カエルの目

尾手メシ

第1話

 友人の谷口は極度の近視だ。コンタクトを嫌ってメガネを掛けているのだが、これがマンガやアニメでしか見かけないような厚さのレンズをしている。物心つく頃にはすでにメガネを掛けていたそうで、「いつか裸眼で世界を見てみたい」と口癖のようにボヤいていた。

 その谷口がおかしくなり始めたのは六月も終わりに近くなった頃のことだった。

 しきりに目の周りを揉んでいて、てっきり疲れ眼だと思った。受験を控えて机に向かう時間も自然と増え、確かに以前よりも目を酷使している感覚はある。谷口もそうなのだろうと思ったが、谷口は首を横に振る。

「これな、筋トレしてるんだよ」

 眼球の周りには毛様体筋という筋肉があるのだと言う。その毛様体筋が視力に関係しているらしく、ここを鍛えることで視力の回復を図るのだと言った。にわかには信じ難かったが、インターネットで検索すると、確かにそれらしい情報が表示される。やっていることはたんなるマッサージであるし、効果がなくとも害もないだろうと、その時は気にしなかった。

 しかし、谷口の行動はエスカレートしていく。最初は暇な時だけだったマッサージが四六時中になり、より鍛えるためだと言って眼球をグルグルと回す。授業中だろうがお構いなしにやるものだから何度も教師に注意されていたが、まったく聞き入れる様子はなかった。

 そして夏休み直前のあの日、谷口はいよいよ狂ってしまった。目の周りを筋トレ用の電極で覆っている。そのあまりの異容に教室が静まり返る。誰も声を掛けられないまま、谷口は駆けつけた教師に引きずられていった。そのまま谷口は姿を見せることなく、夏休みは始まった。


 夏休み明け、久しぶりに顔を合わせた谷口はメガネをしていない。

「やっと裸眼で生活できる」

満足気の谷口だが、教室はあの日のように静まり返っている。鍛え上げられた谷口の毛様体筋は肥大し、その目はまるで――。

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カエルの目 尾手メシ @otame

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