城まで抱っこしといてよ

尚乃

硬いようでやわらかな

「この私を希代のスクロール魔法使い・シルベと知っての沙汰か!」


 と声高に言いたいが無理だ――なぜなら人と話すのが苦手だから。


 今思えば、公爵家の令嬢としての諸々の務めを果たすことがどうしてもできなかった……。


 本を積み上げてバリケードを作ったせいか? 魔法研究は捗ったけど。

 それとも、第一王子から声を掛けられたのを無視してしまったのが発端だったか?

 いや、王都に現れる魔物をこっそり倒してしまったのがバレた頃だ、王子に眼を付けられてしまったんだった、その後のあれやこれや。


「婚約者なんて嫌だぁ! まっぴらです!」


 とは言えなかったなあ、うん。あの時にはっきりと断っていれば……。

 仮に過去に戻る魔法を開発したとしても、うまくやり直せる気が全然しない。

 100回くらい繰り返したらどうにか……なるか?


「王の病の原因は、弱体化の呪いだと分かった、精緻なスクロール魔法を手紙に仕込むことのできる者は、王国に貴方しかいない」


「知らない、その手紙、私の筆跡に似てるけど、ほら全然違う!」


 とは言えなかった。


「婚約を破棄する!」


 王子の宣言を合図に、新参の王宮術士が攻撃魔法を放つ。

 咄嗟に髪留めを引っ張る――仕込んでいたスクロールが細くたなびく。


「逸れろ! 跳ね返せ!」


 私は記した文字を詠唱することはできる、人相手じゃないからな!



 気付いたら森の中。

 朝に霞む王城から無粋に煙が立ち上っている。

 返した魔法で起きた爆風で此処まで飛ばされたか?

 王城を半壊させたらもう、呪いは濡れ衣であっても紛うことなき反逆者だ。


 よし、隣国に逃げよう、さらば王国。


 と思ってたらひょいっと身体が宙に浮く。

 巨大な両腕に包まれた……のでなく自分の身体が小さくなっているだけだ。

 攻撃魔法はほとんど躱したはずだがなぜ身体がこんなことに、などと考えつつ、ぐるっと視線を巡らせる。


「この私を希代のスクロール魔法使い・シルベと知っての沙汰か!」


 と声高に言いたいが無理だ――なぜなら人と話すのが苦手だから。


「白いキツネは吉兆だと言う、でもケガをしているようだ」


 聞き覚えのある声……奴だ!


 私は拳を作って胸を叩いた――ぽふ

 もう一度だ! ――ぺふ


「暴れるな、城に戻って手当するだけだから」


「王城は半壊しとるだろうが! 手を離せ!」


 ペンと羊皮紙があれば魔法で……あ、キツネの手ではペンが持てないな。


「しっかりと持たないと逃げられてしまいそうだ」


 ぎゅっ、とされて王子の体温が伝わる。


 ケガが治るまで、ペンが持てるように練習するまでは……仕方ない。


 ――硬いようでやわらかな不思議な感触に包まれて私は王子の胸で二度寝することにした。


 ――王国を去る時には挨拶ぐらいするかな。呪いはともかく、城のことはごめん。

 

 


 

 



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