2章 紅蓮の剣士「ヘルガ・ロート」編

第6話 試合開始

【罪人と獅子の刑】

 腹が減った獅子と、同じく腹が減った罪人を戦わせ罪人が勝てば罪を許す。

 オレは罪人が勝った例を聞いたことがない。

 全て罪人は獅子の腹の中に納まった。


 といった刑がさっき行われていたらしい闘技場が門前からほど近いところにあった。

 

 中央の舞台には柵が張り巡らされ、けして舞台から逃げられないようにしてある。

 観客席は舞台を取り囲むように設置。

完全に見世物だな。

 

 観客席にはオレ達を囲むように、騎士や魔導士の姿。

 娯楽を心待ちにしているような気配が伝わってくる。

 

 今から行われるエンタテイメントは、魔族の疑いをかけられたオレことリク・ハヤマと、冒険者ギルドマスターの黒髪剣士との決闘である。


 オレとヘルガが東と西の入り口から入場。


 鉄の臭いがする。

 片付けられてはいるが、先ほど罪人がいただきますされたらしいな。


 オレたちの入場に観客席が湧きあがる。

 気楽なもんだな。

 

 オレと相対する黒髪剣士は微笑んでいる。

 ほう、余裕か。赤い服が良く似合っている。

 闘技場の真ん中で互いに向き合った。


「準備はいいか? 裏切りの魔拳士リク・ハヤマレベル1」

「レベル1を名前につけるな」


 弱くなったのは肌で感じているが、なんでそこまで弱くなったのかな。


「ふん、それにしてもわざわざ50年前に魔王を倒した勇者パーティーを裏切って殺された武闘家を名乗るとはな」

「はあ? オレが勇者パーティーを裏切った? 

 何を言ってるんだ。それに50年前って。

 魔王を倒したのはついこの間だぞ?」


 地面に突き刺さった衝撃で忘れていたが、そういえばオレがこの前魔王を倒したような気がする。


「まあ、いいや。

 最近忘れやすくてな。

 それはそうと、その赤い装束がお前の戦衣装か。

 随分と似合っているな」


 凛とした雰囲気に赤い装束。

 すらっとした長身に良く映えていた。


「ハハハ。お世辞が上手だなリクハヤマレベル1。

 舌先だけじゃなく、戦いの腕でも磨いたらどうだ」


 挑発するような視線をぶつけ、話しかけてくる。


「オレの名前にレベル1を付け加えるんじゃないよ。

 せっかく服を褒めてやったのに可愛げがないな。

 『決闘』って言うのは相手に敬意を持って行うものだぞ?

 お前は師匠に教わらなかったのか?」


 黒髪の剣士は師匠という言葉にピクリと反応したようだ。


「……私は、独学なもんでね。

 師と仰いだ人間はいないよ。

 さあ、無駄話はここまででいいだろう。

 魔族の中には会話の最中に幻術を仕掛ける奴もいる。

 これ以上の無駄話は許容できない」


 黒髪の剣士が剣を構えた。


「フ。

 私が本当に魔族であれば、お前の対処は正解だ。

 ただ、オレはお前に名乗った。

 お前も名前くらい教えてくれないのか」


 決闘というものは双方名乗るものだ。

 

「フフ。

 生憎魔族に名乗る名は持ってないんだ、すまない」

「オレは人間だよ」

「……ヘルガ・ロート。

 前回の魔族との大戦で、最も魔族を斬った剣士『紅蓮の剣士』といえば、貴殿にも伝わるか」

「紅蓮の剣士? え、いや。

 ごめん、知らない」


 当然知らない。

ヘルガはショックを受けているご様子。


「私、紅蓮の剣士ヘルガ・ロートの名前を知らないわけないだろう! 

 ゆ、有名なんだぞ! ホントなんだ!

 魔族をいっぱい倒したんだからな!」

「怒るなよ、疑っているわけじゃないんだから」


 オレが知らないことに腹を立てている。 

 とはいっても知らないものは仕方がない。

 

「オレはリク・ハヤマだ。

 この国、最強の武闘家だ」

「あくまでその設定は崩さないんだな。、リク・ハヤマ」

「設定ってなんだ、オレは自分を偽りなく名乗っているだけだぞ」

「はいはい、わかったわかった」


 そのジトッとした目はやめてほしいんだけど。


「ヘルガ・ロート。

 お前も武人なら改めて確認するまでもないが、決闘に勝てば願いを叶えてくれると考えていいんだな」

「フフ、もちろん褒美はある。

 町への入場を認めよう。

 ただ、負ければクビを切り落とし、貴様の体内の魔石(コア)を奪うぞ。

 魔族であればコアさえ生きていれば再生の可能性があるからな。

 死ぬのは怖いぞ? レベル1では私に勝てるわけがない」


 ヘルガはニヤッと微笑んだ。


「まあ、オレが負けるわけもないが――命を賭ける以上、こちらの願いも入場許可では足りないな。

 勝利した場合、一つだけ何でも言うことを聞いてもらおうか」

「フン、どうせ私を好きにしたいなどと言うのだろう。

 魔族には恨まれているからな。

 いいぞ? どうせ負けるわけがない」


 ヘルガは自信に溢れているようだ。


「お前が勝った時にはなぶって殺すなり、好きにしろ」

「わかった。

 お前をもらおう」

「……負けるわけないがな」


 オレも拳を握り構える。


「では、はじめようか。

 剣士の力というのは、口数で決まるのではないだろう?」


 オレは少し挑発をする。


「フン、上等だ!」


 【死 合 開 始】


 張りつめた空気に怯えたのか、鳥が飛び立った。


 二人で間合いを図りあう。

 武闘家と剣士の戦いであれば、通常、剣士の間合いのほうが広いため、ヘルガは剣の切っ先をちらつかせるように牽制してくる。


 ヘルガは最も魔族を斬った【紅蓮の剣士】と自分で言っていたが、本当に強い武闘家と戦ったことがないんじゃないか?

 剣先を突き付けて自分が有利だと思っているような試合運びだ。


「プフフフフ」


 オレは、思わず笑ってしまう。


「何がおかしい」

「一体いつから――武闘家が遠距離攻撃が出来ないと錯覚していた? 

 はあああああ!」


 オレは右手から衝撃波を射出する。

 青い衝撃がヘルガ目掛けて飛んで行った。

 

「な、なんだと!」


 武闘家が衝撃波を撃てることを知らないかのような驚き方だな。

 ヘルガは自分目掛けて飛んでくる衝撃波を剣で受け流そうとするが、衝撃を殺しきれず、闘技場の端まで吹っ飛ばされた。


 ドゴーン!

 壁にヒト型の穴が開く。


「何が起こったーーーーー!」

「魔法か、あれが素手の攻撃のはずがない、卑怯者め!」


 群衆はざわめいている。

 武闘家の基本攻撃手段だろうになにを騒いでいるんだ。


「ガハッ……」


 白煙を舞い上げながらも、剣を地面に突き刺し、その反動で起き上がるヘルガ。


「ク、クソ!

 でたらめだ、何だその攻撃は!

 新しい魔法か?」

「フン、ただの衝撃波だ。

 知らないのか」

「ふ、ふざけるな!

 魔法か何かを使ったのだろう」


 ヘルガは腰についた土を払い、剣を構えなおした。


 おっと、しかしオレも立ち眩みを起してしまったぞ。

 あの程度の衝撃波でふらふらになるような鍛え方はしてないんだけどなあ。

 最近調子悪いなあ。

 なんかレベル1だし。


「その技はお前にも負担がかかるようだな、連発は出来まい」


 確かにもう一回撃ったら、倒れてしまいそうだな。


「……行くぞ!」


 ヘルガがじりじりと間合いを詰め、跳躍して切りかかってきた。

 ゴブリンよりだいぶ速い。

だが――


 これくらい屁でもない。


 と思ったが体が思うように動かず、

 ジャンプが足りずにヘルガの剣がちょうどオレのクビの位置に。


「ふん、こんなもの見てから回避でき……」


 ――シュバッ。


 いい音だな。

 まるで人体を切り離したような音……


 ドサッ。

 プシャー。


 ジャンプに成功したのは、オレの首だけだったようだ。

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