第3話 傷だらけのヒーロー

 ゴブリンライダー2体が馬に乗ったまま、オレと少女の方へ向かってくる。


「武闘家様!」

「下がっていろ、なんとかするから」


 近寄ってきた少女を手で制する。

 クソ、ゴブリンライダーが近づいてきた。


「ギャギャギャ!」

「オレが、こんな傷で死ぬわけないだろうが!

 こんな傷すぐ治る、っていうか【治れよ!】」


 オレは光に包まれて――

 腕はくっつき、

 腹と手からは剣は抜け、

 傷が塞がり、

 体力が回復した。


「ぶ、武闘家様?」

「少女よ、大した腕だな。ありがとう」

「私は癒し手ですが、そこまでの奇跡みたいな魔法は使えませんよ!

 な、何が起こったんですか?」


 少女は驚いている。


 理由はわからないが調子がいい。

 フ、この調子だとゴブリンも瞬殺できそうだ。


「来いよ!

 まとめて相手してやる」

「ギャギャギャギャ!」


 挑発に乗ってくれたようだ。

 ゴブリンライダーが突撃してきた。

 

 オレにはゴブリンが死ぬイメージが見えている。

 アークデーモンみたいにクビを折られて死ぬイメージが。


 オレはゴブリンへ殴りかかる。


「ゴブリン達め、【死ね】」

「ピギャ!」


 ゴキ! 何かが折れるような音がした。

 突撃してきたゴブリンは落馬。

 

 奥のゴブリンたちもなんだか死んでいる

 あー、良かった。勝てて。

 オレは疲れたのか座り込んだ。

 

 でも、なんだか当たってないのに死んでたな。

 なんでだろ。


「ぶ、武闘家様、あちらを!」

「ん?」


 ドドドドドド。


 先ほどのゴブリンライダーの大群がこちらを目掛けて突撃しているのが見えた。


「いつのまに仲間を呼んだのでしょうか」

「100体超えてませんか? あの規模だと、町にも被害が出ますよ!」

「オレが倒そう。回復してもらったからな」


 オレは戦うために立ち上がった。


「え? 違いますよ、私の魔法はこんなにすぐ回復するようなものじゃ……」

「嬉しかったんだ」


 オレは少女をじっと見つめる。

 整った顔に大きな碧眼。

 見るからに手入れの行き届いた金の髪を腰まで伸ばしている。

 

「え…あの」


 少女がもじもじしている。

 

「抱きかかえてくれて、魔法をかけてくれた。

 泣いてくれて嬉しかったんだ。

 だから、頑張れた。ありがとう」


 オレは少女の頭を撫でた。


「え? え?

 えーーーーーーーーーーー!」


 少女は飛び上がってオレから離れ頭を抑えた。

 そんなに驚くことか?


 騎士もあんぐりと口を開けている。

 

 少女は顔を真っ赤にしながら、オレに問いかけた。


「本気、ですか」


 少女は熱のこもった瞳でオレを見つめた。


 ゴブリン100体と戦うことか?

 ああ、楽勝だ。

 たぶん、すぐ終わる。

 

「本気だよ」


 少女は興奮から唇を震わせたまま、オレに話しかけた。


「あ、あなたは私をからかっているのです!

 死にに行くような人と、そんな約束できません」


 オレは身を挺して死んでくるわけじゃないんだけどな。

 少女は泣きそうになっている。

 不安なのかな。

 そうだよな、あんな大量のゴブリンがいたら……

 

 大丈夫だよって、伝えてあげよう。

 オレも抱きかかえてもらったから。

 オレは少女を抱き締めた。


「ひ、ひぁああ」


 少女はホホを真っ赤に染めて震えている。

 オレはうるんだ瞳の少女を安心させるように伝える。


「怖がらなくていいよ。

 オレ、本気だから。

 すぐに倒して戻ってくるからな」


 オレは震えている少女に優しく話しかけた。

 少女は真っ赤なホホから湯気を出しながらうなづいた。


「……か、かならず帰ってきてくださいね。

 絶対ですよ!」


 少女の眼差しは真剣そのもの。

 オレの身を心配してくれているのか。

 オレはこの少女に少なからず好意を持った。


「ああ、かならず戻るよ」

「な、名前を教えてください。

 あ、あと生きて戻ってきたらいっぱいいっぱい聞きたいことがあるんです、だから、死なないでくださいね」


 少女はスカートのすそを握りしめながら話しかけてきた。

 名前を教えてください、か。

 

 普段なら人助けをした場合、名乗る名などないと答えるのだが。

 少女の真剣なまなざしに、それでは不誠実な気がした。


 名前……【名前を思い出せ!】

 おお、オレは名前を思い出したぞ。


「フハハハハ。

 オレが死ぬわけないだろう。

 リク。最強の拳士リク・ハヤマ」

「……私はミア。

 ミア・グラフといいます」


 オレは戦いに行くのでミアににっこりと笑いかける。


「行ってくるね、ミア」


 オレはミアの頭を撫でてあげる。


「ひあああ」


 ミアが飛び上がった。


「だ、だから、それは戻ってからですってば!

 人前ですよ!」

「大声出すと見つかるよ、隠れててミア」

「あ、はい。

 ……リク様、頑張って」


 ミアは小さな声で頑張れって言ってくれた。

 ジェスチャー付きだ。

 なんだか、頑張れそうだな。

 ミアは騎士が大岩の陰に連れて行った。


 オレはゴブリンの前に立つ。

 100体以上はいるだろう。

 

 なんだかすごく弱体化したオレだが、先ほどの戦いで何かつかめた気がする。

 ゴブリンの死のイメージはしっかりある。

 あとは、拳を突き出し、叫べばいい。


「【ゴブリン達よ、死ね】」


 ゴキゴキゴキゴキゴキゴキゴキゴキ!


 ゴブリン達は落馬し、暴れ馬だけが通り過ぎた。

 フハハハハハ、やはりオレは最強だな。


「あ、あれ?目が回る」


 オレは倒れた。


 ☆★


 今は疲れて馬車ですやすや寝ているこの人に、ゴブリン達に襲われているところを助けてもらった。


 リク・ハヤマと名乗ったその武闘家は、見慣れないド派手な黒と赤の武闘着で、傷だらけになりながらも私を助けてくれた。

 

 私は助けられたとき、すでにリク様に心を奪われていたんだ。

 でも、そんなことよりビックリしたのは……


「求婚されてしまいましたね」


 侯爵令嬢である私付きの騎士、トーマスが呟いた。


「ええ。

 頭を撫でられたということは、求婚されたということです」


 その事を思い出すだけで私の頬は熱くなってしまう。


「とても優しく頭を撫でてくれました」


 私はリク様の大きな手を思い出しながら、私の頭を触って確認する。

 ……やっぱり夢じゃなかった。


「それにしても私が驚いたのは、ミア様が求婚を受けてしまったことです」


 トーマスの眉がつり上がる。


「頭を撫でられてからの『本気ですか』との言葉。

一般的に『求婚受け入れ』と取られてしまうんですよ!」


 1 頭をなでて

 2 本気ですかと問い

 3 本気だよ


 と返すのが、この国のプロポーズの流儀だ。


 50年ほど前からこの国に根付いたプロポーズのしかただ。

 それこそ子どもですら知っているんだから、リク様が知らないわけがないよね。


「それに対して、あのリクという武闘家は『本気です』と言ってしまうし、あれだと本当に婚約成立したと取られちゃいますよ!」


 トーマスが私を真剣に見つめている。

 付き合いの長いトーマスとはいつも冗談を言い合うような関係だ。


 親子ほど年が離れてはいるけれど、真剣に私のことを考えてくれている数少ない人物でもある。


「来月には、ジークムント侯爵家との顔合わせだったわね」

「ええ。そんな時期ですからあのリクとか言う武闘家にお断りするのは早いほうがいいですよ」

「そうね、断るのは早いほうがいいわね」


 トーマスはほっとしたように胸を撫でおろした。


「わかってくれましたか、ミア様はたまに突拍子もないことをなさるから、ビックリしましたよ」

「私、ジークムント家との縁談を取りやめるわ。

 リク様と、絶対結婚するんだから!」 

「侯爵家との縁談を断るんですか!」


 唖然とするトーマスにこう宣言した。


「私は、リク様に運命を感じたの。

 誰にも邪魔はさせないんだから!」


 胸に込み上げるこの思い。

 きっと私は恋をしたんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る