから。
「──…………ル……ヨル」
「師、匠……」
今回もそうだと思っていた。けれど、今回は師匠の声が聞こえたんだ。優しくも鈴の音を思わせる無機質な声は
「貴女──泣いているんですか?」
「え……?」
視界のピントがズレてるのは寝起きだからと思っていたが違うらしい。泣くなんてそんなこと、あるわけ無いだろうと思っていたが……そこで初めて自分が泣いていることに気づいた。
「ヨル……貴女、また
手の甲で雑に涙を拭い、見上げた師匠の顔はいつものそれとは異なっている。まだピントがボケているのかと思いもう一度目を擦ったが、表情に変化は見られなかった。
「えっと……その、あー……いや、アレですから。昨晩飲み過ぎたっていうか、チャンポンしただけなんで」
「……下手な嘘は止めなさい、ヨル。この十年間、私は貴女を見てきているのですよ?」
「ははは……いや、まぁ…………嘘っていうか、飲んだのはマジっすから」
「また魘されていたと私は言ったのです。飲んでいようが飲んでいまいが、そんな事は関係ない……ヨル、貴女はなぜ泣いていたのですか?」
有無を言わさぬ師匠の圧に私は言葉を失う他なかった。やはり師匠にはすべてお見通しなのだろう。
それに『また魘されていましたよ』なんていうのだから、きっと師匠は世話になりたての頃のアレも見ていたのだ。
ここでまた下手な誤魔化しをしたところで意味はない。意味はないけれど、そのまま全部を話せる訳ないじゃやいか。師匠の事は信用しているし信頼しているけど、人生の恥部を曝け出せるかどうかは別問題なんだから。
「ヨル。近頃の貴女は情熱を失っているように見えます。
17歳という若さにありながら、貴女は単身私を見つけ出し師事を仰いだ。あの時の貴女はどこへ行ったのですか?」
「それは……その……」
──言えない。もう心が折れ始めているなんて。
辛くてキツくて、すべてを投げ出して泣いて酒に溺れたいなんて言えるわけ無いだろう。
「ヨル。貴女がここで辞めるというのなら私は引き留めません」
「──……そう、です……か。なら、もう──」
──もういい、諦める。その言葉さえ言ってしまえば楽になれるとわかっていた。なのにその言葉が、たったそれだけの言葉が声にならず喉の奥にベッタリと引っ掛かっている。
「──……それが貴女の答えなんですよね、ヨル?
貴女はどれ程の醜態を晒しても尚、私の元を飛び出さずこの状況に耐え続けている。
私を始めとした周囲の人々に対して、馬鹿みたいに稚拙な言い訳をしている貴女ですが……貴女は自身の内に燻る情熱にだけは言い訳できずにいるのでしょう。
だから『諦める』という選択肢を口に出来ずそんなにも苦しそうな表情で泣いている。違いますか?」
まったくもってその通りだ。私が口に出せなかった事も見抜かれているし、その葛藤すら見抜かれた。情けなくて師匠の顔を見ることすら出来ないじゃないか。
……これではもうどんな言い訳もゴミ同然だ、リブラの馬鹿。人の心なんてわからない、人間なんて嫌いだと言いながらしっかりと見やがって。
「……ヨル。
私は貴女がここに来るまでのことを知りませんし、知りたくもありません。ですが貴女は、貴女なりに掴みたいものがあってここまで走ってきたのでしょう?
貴女は自分自身に嘘がつけない、誤魔化すことも出来ない子です。だから言い訳すら出来ず、その葛藤に真正面からぶつかり続けている──……そんな貴女の姿はなんとも不器用で、無様で、愛らしい。だから応援したくなるのです」
──そこでそんな言葉をいうなよ、バカリブラ。
消せず、燻るものを メイルストロム @siranui999
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