【KAC2023⑥】シュレーディンガーの7
鐘古こよみ
因果屋にて
いらっしゃい。よく辿り着きましたねえ。
入口の扉、3つありましたでしょう。あなたが1つ選んだ後、門番が残り2つのうち、1つを開けましたよね。可愛いヤギが見えました?
そうですか、それは良かった。それで、あなたは扉を選び直しましたね。いえ、そうしなければ辿り着けない仕様になっているんです。見ていたわけじゃありません。
こちら? はい、因果屋と申します。
わかりやすい名前でしょう。商品がとても複雑でわかりにくいものですから、せめて店名くらいは、ね。
商品ですか? もちろん、ございます。目の前の箱がそれです。
我々は『シュレーディンガーの7』と呼ぶこともございますが、一般のお客様向けには、『アンラッキーセブン』と紹介しております。わかりやすいでしょう?
わからない。では、少し説明しましょうか。
“シュレーディンガーの猫” って、ご存知ですか?
有名な量子力学の思考実験です。お客様、文系? では、細かいところを省いて、要点だけ申し上げましょうね。
「1時間以内に50%の確立で毒ガスが発生する箱の中に、猫がいる。1時間後に猫が死んでいるかどうかは、箱を開けるまでわからない」
ざっとこんな感じです。お客様が箱を開けて中を見るまで、猫は生きているのと死んでいるの、両方の可能性を秘めたまま存在しているというわけです。もっとも、提唱者のシュレーディンガーは、そんなことはあり得ないと言いたかったみたいですが、まあ、こちらは概念だけお借りしている身ですので、その辺りは。
で、問題のこの箱ですが、中には猫じゃなくて、不運が入っております。
誰のって、それはお客様のお望みのままですよ。お買い上げになられた方が見たい、知りたい不運が7パターン、この中に入っているのです。ただし箱を開けるまでは、どれも実在しません。
どういう意味かって? ええと、具体的に申し上げますよ。
私は今、あなたにこの箱を売りたいと思っています。だからこうして一生懸命、説明をしているわけですね。でも、うまくいくかわからないじゃないですか。どんなに完璧に商品の魅力を訴えたとしても、何かの不運が働いて、あなたは箱を買わないかもしれない。
私の顔が嫌だとか、財布を忘れたとか、突然大地震が起きて状況が変わったとか、そういう、自分の力ではどうにもならない不運が、世の中にはたくさん存在するわけです。そのうち、一番起こる可能性が高い不運から順に7つが、この箱の中には入っているのです。
箱を開けた途端、その不運は、現実のものとなります。
ええ、7つともですよ。1つではなくて7つ。それが売りです。
値段はこれだけですね。いえ、2万では。0を2つほど足していただいて。
そんなとんでもない商品はいらないって? いやいや、それはあなた、考え方に工夫が足りないというものです。こちら、本当にいい品なんですよ。
例えばあなたが科学者で、何か実験のやり方を模索していたとしますね。
この箱を使えば、不運な失敗に終わる7つの実験手法を、一瞬にして得ることができるんですよ。ピンとこない? それなら、これはどうでしょう。
例えばあなたが小説家で、これから売れそうな物語を考えていたとしますね。
この箱を使えば、不運な失敗に終わる7つの物語を、一瞬にして知ることができるんですよ。おや、少し顔つきが変わりましたね。でも、まだ足りなさそうだ。
こんなのはどうでしょう。少し意地悪ですが、職場にどうしても成果を上げさせたくない、嫌いな同僚がいたとします。
その方の仕事の結果をこの箱に問えば、7つの不運が瞬く間に、そのお相手に降りかかるというわけです。かわいそうに、狐につままれた気分でしょうねえ。
もっと知りたいですか。では、少し視点を変えて。
絶対に失敗するわけがない特技を持っている人に、予言するんです。「あなたは7度失敗し、8度目に成功する」って。
ほら、立派な予言者の出来上がりです。箱のことを知らない相手は、あなたが言った通りのことが起きたと感じるでしょう。占い師でも霊能者でも、お好きな道を歩めるようになると思いますよ。
まだ必要ですか? そうですねえ。
ちょっと珍しい状況ですが、こんな活用方法はどうでしょう。今にも自殺しそうな人が目の前にいた場合、その自殺の結果を箱に問うんです。
罪を犯しそうな人や、人の道を外れようとしている人に使うのも、同じパターンですね。7度も失敗すれば諦めるでしょうから、立派な人助けになります。
これでもまだお考えで? 優柔不断ですねえ。
仕方ない。箱を1つ開けて、手っ取り早く済ませるといたしましょう。
何を問うのかって? 決まっているじゃあありませんか。
『アンラッキーセブン』を買わずに店を出る予定の、あなたの不運ですよ。
7つお買い上げ、ありがとうございます。
<了>
【KAC2023⑥】シュレーディンガーの7 鐘古こよみ @kanekoyomi
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