深夜の船内散歩【KAC2023 4回目】

ほのなえ

少年と動く甲冑

「……うーん…………」


 真夜中、船の最下層にある部屋のベッドで眠っていた少年は、ぱちりと目を覚ます。


 部屋の中は真っ暗で、しんと静まり返っている。船の中なので部屋全体が揺れているものの、特に睡眠を妨げるきっかけになったものはなさそうだった。


(……あれ、なんで目が覚めたんだろう)

 少年は不思議に思いつつ、再び眠りにつこうと目を閉じるが、何故か頭が冴えてしまい、どうにも眠れそうになかった。

(仕方ないから、ちょっと船の中を散歩してこようかな……)

 少年はそう考えてベッドから出ると、近くにあるランプに、傍に置いていたマッチで火を灯す。

 そしてそれを手に持ち、重厚感のある大きな扉を開けて、寝巻きのまま部屋を出る。


 船の内部は明かり一つ灯っておらず真っ暗だったため、先程部屋から持ち出した手持ちのランプの光を頼りに、少年は歩き出す。

(こんな深夜に船の中を自由に歩き回るの、思えば初めてかも。ちょっとワクワクするなぁ)

 少年はそう思いはじめは目をキラキラさせていたが、何か心配ごとに気が付いた様子で、すっと眉をひそめる。

(でもこんな時間に起きてきて、みんなに心配されないかなぁ。それに明日も朝から甲板に出て見張りをしないといけないし……もし誰かに会ったら、早く寝ろって言われて、部屋に連れ戻されるかも。できればあんまり誰にも会わないような場所に行こう……)


 少年は階段を上ったところで、ふと足を止める。

(そうだ、せっかくだからいつもは行かない部屋に行ってみよう。みんなが寝てる部屋、どんなところなのか気になってたんだ。なら皆は甲板に出てるか食堂に集まってそうだし、部屋には誰もいないはず!)

 少年はきびすを返し、今までに行ったことのない方向に足を進める。



 しばらくすると、廊下の角を曲がったところで、向こうの方に人影を見つける。

(……あ、まずい!)

 少年は近くにある部屋に入り、物陰にさっと隠れ、身を潜める。

 向こうから近づいてきたその人は、顔の左半分は肌がなく、骨が剥き出しで、おまけに全身緑色の肌をしていて……どうやら人間ではなく、まるで……ゾンビのようだった。


 しかし少年はそれを見てもなぜか驚くことも怖がることもなく、ゾンビらしき人が向こうに行ったのを確認すると、物陰から姿を現す。

(見つかるとまずいかなと思って、思わず隠れちゃったけど……なんだか悪いことしてるみたいだなぁ)

 少年はどこかその申し訳ない気持ちになりながらも、隠れていた部屋を探検してみることにする。


 その部屋は、少年の目的地である「皆が寝ている部屋」だった。しかし……深夜にも関わらず、部屋の中には誰もいなかった。

 そしてそこにはベッドや布団、ハンモックなどの寝具は一切なく、代わりに並んでいるのは……木でできた、多数のだった。

(みんな、って本当だったんだなぁ……)

 少年はそれを見ても不思議には思わず、興味深そうに、ギィ……というどこか不気味な音をさせながら棺桶を開け、中を覗いている。


 その時、後ろからがさごそと物音がしたかと思うと、その次はガシャンガシャンと騒がしい音がして……その音がこちらに近づいて来るのを感じて、少年は振り返る。

 すると、そこには……銀色に光る西洋風の甲冑プレートアーマーが動いていて……こちらに向かって、ガシャンガシャンと大きな音を立てて歩いていた。その手には、持ち手の長い斧を持っていた。

「えっ……誰!?」

 ゾンビにも驚かなかった少年だったが、その甲冑の存在には驚き……思わず目を大きく見開く。

(びっくりしたぁ! こんな銀色の鎧着た人、船の中にいたっけ……!?)


 すると、甲冑かっちゅうヘルメットの隙間の暗闇から、白く光る両目が少年をじっと見据える。その目は片方がチカッと点滅し……どうやらウインクしたかと思うと、兜の隙間から、白い半透明の球体がすーっと出てくる。

 それと同時に、今まで人の形を保っていた甲冑の鎧や兜が、ガラガラ……ガシャン! と音をたてて一斉に床に崩れ落ちる。


 少年はその様子を、目を丸くして口をぽかんと開けたまま見ていたが……そのヘルメットから出てきた、顔と手のついた半透明の球体を見ると、安堵した表情になる。


「なぁんだ。が中に入ってたのか」

「へへっ。驚いたか?」

 その球体……幽霊は、少年が驚いたことに対し満足気な笑みを見せる。

「俺、甲冑かっちゅうの中に入るのが好きなんだ。変な趣味だってよく周りの幽霊から言われるよ。まあ、動きにくいからいつもは着てないんだけどな」

「そうなんだ。そんな幽霊がいるなんて知らなかったよ」

 少年は少し驚いた様子を見せるも、怖がる様子は全くなく、幽霊と親しげに会話をしていた。

「それより、こんな時間にどうしたんだよ? お子様はもう寝る時間だろ?」

「それが……なんだか眠れなくて、船内を散歩してたんだ。でもみんなのところに行くと、余計に心配されちゃいそうだし……」

「ああ、あの心配性のなんかにいろいろ世話焼かれちまいそうだよな」

 幽霊が口を挟み、うんうんと頷く。

「……で、夜中の船の中って思えばあんまり見たことなかったし、みんなの寝る場所とか探検してみようと思って」

「ああ。でも棺桶が並んでるくらいで、特に面白いものは何にもないぜ?」

「うーん、まあ……確かにそうなんだけどね。もうだいたい見終えたし」

 少年はそう言って辺りを見渡し、苦笑いをする。


 すると、幽霊は何か思いついたようで、突然声をあげる。

「そうだ、皆に姿を見られたくないなら……この甲冑かっちゅうの中に入って、お忍びで船内を散歩したらどうだ?」

「えっ……この甲冑の中に僕が入るの?」

「ああ。大人用の甲冑だからな、ボウズのサイズには合わねぇが……隠れることなら可能だろ。足のとこには俺が入って、足を動かしてやるよ。そんでもって何か聞かれた時も、俺が答えてやるよ。甲冑が動いてたら、それを皆は俺だって思うだろうからな。ボウズは声を出さずにいてくれればそれでいい」

「……面白そうだね、やってみよう!」

 少年はその幽霊の提案に乗ることにした。


 少年は甲冑かっちゅうの中にすっぽりと隠れ、そして幽霊は気体のような体を甲冑全体に張り巡らし、まるで大人の人間が中に入っているかのように、ガシャンガシャンと甲冑を自由に動かす。


「じゃ、どこに行きたい?」

 甲冑かっちゅうの中で、幽霊が少年に尋ねる。少年はどうしようか少し考えた後、口を開く。

「せっかくこの姿なら……みんなのいるところに行ってみたいな。僕のいない深夜の時間帯、みんながどんな様子なのか見てみたくって」

「お、いいじゃねぇか。じゃ、食堂に行って、深夜のどんちゃん騒ぎに参加するとしますかね!」



 そうして幽霊と少年は食堂にやってくる。深夜にも関わらず、皆は大いに食べ、ワインを呑みかわし……、大騒ぎしていた。

 そして騒いでいる面々は、……空中を浮遊する幽霊たち、それから、骨の体をした骸骨スケルトンたちであった。


「おうおう、お前、アーサーか? あいかわらず甲冑ん中入るのが好きだねぇ。でもその格好じゃあこの宴には参加しにくいんじゃねぇか?」

 二本角のついたかぶとを頭にかぶった戦士の格好をしたスケルトンが、ワインの瓶を片手に持ち、ほろ酔い状態で絡んでくる。

 少年もよく知っている人物……骸骨だったため、中にいることがバレないかなと思い少年はドキリとするが、幽霊は冷静を装い代わりに答えてくれる。

「騒がしいから様子を覗きに来ただけだよ。甲板に出て、外の空気でも吸おうと思ってな」

「お、甲板に出るのか? 見張りには確かヘルが行ったから大丈夫だと思うが。ま、好きにしろや」

 相手がほろ酔い状態だからか、特に怪しまれることなく済み、少年はほっと胸をなでおろす。



 また誰かに絡まれないうちに食堂を早々に去ることにした二人は、次は船の甲板に足を運ぶことにする。


 移動している間、少年はふと気になったことを幽霊に尋ねてみる。

「君、アーサーって名前なの?」

「ああ……とはいっても俺が勝手に名乗ってんだ。なんかそういう名前の英雄がどっかで有名って話を聞いてな。その英雄の鎧がこの鎧なんだって妄想して自分自身で名づけたんだ。俺自身の生きてる頃の名前は昔すぎて覚えてねぇし、今の幽霊の姿の名前なんて、自分で名乗ったもん勝ちだろ?」

「ふうん。あと……みんなって普段からあんなに夜中に騒いでるの? 夕飯は僕も一緒に食べるけど、その時にも食べたりお酒呑んだりしてるのに」

「ああ。俺たち死霊は夜中の方が元気になるからな。それに、海賊の船の暇つぶしといったら宴開くくらいしかねぇしな。……あんまり呑んでばっかりで呆れたか?」

「ううん、そんなことはないけど」

 少年が首を横に振ると、幽霊……アーサーは、開けたままの扉から甲板に出たところで、にやっと笑って少年のほうを振り返る。

「それに……一応ヤツらのためにも弁明しておくが、毎日あんな騒いでるってわけでもねぇぜ? 今日はちょっとばかし特別な日だからな。……ほら、フル・ムーンだ」

 幽霊のアーサーはそう言って、甲冑かっちゅうの指を使って空を指さす。そこには……真っ白に光る満月が、夜空に燦然さんぜんと輝いていた。


「うわぁ、今日の月、すごく綺麗だね! 深夜に見るからかな? 今まで見た中で一番綺麗だよ!」

 少年はヘルメットの隙間から夜空を見上げて、目を輝かせる。

「満月ってのはな、死霊なんかにもパワーを与えてくれる代物しろものなんだよ。だからあいつら、今日は特別にはしゃいでんだろ。それに……ボウズがなぜか突然目が覚めちまったのも、もしかしたら満月のせいかもしれねぇな。満月の日は、人間も普段よりどこかしら興奮状態になるって聞くぜ?」

「そうなんだ、月って……あんなに遠いところにあるのに、案外僕らと関係あるんだね」

「そういうこった。さてと、甲板には誰がいるのかな………………おっと」

 アーサーは幽霊の体をヘルメットの隙間から伸ばして辺りを見まわした後、慌てて体を引っ込め戻ってくる。

「どうしたの?」

「……綺麗な満月の下で語り合ってたヤツらがいた。何の話をしてるかまではわからねぇが、なんだかいい雰囲気だし……邪魔しちゃ悪いから、さっさとずらかろうぜ?」

 少年はそれを聞いて、自分も見ようと首を伸ばし、ヘルメットの隙間から辺りをうかがう。

 すると、黒いローブを着て大きな鎌を持ち、骸骨の顔をした……死神と、綺麗なドレスを着た、女性のスケルトンが並んで座り、何やら話しているのが見えた。

 少年はそれを見て、普通に話しているだけなのに何が「いい雰囲気」なのかはよくわからなかったが……二人の話の邪魔をしてはいけないと思い、アーサーの意見に賛同する。

「そうだね、戻ろうか」


 そうして階段を降りていくと、先程食堂で話した、二本角のかぶとをつけた骸骨がワインの瓶を片手に持ち、甲板に向かって階段を上がってくる。

「よお、アーサー。今宵の月は見れたか? 綺麗な満月だってさっき聞いたから、俺も見に行こうと思ってな」

((……まずい))

 少年とアーサーは同時にそう思う。少年も、今やって来たスケルトンが先程の女性のスケルトンに好意を持っているのはなんとなく知っていたので……さすがに今がまずい状態だというのは、最低限察することができた。

「いやぁ、もう雲に隠れて見えなかったぜ?」

 アーサーは、とっさに嘘をつく。

「そうかよ。残念だな……」

 二本角の兜のスケルトンはそう言うと、肩をすくめる。

「それより、今から食堂に戻って一緒にもうぜ。まだお前、酔っぱらってねぇんだろ?」

 アーサーがスケルトンを船室に戻そうと思ってそう提案すると、スケルトンは乗り気になり、アーサーの着ている甲冑の肩を組む。

「おうおう、確かにお前とはめてねぇからな。そこまで言うんなら、とことん付き合ってやるぜ! 途中でを上げんなよ!?」

(……えっ)



 そうしてアーサーと少年は、そのスケルトンから解放されぬまま、夜が明けて…………。


 甲冑の中にいる少年――――、マルロは、結局一睡もできぬまま、朝を迎える羽目になったのであった。






***********************


実は、本作は、連載中の作品『幽霊船の船長』のスピンオフ作品になっていました。

(甲冑好きの「アーサー」は本編ではなかなか登場させる機会のなかったキャラクターで……試しにこの場を借りて書いてみました)


もしご興味がありましたら、『幽霊船の船長』の方も覗いていただけると嬉しいです!

一方で、この作品単体でも、お楽しみいただける内容になっておりましたら幸いです。


最後までお読みいただき、ありがとうございました!


 

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