記憶媒体
真朱マロ
第1話 記憶媒体
一日が終わった。
一人きりの部屋で、やっとくつろげる。
一人暮らしを始めて一年。
ひとりで過ごすことにも、やっと慣れた。
木製のチェストの上には、白いウサギのウエディングドールがふたつ仲良く並んでいた。
フワフワのぬいぐるみは特別製で、両手で小物を抱えられるように隠しポケットもついている。
あなたの好きな面白デザインのUSBを持たせたいねと話して、つまんないこだわりかもしれないけれど、注文を出したぬいぐるみ職人さんと「ああでもないこうでもない」と話を詰めた。
やっと完成した、特別なウサギ。
あなたが集めていた変わった形のUSBは、すべてが食べ物の形をしていた。
どうして食べ物ばっかり? と尋ねると、性欲と直結してるからじゃね? と笑うバカさも好きだった。
リンゴにタコ焼き、おでんに餃子に三色団子。
お寿司にビールにハンバーガー。
次々出てくるUSBは尽きなくて、全部使っているの? と尋ねると、まさか、と笑うあなたはウサギのぬいぐるみよりも優しい顔をしていた。
PCを立ち上げてウサギに持たせていたUSBを差し込めば、明るいあなたの笑い声が響きだす。
特別なイベントでもなんでもない日の、ふざけあった懐かしい映像が流れ始めた。
くすぐったくて、ころがるようにじゃれ合って、笑いあった。
なにげない日常の中の一瞬。
ただそれだけが続く映像。
すべてが、あの日の私にとって、特別じゃなかった。
きっと、あなたにとっても、特別な時間じゃなかった。
でも、 絡めた指も交わしたキスも、二度とない幸せ。
サヨナラが早すぎて、お別れの日にはちゃんと泣けなかった。
ねぇ、会いたいよ。
もっとたくさん、あなたと過ごしたかった。
きっと、今の私が泣いたら「バーカ」って困ったように怒るんでしょうね。
怒ってほしい、なんて言ったら夢の中で抱きしめてくれるかしら?
小さなUSBの中で、逝ってしまったあなたが、今も生きている
記憶媒体 真朱マロ @masyu-maro
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