第4話 膝枕

 なんだかコンニャクがどうとか言い争うような声がしたけど。

 むにゃむにゃ。

 夢の中の話かな。

 うーん、気持ちよく寝ていたな。


 ガタンゴトン、と揺れている。

 馬車かな。


 それにしても柔らかな枕だな。

 ……最高だな!


 オレは枕をなでまわした。

 滑々していて弾力があって……いい素材を使っているのだろう。

 ツヤの良い生地を使っており……ってこの生地枕にしては高級過ぎだぞ。


 この枕の弾力の秘密は何だ!

 フハハハハ。

 オレが確かめてやる!


 オレは体を起こしツヤのある高級生地をガバっとめくる。


「キャッ……」


 何だか枕がしゃべっていた様な気がするが、枕はしゃべらないな。

 気のせいに決まっている。


 生地をめくると肌色。

 何だこの肌色のものは?


 触ってみるとピトっと吸い付くようでほのかに温かく、なんだか見覚えがあるなあ。

 オレは触るのが結構好きだった記憶があるけど。

 肌触りが気持ちよいのでなでなでしているとゆっくりと記憶が……


「……ぁ……」


 枕から鼻にかかった甘ったるい声がする、わけないか。

 枕だし。

 あ、思い出した。

 この肌色が何なのか。


「って、太ももじゃないか!」

「……膝枕ですから」


 太ももにかぶせられたツヤのある枕の高級生地がしゃべった。

 高級生地をたどっていくと。

 頬が真っ赤になった女性がいた。


「枕の生地かと思ったらなんだ、美女か」

「いえ、あの」

「美少女か」

「……どっちかと言ったら美女のほうが嬉しいですけどッ」


 金髪を腰まで伸ばした少女。

 大きな青い瞳がオレをじっと見つめている。

 というか、見下ろしている。

 なんだか恥ずかしいのか、髪をくるくるいじっている。


「そうか、オレは膝枕されていたのか。」

「はい」


 オレはまだ寝ぼけているし、まだ眠い。


「もう少し膝枕してもらってもいいか?」


 ダメなら起きるかというくらいの気持ちで聞いてみる。


「……どうぞ」


 顔を真っ赤にしているが、許可が出た。


「じゃあ、遠慮なく」


 美女(美少女の)膝枕って最高だな。


 とりあえず、お言葉に甘えるとして情報を整理しよう。

 

 頭が起き抜けのせいか回らない。

 えっと、ゴブリンに襲われているところを助けたんだったな。

 この少女はミア。

 ミア・グラフという名前だった。

  

「ミア、膝枕ありがとう」


 オレは膝枕されながら伝えた。

 ミアの顔がオレの上にある。

 うーん、顔が近いなあ。

 吐息がかかるくらいの位置。


 ゴブリンと戦っているとき、ミアには抱きかかえられながら治癒魔法をかけてもらった。

 そのときの安心感を思い出してオレは膝枕されるがままにしていた。


「いえ、当然です」

「当然ってこともないと思うけどな。

 ゴブリン倒したら膝枕してくれるなら、また助けてあげてもいいぞ」


 オレは少しからかうつもりで冗談を言った。


「はい。

 いくらでも膝枕します。

 でも、ゴブリンから助けてくれなくても、毎日ちゃんと帰って来てくれたら、膝枕してあげますよ」

「どこに帰るんだ?」

「もちろん、家ですよ」


 ミアは当然といった顔。


「そりゃあ、帰るんだから家か」

「はい。

 私たちの……家です」


 少女は顔を真っ赤にして、オレの顔に手で触れた。


「リク様……」


 ミアが吐息混じりにオレの名を呼ぶ。


 ちょっと、膝枕で顔に手を触れるのは恋人みたいだろ。

 いつの間にそんな深い仲になったんだ?

 まあ、嫌な気はしないけどさ。


 瞳をうるませたミアの顔が近づいて来て……

 何だ? オレの顔に何かついてるか? 


 と、思っていたら――頬にキスをされた。

 ぷるん、とした唇の感触がほっぺに残った。


「へ?」


 思わず声が出てがばっと飛び起きた。


「は?」


 男の声がした。


「い、いたのね。

 トーマス」


 ミアは自分のしていたことに恥ずかしくなったのか、頬を真っ赤に染めていた。


「そうか、二人きりじゃないのか」


 飛び起きるとオレ達の反対側に騎士が座っていた。

 あんぐりと口を開けている。


「ええ。

 ビックリですよ、特にミア様。

 馬車に二人しかいない空気を出して……二人きりみたいにイチャイチャしだすんですから」


 騎士がミアに文句を言った。


「膝枕していただけでしょ」

「膝枕はまだしも、人前でほっぺにキスしますかね。」

「誰も見てないんだからいいでしょ」

「その誰の中に私は入ってないんですか、そうですか」


 ミアの隣にいた騎士。

 ミアからしたら父親くらいの年か。


「お前も無事だったんだな」

「おかげさまで。

 リク様があの大群を一人で片付けてくれましたから」


 騎士が頭を下げた。


「いや、感謝するのはオレの方だ。

 ミアのお陰で命を拾われたからな」

「そうですねえ。

 リク様生きているのが不思議な状態になってましたからねえ」


 腕が取れかけ、腹と手に剣が刺さっていた。

 どういうわけか知らないが、するすると剣が抜け体が回復していた。

 ミアが回復魔法を多重掛けしてくれていたからかな。


「いえ。

 私に瀕死のリク様をすぐに全回復させるような力はありません。

 あれは……神様がくれた奇跡なのです!」


 両手を組んで祈るように、宙を見つめているミアの瞳はキラキラと輝いていた。


「死ぬような大怪我まで負って――それでも私に下がっていろと言ったリク様に、私は感動したのです! 

 そして、神様もリク様の願いを聞き届けてくれたのです。

 リク様の【治れよ!】に反応したのです」


 確かにオレは【治れよ!】と叫んだ。

 その結果、治ってしまった。

 ゴブリンも【死ね!】と言ったら死んだ。

 

 なんだかそういう感じの魔法みたいなのが使えるの?

 オレ武闘家だったのに?


 オレが自らの能力について考えていると、ミアがすぐ隣に座ってきた。

 ミアからはとても甘い匂いがした。


「一つの傷も負わない勇者様より、リク様のほうが何倍も素敵でしたよ」


 ミアがさらにもう一段階オレとの距離をつめてきた。

 これは近いというよりくっついているんじゃないか?

 そんなに広くない馬車だけど、そこまでくっつかなくてもいいじゃないか。

 

 いつの間にか腕も組まれているし。

 グイっと一気に心の距離をつめられたら、さすがのオレも動揺してしまうぞ。

 

 ミアを間近でみると上品なたたずまいの中にあどけなさが残っている。

 質の良さそうな身なりなのに、さほど化粧っ気がない。

 

 腰までの金髪と整った顔に大きな碧眼。

 表情がコロコロ変わるところから察するには、まだ少女と呼ばれる年なのかもしれないな。


「そんなに見つめられると、照れてしまいます」

「ああ、すまない」

 

 とはいえ、ここまでめり込むように近いと嫌でも目に入るんだけど。

 質の良いマクラだと思っていた鮮やかな青いドレス。

 華美な装飾ではないが、とても良い生地を使っているのだろう。

 ミアに良く似合っている。

 

 ブロンドの髪を腰まで伸ばしているけど、よく手入れしてあるんだろう。

 思わず口走った。


「綺麗な髪だな」

「あ、ありがとうございます。

 良く褒められます」


 謙遜せず、にこっと微笑む。

 素敵な笑顔だ。


「あのイチャつくのも結構ですが。

 ミア様、そろそろリク様に私をご紹介願えますか」

「トーマス、髪について話していただけよ」


 ミアは口を尖らせた。


「でもそうですね、こっちのは護衛のトーマスです。

リク様」


 ミアがオレと少し距離をとった。

 きちんと挨拶するってことなんだろうな。


 ミア付きの騎士、トーマス・ミュラー。


 トーマスがミアのことも教えてくれた。

 あまり自分で家名を伝えるのも嫌味であるし、部下が説明するのが貴族の礼儀らしい。


 ミアはこのあたりの領主グラフ侯爵家のご令嬢だそうだ。

 港町カリギュラから内陸の町ベケットに向かうところだったらしい。

 二つの町は両方ともグラフ侯爵家所有の町だ。


「それにしても、リク様すごかったですね。

 一瞬でゴブリンライダー100匹を倒してしまいました」

「ええ、リク様が一歩も歩かないまま、ゴブリンライダーが倒れてましたから。

 いやあ、リク様の足さばきが見えませんでした」


 トーマスも頷いている。

 足さばきが見えなくて当然だ。

 歩いてないからな。


「フハハハハ、オレにかかればゴブリンライダーごときなんということは無い。

 最強の武闘家リク・ハヤマに倒せない敵など存在しないのだ」


 ミアがくすくす笑っている。


「ほ、本当だぞ? 

 斬られたのはちょっと油断しただけなんだ」


 オレはミアに頑張ったんだぞって主張したい。


「リク様はかっこよくて強いです。

 私の誇りですよ」

「いや、そこまで褒められると照れるぞ」

「ふふふ」


 やっぱりニコニコと笑っている。

 ミアはご機嫌みたいだな。


 この少女と一緒に過ごせる男は幸せだろうなあ。

 ミアはくるくると表情が変わる。

 今見せた笑顔なんて、免疫がない男が見るとイチコロなんじゃないか?


「それにしても、リク様。

 どこかで聞いたようなお名前ですね」


 トーマスが何か思い出そうとしている。


「……そうか? 姓も名も珍しいわけでもないからな」

「あ、リク様。

故郷はどちらですか?」


 ミアは興味津々といったご様子。


「ミア、私の故郷が気になるのか?」

「そうですね。お父様に会っていただくんですから、リク様のこと知っておきたいですし。

 それに婚礼の儀なども各地によって違うようですからね。

 リク様の故郷の地の婚礼の儀についても知っておかねばなりませんし」


 ミアは楽しそうに婚礼を語っている。


「婚礼に興味があるのか?」


 女の子は素敵な婚礼の儀を上げたいものらしい。

 正直オレはどうでもいい。

 めんどくさい。


「女の子ですからね、自分の婚礼に興味があるのは当然ですよ」

「そういうものか」


 妙に頭が近いな、ミアは。

 撫でて欲しいのかな。

 寂しがり屋なのかなあ。

 よし、撫でてやろう。


「ふふふ、幸せです。

私」


 頭を撫でられたミアは本当に幸せそうな笑顔を浮かべる。

 

「本当に可愛い笑顔をするんだな。

 ミアと一緒に居られる男は幸せ者だな」

「リク様!」


 ミアが感極まったように、がばっとオレに抱きついてくる。


「私、絶対にお父様を説得して見せますからね。

 だから、二人で一緒に頑張りましょうね!」


 へ? 何を頑張るんだ? 

 領主への面会か? 

 まあ、それなりに気を遣うんだろうな。

 

 ミアが頑張ってくれるなら助かるな。

 オレは偉い人と、かたっ苦しい話をするのは得意じゃない。


「頼むよ」

「はい!」

 

 ぎゅっと抱きしめてきた。

 ミアのからだの柔らかさが服越しに伝わってくる。

 この子の愛情表現は勘違いする男が出るぞ。

 オレも思わず抱き締め返した。

 

「……リク様」


 ミアは目をつぶり、顔を近づけてきた。

 唇が……近い。


「ミア様、ほどほどにしましょうね。

 離れてください。

 水かけますよ」


 トーマスが慌てて声をかけた。


「それは発情した犬に対しての作法よね。

 トーマス、私は犬じゃないわ」


 ミアはトーマスに言い返した。


「でも、そうね。

 人前ですものね。

 もうじき結婚するとはいえ」

「え? 何?」


 ミアが耳とほっぺを真っ赤に染めながら上目遣いでオレになにか喋っているが、馬車からガタンゴトンと音がして聞こえなかった。


「ベケットが見えてきましたよ」


 御者テオが到着を告げた。


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