第11話 勝利宣言

 ヘルガは舞台の上で力尽きているが、口元には笑みを浮かべていた。

 

 オレの身体からすごい勢いで力が抜けていく。

 あ、レベル1になった気がするぜ。

 オレもぶっ倒れた。


「これでお前はオレのものだ」


 オレは横たわったままヘルガに話しかけた。

 フフフ、オレの弟子として物凄く強くしてやろう。

 ヘルガは、顔を真っ赤にしていた。


「す、好きにすればいいだろ」

「通いも、住み込みもいいが……一緒の部屋に住めよ」


 やはり弟子と言うものは一緒に寝泊まりをして強くなるものだからな。


「す、住むのか? 二人でか?」


 ヘルガは驚いている。

 だって、ヘルガはオレの流派に弟子入りするわけだからな。


「籍も入れなきゃな」

「入籍までするのか!」


 ヘルガは何を驚いてるんだ? 一応、弟子としての入籍は書類でするものだぞ。

 オレが創始者の一門は、入会申請書と入会審査があるのだ。


 だれでも籍を入れられるわけじゃないんだぞ。

 ふふ、冒険者はみんな籍を入れたいって言ってるんだからな。


「それはそれで大事にし過ぎじゃないか?

 奴隷にされたって文句は言えないんだぞ、決闘で負けたんだから」

「お前をオレの籍に入れたいんだ。

 嫌か?」


 なんだか、オレの一門に入るのをヘルガは嫌がっているみたいだ。

 オレは少し悲しくなった。


「嫌なんて言ってないぞ!」


 ヘルガはとても嬉しそうな声だ。


「……リクは優しいんだな」

「何を言ってるんだ? めちゃめちゃ厳しく躾(しつ)けてやるぞ」

「し、しつけられるのか?」


 ヘルガは真っ赤な頬に手を当てていた。


「……私は、戦いばっかりだったから、そういうのは不慣れなんだ。

 頑張るから、優しく躾(しつ)けてくれないか」


 うんうん、弟子のしつけは師匠のつとめだ。


「お前はいい胸と、いい尻をしているからな」


 戦士として、胸の筋肉も、尻の筋肉も必要だからな。

 見事にトレーニングをしてあるようだ。


「な、何を言ってるんだ!」


 ヘルガは耳まで真っ赤になった。


「なあ、リク」

「ん、なんだヘルガ」


 ヘルガはオレを見つめた。


「助け起こしてくれないか」


 オレもヘロヘロなんだけどな。

 ここは、男を見せる場面か。


 地面に倒れているヘルガを助け起こそうとした。


 ヘルガは魔族化は解けて人間に戻っている。

 オレがヘルガを抱きかかえると、


「これが、私の気持ちだから」


 ヘルガはオレの顔に触れて、唇を重ねた。


「……ここは舞台だから、ここまでだよ」


 ヘルガは笑うと、オレの手を払い立ち上がった。

 会場は喧騒に包まれている。


「ヘルガ様が、敗れた!」

「なんだあの男の動き、全く見えなかったぞ!」

「人間業じゃねえ!」


 騎士たちが騒いでいる。

 少し目立ちすぎたようだが、殺さずに武闘家として勝つということはできた。


 ミアと町長が駆け寄って来た。

 ヘルガが、町長に伝える。

 

「町長、私の負けです。

 リクの勝利宣言をお願いします。

 騎士たちもざわついていますから」

「うむ」


 町長は、小型の石板を取り出し、短く呪文のような言葉を詠唱した。

 声を拡大する魔道具を使うのか。


「ヘルガ・ロートとリク・ハヤマの決闘、勝者は『リク・ハヤマ』!

 盛大な拍手を!」


 会場は割れんばかりの盛大な拍手に包まれた。


 ☆★

 

 全員で別の馬車に乗り込み、町長の館へ。

 コリンナというケモノ耳の使用人に案内され、大きな円卓のある広間へ案内された。


 すでに3人は着席していた。

 円卓の正面に町長、左にヘルガ、右にミア。


 着席を促されたので座る。

 喉が渇いたので用意された果汁をいただく。

 うん、甘酸っぱいぞ。

 

「では、入場に対しての決まり事などを話していきましょう」

「ん? 町への入場をスムーズにさせてくれればそれでいいぞ」


 面倒な決まり事などなるべくご遠慮願いたい。


「ギルドマスターが倒されたというウワサ自体保安上問題があります。

 だれが倒したかということも含め、あれだけの群衆の口に戸は立てられますまい。

 一応釘を刺しておきますが……」


 町長とミアが目で合図をし、頷きあったようだ。


「それでは、少しヘルガはギルドの仕事がありますので、これで失礼します」

「え、それよりこれからどうするか話し合うべきじゃないのか」


 ヘルガはオレを見つめている。

 一緒に居たがっているみたいだ。


「いえ、ギルドの方で火急の案件があるそうだから……」


 町長が、ヘルガをギルドへ連れて行った。

 ミアがこちらへ来た。


「リク様。

 この度、決闘をするようなことになってしまって申し訳ありません」


 ミアは深々と頭を下げ、謝罪の意を示す。


「ミアが悪いわけじゃない」


 オレは、ミアの頭を撫でてやった。


「はい。

 決闘でリク様は、命を賭けさせられました。

 そして、ヘルガ様はその身を賭けられました。

 決闘の結果は絶対です。

 ヘルガ様の身柄はまるごとリク様のものです。

 ですが……」


 ミアがオレの手を取った。


「怒りが収まらないのであれば、私がリク様になんでもしてあげます。

 だから、ヘルガ様をお許しいただけませんでしょうか」


 ミアはオレに真剣にお願いしてきた。


「ヘルガ様は、先の大戦の英雄でもあり、この町の安全に尽力してくれました。

 そして、何より……婚約者がいるのです」


 ミアが言うことには、ヘルガには婚約者がいるらしい。

 

 そ、そうか……。

 知らなかったな。

 

 ミアが詳しく説明してくれた。


 長々と話してくれたんだけど、オレは呆然としていたからキーワードでしかとらえられなかった。


 相手はここ、グラフ侯爵家の隣地、ヴァイスブルグ侯爵家の子息であること。

 町民はみんな喜んでいること。

 来月にも結婚するということ。

 いわゆる政略結婚であるということ。


 ……ヴァイスブルグ家に嫁いでいくとしたら、うちの一門に籍を入れるってわけにもいかないかな。

 弟子の幸せを願うのが、師匠というものだ。

 笑って送り出してやるとしよう。


 もっと強くしてやれると思ったんだけどな。


 仕方ない。

 ひとつだけ、確認したいことがある。

 それを確認し終わったら、ヘルガを自由にしてやろう。


 ……なんだか胸が痛いな。

 別れって辛いのかな。

 

 胸が締め付けられるようだけど。

 知力が低いオレには――原因なんてわからない。


 魔族と蔑まれ、貴族からスラムに落とされて。

 一人で生きていくために必死で剣をふるって。

 人間として当然に湧く感情すら抑え込んで魔族と戦い続け――

 その結果、ヘルガは『英雄』と呼ばれた。


 オレはできれば、ヘルガには幸せになって欲しい。

 それが拳と剣を交わしたものへの『友情』ってもんだ。


「ヘルガは、幸せになれるんだろうか」


 ボソリとつぶやいたオレの隣で、ミアはキラキラと瞳を輝かせていた。

 

「ヴァイスブルグの子息ハンス様は評判の良い方ですよ。

 いい婚礼の儀になるといいですね」


 ミアの目にウソはなさそうだ。

 悪い奴じゃないなら良かった。

 

「リク様、私たちの婚礼の儀も素晴らしいものにしましょうね」


 ミアがオレにくっついてきた。


「ヘルガ様は素敵な人ですが、――わ、私、一生懸命尽くしますから。

 リク様、そんな悲しい顔をしないでください」


 ミアがオレにしなだれかかってくる。

 ははは、こんな少女に心配されるくらい衰弱してたのかな。

 オレは下をむいたまま、ミアの頭をわしゃわしゃと撫でる。


「泣かないで、リク様」


 え? オレは泣いてなんか……

 涙が零れ落ちていたことに、オレは気付いていなかった。


「顔を上げてください」


 ミアは両手でオレの頬に触れた。


「私が、元気になる魔法をかけてあげますね。

 ……目をつぶってくれますか」


 オレは言われたとおりにした。

 

 唇が、ぷるんと温かい。

 

「ぷは」

 

 ミアの真っ赤な顔が目の前にあった。

 ……オレが弱っていると、いつも助けてくれるんだな。

 ありがとう、ミア。


 でも、恋人でもないのにすぐチュッチュするのはオレ以外にはやめた方がいいと思うぞ?

 ミアの優しさなんだろうけど、勘違いする奴だってあらわれると思う。

 

 でも……今は、その優しさに溺れていたかった。

 オレはミアを抱き寄せる。


「リク様」

 

 ミアはオレをじっと見つめている。


「魔法が効いたみたいだ」


 ミアがくすくす笑った。


「これからもずっと魔法をかけてあげますね」


 どちらからともなく、唇を合わせた。


 ……ふ……ちゅぱ……


 二人の心臓の鼓動しか聞こえなかった。


 バーンと扉が開く。


「いやあ、お待たせしました」


 村長とヘルガが部屋に入って来た。

 ちょっと深めにキスをしていたところだったので、ビックリして固まってしまった。


「リク様、どうしたんです?

 っていやあああああ」


 ミアは大声で叫んだ。

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